表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/14

バレてました

「まさか本当に知らなかったというのか?」


 部屋にいる人達の中で一番驚いている様子のライ様、ことライナス殿下の言葉に私は動揺しながらも頷いた。


「え、ええ……。目の前のことしか見ていなかったので、そこまで頭が回っておりませんでした。それに王族の方が普通に町にいるなど思ってもいませんでしたので……」

「だが、君の家のことを踏まえると王侯貴族の情報は全て網羅していているものだと思っていたが」


 探るようなライナス殿下の言葉と態度に、とてつもなく嫌な予感がする。

 まさかね……と思いながら私は彼が何を言いたいのかを知るために口を開いた。


「私の家、ですか?」

「ああ。……君はクレマン伯爵家の令嬢だろう? なら知らないほうがおかしい」


 ライナス殿下の一言によって一瞬で室内が静まりかえる。

 嫌な予感というのは、なぜこうも当たってしまうのか。

 ある意味心の準備ができていたようなものだからそこまで驚きはしなかったけれど、彼はいつから私がクレマン伯爵家の令嬢だと知っていたのだろう。

 そんな考えが頭の中を駆け巡っていると、驚きのあまり黙り込んだままだったレティシア様が困惑した表情を浮かべながら声を上げた。


「お待ちください殿下。ステラ様がクレマン伯爵家のご令嬢だというのは本当なのでしょうか? いきなりのことでとても信じられませんわ」

「本当だ。ある筋からの情報もあるし、年齢もそれぐらいに見える。何より彼女がクレマン伯爵家の屋敷に入るのを確認しているしな」

「……では、ライナス殿下は最初から私がエステル・クレマンだと知った上で声をかけてきたということですか?」

「そうだ。それに関しては騙していたことを詫びたい」


 最初から知っていたのね……。

 じゃあ、私が愛称を名乗ったのって悪手だったんじゃないの?

 悪い印象がさらに悪いものになったかもしれないし、こんなことなら最初からクレマン伯爵家の人間だと公表しておいた方が良かったんじゃ。


「君が腹を立てるのは仕方のないことだと理解している。どんな文句でも受け入れよう」


 ライナス殿下は黙り込んだ私を見て怒っていると勘違いをしているようだ。

 ただ、最初の出会いのやりとりを後悔していただけの私はすぐさまそれを否定しようと首を振る。


「いえ。怒ったりできませんし、文句などもってのほかです」

「いいのか? 弱みにつけ込んで交渉するチャンスだというのに」

「そのような資格は私にはありません。知らなかったとはいえ、こちらも名前を隠しておりました。騙していたのは私もです。むしろライナス殿下に不信感を抱かせてしまったことを申し訳なく思っております」


 罪悪感でいっぱいになって頭を下げると、ピリッとした空気が少し和らいだ。

 クレマン伯爵家の人間が頭を下げるなんて思ってもいなかった、という感じである。


「……あ、ということはアーネスト様も騙していたことになるのでしょうか?」

「いえ。私はライナス殿下から全てを伺っておりましたので最初から知っておりましたよ」

「アーネストは俺の近衛騎士だからな。事前に全て話していたんだ」

「近衛騎士でいらしたのですね。ライナス殿下をお守りする立場でしょうに、印象の良くないクレマン伯爵家の娘の私に悩みを打ち明けてお話に真剣に耳を傾け、実践してくださったのですね……。ありがとうございます」


 という私の言葉にアーネスト様は目に見えて狼狽え始めた。

 彼の態度で我が家が相当警戒されているというのが分かって少し切なくなる。


「それで、俺が第一王子だと知った君はこれからどうするつもりだ?」


 ライナス殿下の唐突な問いかけに思わず彼を見ると、硬い表情を浮かべて腕を組みながら私をジッと見つめていた。

 どうするもなにも一度知り合った以上は関係をなかったことにはできないだろうし、それはそれで礼儀を欠くと思う。

 私にできることといえばひとつしかない。


「失礼がないように気を付けていきたいと思っております」

「それだけか!? 年の離れた弟はいるが、何事もなければ俺が王太子になるのだぞ。もっとこう……王太子妃になろうだとか考えたりは」

「絶対に嫌です……!」


 ライナス殿下は面食らっているみたいだが、王太子妃なんて断固拒否をさせてもらいたい。


「だが、君の家の事業はかなり落ち込んでいるようだし、王太子妃になれば実家への金銭援助などの融通も利くと思うが」

「事業のことまで知っていたのですか……。確かに良くない状況ではありますが国のお金を使ってまでとは思っておりませんし、してはいけないことです。大体、そのときは潤いますが、自力で収入を増やす方法を確立しないと根本的な解決にはなりません」

「権力を手に入れられるかもしれないのにか?」

「手に入れたところで使い道がありません。使いこなせる腕もありませんしね。王太子妃という立場は人から余計に注目を浴びて、上手くやれば当たり前だと言われて失敗すれば粗探しをされて叩かれる地位ではありませんか。私には力不足で分不相応な職ですよ」


 絶対にストレスが溜まること確定の職業に好んで就きたいとは思わない。

 ほどよい位置でのんびり毎日を暮らす方が私の性に合っている。

 大体、クレマン伯爵家の娘が王太子妃になるなんて王家としたら嫌に決まっていると思うのに、何故かライナス殿下は不服そうだ。


「……しかしだな、もっと贅沢をしたいとかドレスや宝石が欲しいだとか毎晩のように他の貴族の令嬢やご夫人と集まって意味のない話に興じたいと思ったりしないのか? 俺と婚約して王太子妃となれば全て叶うと思うが」

「なんですか、その無駄な出費は。度の過ぎた贅沢は百害あって一利無しです。他の方から見れば物足りない生活かもしれませんが、今でも十分幸せを感じておりますので不要です」

「守銭」

「節約家と言ってくださいませ」


 誰が守銭奴だ。

 というか、まるで私が婚約者になりたいと思っているかのような言い方ではないか。

 そんなつもりは毛頭ないというのに、これも噂のせいだというのだろうか。

 どれだけ勘違いされているのだ……と考えていると、肩を震わせるレティシア様が目に入った。

 彼女は口元に手を当てて笑いを堪えていたが、耐えきれなかったのか声を上げて笑い始めてしまったのである。


「もっ申し訳ありません。あまりの温度差に我慢ができなくなってしまいまして」

「予想外の反応だったから少し戸惑っていただけだ」

「そのようですわね。初めはなぜ、こちらにライナス殿下がいらっしゃったのか不思議に思っておりましたが、ステラ様がクレマン伯爵家のご令嬢と伺って合点がいきました。殿下の成そうとしていることにステラ様は必要不可欠ですものね。ですから、ステラ様自身の本音を伺いたかったのでしょう?」

「……それはまだ話すようなことではない」

「あら、失礼致しました。ですが、ステラ様にその気はないご様子ですわよ。彼女の言葉には何ひとつ嘘はございませんでした。全て本心で口にしておりましてよ。ここまで素直な方は今の貴族令嬢としては珍しいくらい。お腹が真っ黒の貴族が多くて辟易としておりましたが、このように真っ直ぐな方を久しぶりに拝見して心が癒やされましたわ」


 やはりライナス殿下はなんらかの理由があって私を味方に付けようとしているようだ。

 それが同志としてなのか王太子妃としてなのかは判断できないけれど。

 前者であれば理由によっては力になりたいとは思うが、後者であれば全力で私は拒否させてもらいたい。

 面倒なことに巻き込まれそうな気配を感じるものの、それよりも私はレティシア様から褒められたことに内心大はしゃぎしていた。

 若干興奮していた私はライナス殿下がどのような表情を浮かべていたのか知りもせずに、だ。


「では、噂されているような令嬢ではない、と」

「ええ。断言できます。辺境伯の娘として色々と企む方々を見てまいりましたもの。嘘を仰る方は目を見れば分かりますわ。ステラ様の目は真っ直ぐで純粋そのもの。大切に育てられてきたのだと分かりますわ」

「そうか……」


 どことなくライナス殿下はがっかりしたような表情を浮かべている。

 彼的にはクレマン伯爵家は噂通りであって欲しかったのだろうか。

 私だったら国を乱そうと考えている家でなくて良かったと思えるのに、高貴な方の考えというのは分からないものである。

 お二人の会話がこのまま続くのかと様子を窺っていると、話すことはもうなかったようでレティシア様が静かにこちらに顔を向けた。


「それで、ステラ様は今後どうなさるおつもりなのですか?」

「どう、とは?」

「ええ。殿下のお話ではご実家の財政はあまりよろしくないご様子。殿下のお力を借りないとなれば、どのようにしてクレマン伯爵家の事業を立て直されるのか、ということですわ」


 最初から王族の方の力を借りようとは思っていなかったから、私がやることは何も変わらない。

 聞かれたところで困ることもないだろう。

 この機会にお願いもしてみようと、私は当初の考えをそのまま口にする。


「そうですね……。我が家で作られている生地が通用するかどうか確認することがまず第一です。通用するとなれば流行を取り入れて私自身が広告塔になることで、生地や他の商品を売り込んで取引先を増やしたい……と考えています。悪い意味で目立つ存在ですから、それを利用しないと損だと思いまして」

「きちんとお考えになっていらっしゃるのですね。ですが、クレマン伯爵家を取り巻く環境から申し上げれば調査は難しいのではありませんか?」

「はい、その通りです……。そこでですが、ひとつレティシア様にお願いがございまして……。出会ったばかりの方にお願いするのは失礼だとは重々承知しているのですが、生地の品質を調べるために可能であればレティシア様の所有するドレスを見せていただけませんか? それと社交界で流行っているドレスがどのようなものかを教えていただけると助かります」

「わたくし一人の情報だけで判断されるのは些か早計かと思われますが」

「お一人でも十分な情報は得られます。アーネスト様は他の方の勧めで流行のドレスをレティシア様に贈られていたそうですし、恐らくより良い物をとのことで紹介制の仕立屋を利用していると思われます。このことから生地に関しては問題ないかと。ドレスに関しましても傾向さえ分かればなんとでもなりますし……。もちろん、多数の方に伺ったほうが良いのは当然ですけれど、それは難しいですからね」


 とにかく必要なものが足りないから平均を調べるのは今の私にはできない。

 なら、与えられたチャンスを上手く活用して少しでも前に進んだ方が良いに決まっている。

 これが今の私に出来ることだ。


「着眼点としては悪くないですわね。承知致しました。そのような事情であれば、わたくしのドレスをお見せ致しますわ」

「ありがとうございます……!」


 これでやっとドレスのことを調べられる。やはりレティシア様は優しい方だ。

 心配そうなアーネスト様が目の端に映ったけれど、私は見て見ぬふりをした。


「では、こちらにどうぞ」

「はい……!」


 期待に胸を膨らませた私は移動し始めるレティシア様の後を追った。

 ついでにライナス殿下とアーネスト様も付いてきていたけれど、この際気にしない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ