ドレスを見せてもらいました
レティシア様の後を追っていた私達は二階の衣装部屋へ案内されることになる。
部屋に入り、所狭しと並べられている色とりどりのドレスを見た私は別の意味で呆気にとられていた。
彼女の見た目からすれば大人っぽい落ち着いた感じのドレスが大半だと思っていたのだが、ここにあるのは全く逆。
逆というか、豪華絢爛といえばいいのだろうか。
ほとんどがフリルがふんだんに使われていて凝った刺繍などもしてあり、かなり豪華ではあるのだが……。
なんというか、派手さと可愛さと上品さがそれぞれ強く主張しすぎて統一性がないのである。
「……全部盛り」
「全部盛り、ですか?」
「いえ、あの……なんというか予想外に豪華だなあと思いまして。このようなドレスが社交界では人気なのでしょうか? それと未婚と既婚とで違いはございますか?」
「ええ、そうです。豪華でいて可憐、それでいて落ち着いた感じのものが好まれておりますわね。結婚していてもそうでなくても大きな違いはないと思います」
「全てを両立させるのはかなりバランスが難しいですよね……。あ、少しドレスに触らせていただいてもよろしいでしょうか?」
「ええ。どうぞ」
了解を得て、私は一番派手なドレスを触らせてもらった。
光沢、発色と手触りを念入りに見ていく。
(劣っていたらどうしようかと思っていたけれど、見た目や手触りは家の生地の方が僅かに上のように見えるわ)
「こちらの生地が一番高級なものになりますか?」
「最高級品の生地で作らせた、とアーネスト様が仰っておりましたので、おそらくは」
「ありがとうございます」
これならば家にも勝ち目がある。
後はドレスのデザインの問題だけだけれど……。これは割と難しいものがあるかもしれない。
なんせ資金に余裕があるわけではない。あんなに派手なドレスを作ろうと思うと一体いくらかかるか。
おまけに私に似合うかどうかという問題もある。
同じようなドレスを作るべきか頭を悩ませていたら、不意にレティシア様が声をかけてきた。
「ほんの興味で伺いたいのですが、ステラ様はどちらのドレスがお気に召したかしら?」
それは私のセンスが問われるかなり難しい質問だ。
触っていたドレスから手を離した私は衣装部屋を見回す。
難しいことは良く分からないので己の直感を信じて、最初に目に入ったスカートの膝下部分に金色の刺繍が施されている深い藍色のドレスを選んだ。
私が着たいというよりも、所有しているレティシア様に似合うからという理由だけれど。
刺繍がまるで夜空を彩る星々のように見えたのだ。それを着たレティシア様は言うなれば月。
彼女の美しさを最大限に生かせると断言できる。
「私が素敵だなと思ったのはこちらのドレスですね。私よりもレティシア様によくお似合いだと思いますが」
「まあ! それは実家から持ってきたお気に入りのドレスですのよ。きっとわたくしと感性が似ていらっしゃるのね。嬉しいわ」
百点満点の答えを導き出せた! 凄いぞ私!
「生地の色と刺繍が夜空に浮かぶ星のように見えまして……即決でした」
「貴女もそう思われたのですね。同じことを感じ取っていただける方と出会えたのは初めてですわ」
気に入っているものを褒められて同じことを考えていたと分かったレティシア様の喜び様はかなりのものだ。
対してアーネスト様は大分目が泳いでいる。
どうやら、この情報は知らなかったらしい。憐れまれたのかライナス殿下が労るように肩に手を置いてしまった。
「こういったドレスをパーティーで着たいと思っておりますのに、流行のドレスはアレでしょう? 毎回気分が沈み込んでおりましたのよ」
「あまりお好みではなかったのですね」
「ええ。最近のドレスは度を超えていると思いますの。家の財力を見せつけるためのドレスに成り下がって、どんどん歯止めがきかなくなっているように思えます」
「ああ、人よりドレスが主体になってしまっているのですね」
その通り! というようにレティシア様が頷いた。
「数年前に代替わりした他国が急成長を見せたお蔭で国内の商品の需要も増えて多大な利益を上げている貴族が大勢おりますの。お金が有り余っているせいで自分を輝かせるよりも家の財力を誇れるドレスを求めることが主流になってしまっているのですわ。あの家よりももっと豪華なドレスを、と競い合っている状態でして」
「なるほど。だから全てが主張しあっているまとまりのないドレスになっていると」
「ピッタリなことを仰いますわね……。そのようにハッキリと物を仰る方の方が気持ちが良くて好きですけれど」
「ありがとうございます。見たままの感想ですけれどね。そもそもドレスは正式な場で着用する以外にも自分をより美しく輝かせるためにもあると思うのですよ」
答えながらも私は、さて……と次のことに意識を向けた。
一番は流行のドレスを作ること。でも、お金が勿体ない。
(先行投資でやってみる? いえ、リスクが高すぎるわ。それに他と同じでは注目を浴びるのは最初だけで後に繋がらないでしょうね。となると、独自路線で行った方が安全かも)
それでも秀でた何かがなければ難しい。
生地だけでは足りないだろうと簡単に予想は付く。
「もうお手上げかな?」
成り行きを見守っていたライナス殿下の言葉で私は現実に引き戻された。
彼を見ると私がどんな答えを出すのか期待しているような顔である。
「入り口には辿り着けたのですが、迷走しておりますね」
「あのクレマン伯爵家の令嬢が随分と弱気なことを言うものだ。噂はどうあれ、君の家は歴史ある家系なのだから同格や上位貴族以外には強く出れられるというのに」
「同意を得られない強引な手法は長続きはしないでしょう。信頼がなければ、あっさりと手を切られて終わりです」
「確かにそうだな。いかに次に繋げるかが重要だ。まあ、君に関しては注目度もさることながら、見た目も武器になるだろう。俺は君のような顔立ちの令嬢を見たことがないからな」
顔が派手だから役に立つだろうと思っていたけれど、他に似た顔立ちの令嬢がいないのならこれはチャンスかもしれない。
ここに突破口があると感じた私はライナス殿下に向かって口を開いた。
「少し伺いたいのですが、貴族令嬢の中で私のような顔つきの方はいらっしゃらないということですよね?」
「君のような、とは?」
「我が儘そう、気が強そう、目力が強い、性格が悪そうで意地悪そう、威圧感がとてつもない、高笑いの芸術点が満点……のようなご令嬢です」
「…………」
ちょっと、なんで黙り込むのですか!
そりゃあ少し言い過ぎているとは思いますが、事実でしょう。
あ、咳払いで誤魔化した……!
「……それには同意しかねるが、勝ち気や物静かなタイプは大勢いるが、君のように見る者を圧倒する煌びやかな顔立ちの令嬢はケイヒル伯爵夫人の他に見たことはないな」
「お心遣いありがとうございます」
かなり言葉を選んでくれた辺り、ライナス殿下は紳士である。
けれど、これで私の顔が十分に役に立つと分かった。
この顔を最大限に引き出せるドレスを着れば、話題の中心になれるし売り込む切っ掛けにもなる。
流行のド派手なドレスでなくても、だ。
勝手な思い込みで貴族というのは損得勘定で動く人が大半だと思っているから、得になると分かれば話を聞いてもらえる可能性は高い。
他の家よりも目立つドレスをと考えているなら、派手さよりも自身を輝かせられるものの方が有利だという流れに持っていければなおのこと良い。
後は私の売り込み次第。
「答えにくい質問をぶつけてしまい申し訳ございません。ですが、ライナス殿下のお蔭で方針が定まりました。感謝致します」
「何かをした記憶はないが、役に立てたのなら何よりだ。それで、いつどこのパーティーや茶会に出席するつもりなのかな」
「出席の予定は今のところございません。そもそも、招待されたことがないのです」
「一度も?」
「ええ。一度もです。もしかしたらあったのかもしれませんが、父は人とお話しするのが苦手ですので欠席と返していた可能性もございます」
意外そうに顔を見合わせる面々。
それはそうだろう。なんせあのクレマン伯爵家なのだから豪遊していると思われているだろうし。
しかしながら、本当にないのだ。ないものはないのだ。
自分で言っていて悲しくなるけれどないのだ。
「でしたら、今度我が家で主催する茶会にいらっしゃる?」
恐らく、あまりに可哀想に思っただろう。レティシア様がそんなことを提案してくれた。
チャンスには全力で乗っかって行きたい私は満面の笑みを浮かべる。
「ぜひお願い致します……!」
「まあ、嬉しい。ステラ様をお招きする日が楽しみですわ。個人的な友人や知人だけのものですから、安心なさってくださいませ」
当然だが、他の人も招待されると聞いて私は本当に良いのだろうかと急に不安になった。
レティシア様達には分かってもらえたけれど、他の貴族はそうではない。
それに彼女も最初にクレマン伯爵家の令嬢という情報がなかったからすんなりと受け入れてくれたところもあると思う。
最初から分かっている友人や知人の方はこうはいかないだろう。
むしろレティシア様というかケイヒル伯爵家の迷惑になるのではないか。
どうにも心配になった私は恐る恐る口を開いた。
「今になってアレなのですが、クレマン伯爵家の人間を招待することでケイヒル伯爵家に何かご迷惑をおかけしてしまうのではないでしょうか」
「あら、何も問題はございませんわ。ケイヒル伯爵家はそのようなことで揺らぎませんもの。それに、わたくしたちを助けていただいたということもありますが、個人的にステラ様ともっと仲良くなりたいと思っておりますの。年齢は少し離れておりますが、これから親しくしてくださるかしら?」
「もちろんです。むしろこちらからお願いしたいです」
ああ……! 嬉しさのあまり、かなり食い気味に答えてしまったわ。
浮気相手だと勘違いされたときはどうなることかと思っていたけれど、初めて友人と呼べる人ができるなんて……!
まさかこんな良いことが待ち受けていたとは、何が切っ掛けになるか分からないものね。
胃が痛いと塞ぎ込んでいた自分に今のことを教えてあげたい気持ちでいっぱいよ。
「では後日、招待状をお送り致しますわ。精一杯おもてなしさせていただきますので、楽しみにしていらしてね」
「はい。よろしくお願い致します」
深々と頭を下げると、レティシア様は優しげな笑みで答えてくれた。
その後、「存分にドレスを見てくださいませ」という彼女の言葉に甘えて、時間の許す限り私は衣装部屋にあるドレスを見させてもらったのである。




