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1話 後編

 これから住むというのであれば、まず考えなくてはいけない事がある。


 まさか同じ部屋で寝泊まりするわけにもいかないので、住む部屋を見繕わなくてはいけない。


「とりあえず今日は客間で寝てくれ。いや、その前に掃除がいるな」


 前に部屋を使ったのがどの程度前だったか忘れたが、流石にカビが生える程放置はしていない。


 が、確実に埃は溜まっているだろう。流石にそのままで寝ろという訳にもいくまい。


「先に風呂でも入っててくれ」


「おう、野営だと風呂は入れんからなぁ。やはり帝国民たるもの1日の終わりは風呂だ!」


「銭湯ですか? 準備しますね」


 早速部屋に置いてある旅支度から金銭や着替えを取り出す楽し気な少女であったが、銭湯に憧れでもあるのだろうか。


「家に風呂場はあるんだが……銭湯がいいなら下兄さんが連れて行って来てくれ」


 ぱたりと止まる少女に、下兄さんが溜息をつく。そんなに面倒だっただろうか。


「いや、兄さんが面倒なら後で私が案内するが」


「そうじゃねぇよ馬鹿。すまんが多分善意だ」


「そ、そうなんですか……」


 はて、何か間違えただろうか。多分こういう時は自分が悪い。昔からそう言われてきた。コミュニケーションというのは難しい。


だから1人で暮らす方が楽なのだが、そんな事を言った暁には何が起こるか。少なくとも面倒なのは確かだ。


「こいつもここの風呂に入るよ」


「別に案内は手間という程でも無いが、まあそういうなら」


 金銭面で考えても移動時間で考えても、ついでに言えば衛生面でも家の風呂の方が優位だと思うので否は無い。


「ではゆっくりしてくれ」


 そう言って部屋を出る。まあ掃除と言っても魔法を使えば労働という程の事も無い。


「あいつはいつも大体余計な一言が多いか少ないかだが、あまり気にするな」


「そ、そうなんですか……」


 聞こえている。逆に言えば多いのと少ないのが足し引きゼロという事にはならないだろうか? ならないのだろうなぁ。


 客間に着き、気が付くことがある。別にカビが生えていたということではない。部屋自体の機能についてだ。


 客人を招待すること自体が絶無であるから、精々が訪ねてくる人間に貸せる部屋1つあればいい。


 そう思って幾つもの部屋が本に沈んでいる現状、つまりまともに機能する部屋は1部屋しかない。


 それなりにくつろげる空間だとは思っているが、最大の問題としては。寝具が1つしかないという事か。


 別に親子であれば特段の問題は無いだろう。しかしどうやら下兄さんと彼女の関係はそうではないらしい。


 つまり、社会的な常識で考えれば同じベッドで寝る、というのは推奨されない行為だろう。


 ちなみにちぐはぐな技術進歩や生活環境だが、『先人』の、あるいは個人ではなく複数の残した結果だ。


 服は和服のようなもの、靴は足袋や下駄が主流、その上で家では靴を脱がないし畳ではなく木の床、布団ではなくベッド。


 細かな違和感は生活している内に慣れるし、そもそもこの世界でそれに疑問を抱く人間は居ない。


 ともかくとして、ベッドが1つしかないのは忌々しき事態だ。家族丸ごと寝られるサイズなどと何の慰めにもならない。


 となれば残った唯一のベッドを貸すより他にない。つまり自分の使っているベッドだ。


 今度からは客間にはベッドを複数用意して、客間自体もいくつか空けるべきだろうか。そうは思うがまあ次は無いだろう。


 とりあえずは掃除だ。といっても箒も雑巾も持ってはいないわけだが、何も問題はない。


 この世界に生まれて新しく手に入れた器官は、それまで身体に無かったと言っても問題なく機能している。


 角。魔力を集め、束ね、現象として出力するそれは、前世の一般的な魔法使いのイメージで言えば杖に当たるのだろうか。


 じわりとした些細な疲れと熱を感じながらも、生み出した水の塊が部屋中を覆いつくし、洗い流していく。


 纏まって一塊になった後に残されるのは部屋にあった塵や埃。それも跡形もなく消滅させる。


 ここまででかかった時間は秒単位で数えられる程度。埃程度の掃除自体には時間はかからない。


 次いで布団の様子を見る。やはり放置していた所為か、乾燥してふわふわとは言い難い。後は掃除の仕方の所為か。


 単純に水分を全て飛ばしても良いのだが、殺菌も兼ねて熱で水分を蒸発させる。飛ばすだけだとパリパリになるという事もあるが。


 効率よくやっても燃えない様に加減すれば数十分の時間が掛かり、その頃には下兄さんが風呂から出て来ていた。


「下兄さんはいつも通りここで寝てくれ」


「おう」


 年に1回、あるいはもう少し来る事のある兄さんを泊めるのも初めての事では無く、であればこちらは放置しても問題ないだろう。


 となれば構わなければいけないのは少女の方ということになる。しかもこのままいけばこの先数年間は住むわけで。


 とりあえずは自分の部屋を片付けなければなるまいと部屋を出ようとする。少なくとも散らかっているものを整頓しなければならない。


「おい、コンラート」


 という所で、背中に向かって声を掛けられる。何か問題があったのだろうか。


「お前ぇ、何かあったのか?」


「何か、とは?」


 質問の意図が読めない訳ではない。心配されているのは分かっている。だからといって何かがあったという訳でもないのだ。


「いやよぉ、お前がそういうんなら良いんだが……」


「……心配しなくても何も問題はない。本当だ」


 酒を飲んでいたのが分かる人間が、今日他に客などいない事が分からない筈も無い。つまり酒を飲んでいた理由を誤魔化した事位は気づかれている。


 その上で、何も問題はないと返す。実際に内面的なもの以外の問題は無いから。


「そんなら良いがなぁ……ま、テレジアの事は頼むぞ」


 少女の名前はテレジアというらしい。そういえば今まで聞いていなかった。ついでに言えば何処の誰かも聞いていないが……まあ関係ないだろう。


「ああ、頼まれた。おやすみ」


「おう、おやすみ」


 そう言って今度こそ部屋を出る。自室へと向かい、さっさと片付けを済ませる。転がった酒の瓶を片付け本の整頓をしてしまえば、それで終わりだ。


 机とベッド、それから棚がいくつかある程度でなんの飾り気も無い部屋だから特に隠すようなものも無い。


 それほど時間もかけず終えることが出来たので、風呂に声を掛けに行く。


 脱衣所から声を掛ければ良いだろうと、ドアを開けて中に入り


「へ?」


「……なるほど」


 丁度服を脱ぎ終わり風呂場に入るところだったのか、引き戸を開いた少女が首だけ振り返り目線が合う。


 すらりとした肢体に背中から幾分か肩にかかって前面へと流れる輝く銀の髪、小振りな臀部こそ見えているが辛うじてセーフだろうか。


 いや、別に胸を見た訳でも無し、充分セーフだろう。身内の年下だし、妹のようなものだ。


「青の方を捻れば水が、赤の方を捻れば湯が出るようになっているのと、石鹸の類は自由に使ってくれて構わない」


「なっ……なっ……」


 白い肌がみるみると赤くなっていく。まだ風呂に入っていないのに上せたのだろうか。


「着替えの用意はあるか? 無ければ先程までの衣服を風呂に入っている間に洗っておこう」


「きっ……」


「綺麗な髪だ、手入れに時間もかかるだろう。洗濯もある、ゆっくりしてくれて構わない」


 そう言いながら、几帳面な性格なのかわざわざ丁寧に畳まれている衣服を持って脱衣所を出る。


 扉を閉めたところで、何とも形容しがたい声が微かに漏れ出る。年頃の少女だし、時には叫びたくなることもあるのだろう。


 幸いにこの館は防音関係はしっかりしているので、むしろ部屋から漏れ聞こえるということは相当な大声だと思うが。


 衣服を洗い、乾燥させ、再度脱衣所に入る。和装とはいえ魔法の前にはハンカチと大して変わりはしない。


 戸をノックして音が通るように隙間を開ける。じゃぼじゃぼと湯船の中で動く音がする。


「洗った服を置いておく。上がったら廊下で待っていてくれ。寝室まで連れていく」


「……はぁぁぁぁ、わかりました」


 何かを諦めるかのような長い溜息の後、了承の返事が返ってくる。急かしてしまっただろうか。


「別にすぐ出ろという訳ではない。ゆっくりしてくれ」


「そういう話じゃないんですが……そっかぁこういう方ですかぁ……」


 ふむ、つまり自分に対しての何か不満があったという事だろうか。であればやはり他に家を……しかし兄さんに頼まれた手前放り出すことも出来……


 まあしょうがない。諦めは肝心だ。お互いに妥協していく事は大切だ。こちらが年上なのだからむしろ積極的に妥協しなくてはいけない。


「言いたいことがあるなら言ってくれて構わない」


「……とりあえず、上がるので出て行って頂けますか? 恥ずかしいので……」


 成程、思春期という奴だ。であれば確かに家族相手でも羞恥を覚えるだろう。気が付かなかったが配慮が足らなかったか。


「成程、気が付かなかった。以降善処しよう」


 言って廊下に出る。今度は声が漏れる事は無かった。少し待つと、服装を整えたテレジア嬢が出てくる。


「今日はここで寝てもらう」


「はい、わかりました」


 応接間の荷物を回収してから部屋へ案内する。とそこで今まで気が付かなかった問題に気が付く。


「すまない、もしベッドが気に入らなくても1日我慢してくれ」


 しかし今となっては手遅れだろう。既に客間には兄さんが寝てしまっている。


「? 大丈夫です」


 ふむ、どうやら杞憂だったか。いや、我慢させてしまっているのだろう。自分が普段寝ているベッドなのだから、匂い等を考えるべきだった。


「そう言ってくれるなら有難い。ではおやすみ」


「はい、おやすみなさい」


 言って部屋を出る。とりあえず今日中に色々と算段を付けなければなるまい。そう考えて、そのまま夜の街へと出かけていく。


 忙しさのおかげか、酒は抜けつつも既に嫌な気分は無かった。といっても、その事に意識を割いてはいなかったが。

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