伯爵夫人から見たエステル※レティシア視点
あれからステラ様はお帰りになるまでわたくしのドレスをとても熱心に見てああでもないこうでもないと呟いておりました。
本当にご実家の財政状況を改善しようと考えていらっしゃるのでしょうね。
まだ十四歳という年齢ですのに、その冷静さと聡明さには驚かされるばかり。
赤ん坊の頃にお母上を亡くされている令嬢は大抵の場合、周囲から同情されて甘やかされる傾向が強いとばかり思っておりましたが、ステラ様はまったく違うご様子。
だからこそ、クレマン伯爵家は噂と違うのかもしれないと思ったわけなのですけれど。
「茶会に招待して大丈夫なのですか?」
ライナス殿下とステラ様を見送ってあれこれと考えていたわたくしは、一旦考えるのを止めてアーネスト様に視線を向けました。
「大丈夫ですわ。ステラ様は信頼できる方だと思っておりますし、クレマン伯爵が噂通りの人物ならばアーネスト様の悩みを利用して初期の時点で接触を取ろうとしてきてもおかしくはありませんでした。それがないとなれば、違うのではないでしょうか?」
「機を窺っているだけかもしれませんよ?」
「アーネスト様は心配性ですのね。まあ、まともな貴族がそれほど多くない現状を思えば、何事も疑いから入った方が良いことは重々承知しておりますけれど」
「いえ、そういう次元の話では……」
あら、お困りになった顔も素敵ですわね。
……いけない。そういう問題ではございませんでした。
わたくしとて辺境伯の娘。クレマン伯爵家のことは小さい頃から耳にしておりました。
他の貴族の皆様が警戒される理由も理解しておりますとも。
ですが、噂だけで直接お会いになった方がいらっしゃらないことを疑問に思っていたのも事実なのです。
いつも、~らしい、~のようだ、とか人から耳にしたことを皆さん話されていたのですもの。
水面下で動かれていたとしても、まともで有能なあの宰相閣下が見逃すなどありえませんし。
だからこそ、わたくしはそこまで恐れることなのかと思っていたのです。
確かにステラ様のご聡明さは目を引くものがありますし、あれを悪いことに発揮するとなれば警戒するのは尤もなことですわ。
「レティシアがステラ様に対して好印象を抱いているのは理解してますが、私はどうしても……」
「噂があるからでしょうか?」
「それもありますが、何よりステラ様のお顔が警戒心を抱かせてしまうのです」
「確かに目力がお強いですので、初対面だと驚いてしまうかもしれませんわね……」
かくいうわたくしもでしたけれど。
とても大きな勘違いをしておりましたから、アーネスト様を愛する者同士仲良くしていければ……と思っておりましたのよ。
けれど、扉の向こうからやってきたステラ様を見てわたくしが最初に感じたのは『負けた』ということでした。
顔が、ではございません。招かれた主よりも目立たないようにと感じられた落ち着いた装い。
まるでわたくしとは正反対な見た目とそこから予想される性格。なのに、威張り散らさない控えめな態度。
もちろん整ったお顔を見たときは少しばかり怖じ気づきましたわ。
力強い眼差しと見る者を圧倒する顔立ちの方は初めてでしたもの。
今となっては笑い話ですけれどね。
「言葉を交わせば、お顔などさして重要な問題ではございませんでしたけれどね」
「……レティシアは随分とステラ様を気に入ったようですね」
「ええ。むしろ嫌になる要素がどこにあるというのです? 表情がコロコロと変わって可愛らしいですし、殿下との掛け合いも微笑ましいものがありました」
「よく見てるものですね」
「悪い印象を持っておりませんでしたので、どのような方なのかしら? と思って見ていただけですわ」
「普段、あまり人に興味を持たないレティシアがそこまで気にするなんて本当に珍しい……」
まあ! わたくしだってお人形さんではないのですから、人に興味を持つことだってありますわ。
興味を持てないのは相手に魅力が感じられないからというだけの理由ですのに。
けれど、不思議なことにステラ様には一目見たときから惹きつけられる何かがありましたのよ。
それでも、ここまで彼女を好ましいと思えたのはわたくしのお話を聞いても馬鹿にするでも呆れるでもなく受け入れてくださったから、でしょうね。
大多数の方はわたくしの筋肉に対する愛を嘲笑しておりましたもの。蔑んだ目を向けられた記憶しかございませんわ。
ですのにステラ様は暴走してアーネスト様の筋肉の素晴らしさを語ってしまったわたくしを受け入れてくださったのです。
少しばかり驚いてはいるご様子でしたけれど、笑うでもなく納得してくださった。
本当にわたくしは嬉しかったのです。
「わたくしの価値観を理解してくださらない方が多いので見ないようにしていただけですわ。人に興味がないわけではございませんのよ」
筋肉が好きだとか相手に魅力が感じられないとか正直に言えば、アーネスト様から嫌われてしまうかもしれないと思って言葉を換えてしまいました。
アーネスト様は納得しているご様子ですから大丈夫ですわよね。
「君の価値観はそこまで特殊ではないように思いますが、それで傷つくことが多かったからこそでしょうね。いつかその話を聞かせてもらいたいものです」
「ええ。いつか……」
わたくしたちの関係はまだ始まったばかりですもの。
お互いのことをもっとよく知って、勇気が持てたらお話ししたいと思います。
それまでは待っていてくださいませ。
……まず今は別のことを考えないといけないのです。そう、お茶会のことですわ。
「……さて、と。お茶会にどなたを招待するか考えないといけませんわね。準備もございますし、久しぶりに忙しくなりそうですわ」
「生き生きとしているレティシアを見るのは嬉しいものですね。心配の種は尽きませんが、君の決めたことです。私はサポートに徹します」
「ありがとうございます」
「ですが、何かおかしなことがあればすぐに私に知らせてくださいね」
「はい。もちろんですわ」
ライナス殿下の近衛騎士だけあって、アーネスト様はあらゆることを疑ってしまうのかもしれません。
今回はきっと杞憂に終わると思いますが、それはそれで殿下にとって不都合が生じるのではないでしょうか?
「それと……クレマン伯爵家のご令嬢を公に招くことの危険性も頭の隅に置いておいてください。特に私はライナス殿下の近衛騎士。我が家に取り入って殿下とお近づきになろうと企んでいる、と言われるのは確実です」
「むしろ、ライナス殿下はそれを望んでおられるのではありませんか? 殿下はクレマン伯爵家のご令嬢を王太子妃に、と考えているからこそ声をかけたのでしょうし」
「リスクが高すぎます。最悪、国が二つに割れる可能性もあります。大体、ステラ様は王太子妃になる気は露程もないように見えました」
「そうでしょうか? わたくしはステラ様に王太子妃としての器があると感じましたわ」
「……やる気のない様子でしたが」
「意思ではなく、中身のお話ですわ」
普通のご令嬢ならチヤホヤされることや贅沢ができることを真っ先に考えるものですのに、ステラ様は王太子妃という仕事の嫌なところを理解していらっしゃいました。
責任の重さを心から理解しているからに他なりません。
つまり、政治において何が大事なのかも分かっていらっしゃるのでしょう。
それはご実家の財政状況を改善しようとする策からも見てとれます。
十四歳の子供が考えたことにわたくしは驚いたのですもの。
必要な教育を受けさえすれば、彼女は今の王妃様を凌ぐ存在になると思います。
後継者争いに勝利し女傑と言われた王太后様のように……。
「わたくしはステラ様に期待しているのです。この腐りきった貴族社会を一変させることができるのではないかと」
「そうですね……。彼女であれば淀んでいた空気に新鮮な風を運んでくれそうな感じはします」
「でしょう?」
だからわたくしはステラ様の手助けができたら、と思ったのです。
今はその気がなくても、きっと周囲が彼女を放っておかなくなるでしょう。
それだけ、彼女は光り輝いているのですから……。




