私は君の体温を知らない
液晶に光るビックリマークが嫌いだった。
あなたからもらうメッセージに時たま乗るびっくりマークが、痛々しくて大嫌いだった。
私には好きな子がいた。
ずっとずっと、好きだった。叶わないから好きなのかもしれなかった。叶うところが想像つかないくらいには、君は私にとても近くて、それでいて遠い存在だった。
君は、私の書く文章が好きだといった。私もあなたの書く文章が、優瀬の書く文章が好きだったから、お互い好き同士だねって、不思議な縁で仲良くなった。
時が流れて、君は高校から専門学生になった。私は社会人になって、二人の距離は少し遠くなった。
時折、あなたはツイッターに病みツイートをした。
私はあなたのことが大好きだったから、そういうツイートを見るたびに、律儀にあなたにラインをした。
メッセージアプリで、なるたけ優しい言葉を紡いだ。
君は私と一緒で、自傷行為もしていた。その腕をいまだ見たことはなかったが、一度私がケロイドがびっしり入った自分の白い腕を見せたとき、優瀬はきれいだねと言って私の腕を愛でてくれた。
最初にそうやって、ツイッターを見てラインに連絡したのは、5月だった。
日差しがまぶしくて、その年の5月は夏みたいに暑くて、木々の緑と、青い空がまぶしかった。
そんな世界の中で、短い黒髪を風になびかせて、うなだれている君を私は想像して、なんて美しいんだろうと思った。
それと同時に、そんな美しいものを、私しか知らなくて、ツイッターからラインに連絡するなんてことをするのも私だけで、私は君の特別なんだって信じて疑わなかった。
時が過ぎて、翌年になった。
結局、君が高校を卒業する季節に一度会ったきりで、それから会おうねとは言うものの一度も会わない日々が過ぎていった、
これからたぶん、一度も会うことはないんだろうな。
そういうことも、なんとなく察した。
それでも君は私の特別で、君にとっての私も特別なはずだったから、ツイッターは欠かさずに見ていた。
8月。お盆休みだった。彼氏のいない彼氏の部屋で、私はぼうっとクーラーのきいた部屋で、スマホをいじっていた。
久しぶりに君のツイッターを見ると、君は写真をあげていた。
自傷行為の写真だった。
はじめて、君のきれいな線が入る腕を見た。
加工でグレーになっていたから、僕の好きな赤い線は見れなかったけれど、それでも、右と左。両腕に走る、何本もの線が見て取れた。
焦がれた君の腕を初めて見たのが、ネットの画面越しだった。
しかもそれは、私のためだけに見せられたものじゃなくて、鍵アカウントとはいえ、ネットの海に投げ出されたものだった。
それはそれは、黒い感情だった。
なんでも相談してね、大好きだよって言い合った相手が、それを裏切って、こんな写真をネットにあげているのだ。
それでも私は、君にラインをした。大丈夫、心配だよってラインを送った。
君はいつか、私にあこがれて、一人称でぼくを使うようにしているといっていた。
仲良くなりたてのころ、君はラインではずっと「ぼく」という一人称を使っていた。
その日君からきたラインには、「ぼく」なんて一人称は、どこにもなかった。
「大丈夫じゃないけど、大丈夫」。
その文章の最後には、びっくりマークが2つ。表示されていた。
痛々しさを感じた私は、
「だいじょうぶじゃないよ。みんなの前で無理しないでなんて思わないけど、私の前では無理してほしくない」。
そんな意味の文章を、嫌みにならないように送った。
君からきた返事は、
「大丈夫だよ。それよりも、気にかけて連絡くれたことがうれしい。瀬田も大変なのに、気遣って連絡くれたことんほうがすごくうれしい」。
そんなきれいな文章がのっていた。
君は私より年下だった。
だからこんなにも純粋でまっすぐな言葉がでるのだろうか。
ぼくは、ただ寂しくて、言葉をかけて、大好きだよって、言ってほしくて、
そんな、偏った気持ちで連絡したのに。
君のまっすぐさが伝わってきてしまったから、もう私と君とは、ずっと結ばれないんだなと悟った。
涙が出てきたから。
私も、君をはねかえすような、温度のない言葉を返した。それから、ラインを閉じた。
ほとんど閉めているカーテンから、月がうっすらと見えた。夜。クーラーが効いて涼しい部屋に、私は一人だった。
依代だった君を失って、私はこれから、また孤独になってしまうのか。
こんなにも不純な気持ちで君を見ていた自分にもおどろいた。
君が、僕を裏切って距離さえおかなければ。
そんなことを思ったけど、単純に、私が君の依代になれる器じゃなかっただけの話だ。
涼しい部屋。誰も見ていないのに、私は執拗に、長袖で腕を隠し続けた。
スマホは、ぼくの体温で温まっていた。
君に宛てる初めての言葉です。
どうか届きませんように。




