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マルチロール(列島分断事態シリーズ)

作者: YONEDEN

マルチロール


XF/A-223

 第17次統合防衛装備計画で計画された、戦闘機(FI)と攻撃機(FS)と哨戒機(P)を統合する多任務マルチロール戦闘機。公式な愛称は「ブリッツ」。

 第9世代戦闘機として成功したF-221をベースに開発された。機体サイズと重量はF-221よりやや大きくなったが、エンジンは信頼性の高い従来型のSC機関エンジンJFI-GP-600SiCをそのまま2基装備している。火器は機体内ウェポンベイに搭載するが、ステルス性の必要ない任務では主翼にパイロンをつけて火器を外部搭載することもできる。

 ステルス性能やネットワーク戦術機能を備えるとともに将来のさらなる多任務対応のためにセントラルコンピュータとして拡張性の高いXー89000を搭載した。(vikipedhiaの記事より)



「万能兵器は全ての局面でつかえる、というだけで、そのそれぞれの局面で秀でてるわけではない。専用機ほど秀でた能力はないけど、専用機には全くできない任務がある。そういうときに万能兵器は対応ができるのは有利だが、できるってだけで、大体は申し訳程度の能力しかない」

 夕日を受ける格納庫のなか、戦術指導隊が受領した新型戦闘機・ブリッツを前に指導隊隊長がいう。見慣れたシャープな造形のF-221にくらべて、どこかずんぐりと太った感じがするのは航続性能を増強するために取り付けて一体化されたコンフォーマルタンクによるものなのかもしれない。なめらかな外形、わずかに垂れ下がった機首、中央胴体からエンジンインテークまでの流れる繋がり、背面吸気のエンジン部の膨らみは女性的でもある。そして推進ノズルとそれを隠すように装備された大きな斜め双尾翼。機体レイアウト自身はこれまでの戦闘機とあまり変わりない。

「そうですよね。しかも専用機がそれぞれの弱点をカバーする航空打撃集団を作っていたら、勝ち目は全く無いですよね」

「そういうことになる。俺はだからこの計画には反対してたが、どうも政治の方でこのマルチロール機で今あるほとんどの機体を置き換えたいっていう意見が強くてな。予算的にはそっちがいいと。調達でも整備でも有利なはずだとさ」

 隊長はそう言うと、その鼻ひげを蓄えた顔で呆れたような顔になる。苦みばしったファイターパイロットらしいハンサムな顔が崩れている。

「狂ってる」

「今に始まったことじゃないけどな。しかも現在、知ってる通り国際的な武力衝突の危険が高まっている。それまでにこの機体の有効な戦術を開発してほしい」

「無理ですよ」

 命ぜられた指導パイロット・大田原3佐が抗議の声を上げる。背が低く顔が強い眉で『濃い』ハンサムなところから往年の名優トム・クルーズになぞらえて言われることの多い彼。大昔の名画『トップガン』が好きなのはこの情報化されもうパイロットが戦闘機に乗らなくてもいいと呼ばれる時代でも、多くの人に支持されている。そしてその曲『デンジャーゾーン』もまたこの時代でも基地公開イベントで流される。そしてその展示に彼・大田原が出ると毎回『おお!』と声が上がる。彼はそれが楽しかったのだが、今、国際情勢が不穏さを増し、、基地祭も開催が中止に何度もなりかけている。

「だが、俺たちには機体の選り好みは許されない。それが戦術指導隊だからな」

「そうですけど……」

「まず給料分頑張れ。このご時世でこういう仕事ができるだけありがたいもんだぜ」

 そう隊長が言って、大田原の作業服の肩をぽんぽんと叩いた。



 試験飛行が始まった。高空を訓練空域から帰投するブリッツのコックピットで大田原は口にした。基地への帰投の操縦はAIが代わりに行っている。青い地平線の上をゆくブリッツ。帰投のために超音速巡航をしているのに音は静かだ。やはりエンジンとコックピットを離したF-221の設計の良さはずんぐりに変られてもスポイルされていないのかもしれない。

「まあ、どうということはないか……飛行特性は外部兵器搭載時もフラットで嫌な癖はないな。ただ……」

「ただ?」

 飛行中、同じ機体の後席に乗る戦術航空士の竹崎1尉がいぶかる。彼は搭載機器のスペシャリストだが機体の操縦資格を持っていない。

「どうにも戦闘機としてのパワー不足を感じる。旋回性能でも余裕がない。攻撃機としては兵装の搭載能力が足りない。そして哨戒機としては航続性能がやや不足だな」

 そう大田原はこの機体を評価する。

「全然ダメじゃないですか」

「ああ。結局はどうやっても駄作機だろうな」

 大田原はため息を吐いた。

「だが、これを戦力化しないといけない」

「無理じゃないですか」

「ああ。こいつ作った連中が恨めしいよ。正直」

 そこで大田原は息をもう一度吐いた。

「ただ、こいつ自身がこのままじゃ、あまりにも可哀相だ」

「ただの機体じゃないですか」

「今は俺たちには1機でも多くの機体が必要なんだ」

「そんな不利ですか? 我々は」

「戦争は数だっていうだろ」

「そうですけど」

 竹崎は不満そうだ。

「正直、俺も同じ思いだがな」



 そして、さまざまな改修が行われることになった。飛行姿勢制御システムや戦術情報システムのアップデート。大昔はそのために機内の装置を追加したり交換し、その配線を組み直す面倒で金のかかることをしていたのだが、今の第9世代機は物理的な変更がどうしても必要なもの以外は改良プログラムのインストールでほとんど対応できる。そして任務ごとの設定値をプロファイルとして管理し、訓練時のフィードバックを基地での駐機中にワイヤレスで基地の機体統合整備管理システムで受信して解析し、最適な設定値やアルゴリズムを算出してワイヤレスでインストールできる。

 この性能向上プログラムは間近に迫った国際情勢に鑑み開始され、短期間にそのプロファイルを50作って遺伝的アルゴリズムを使って仕上げることになっていた。だがそのプロファイルの作り込みに案外時間がかかったし、そのプログラムを受注したベンダーとの会議はあまりにも低調だった。納入したシステムなんだからちゃんとやれよと言いたくなる大田原だったが、要するに納入したあとのこういう改修はメリットも金にもならないのでベンダーはやりたくなくて、辞める理由を探していたのが正直なところなのだろう。ましてこのブリッツは少数の生産でラインが閉じられることになったので、なおさらやりたくないのだ。

 結局ベンダーはもう来なくなった。契約の一方的終了だった。会計監査が入る騒動にもなったのだが、彼らもまたこのプログラムに冷淡だった。

 結果、プロファイルの作り込みは部隊内のエンジニアと大田原たちで行うことになった。プロファイルは結局30ぐらいしか作れないと思っていた。はじめの頃は習熟だけで手一杯だった。それが最終的に64も生成していた。もっとさまざまな先進的な要素も取り入れるとベンダーは言っていたが彼らはもう来ない。そして大田原は先進要素はなくても十分ではないかと思うようになっていた。いつのまにかエンジニアのこだわりが生まれていた。付け焼き刃の真似事エンジニアだったはずなのに。

 そしてそんななか、このブリッツが、多くの駄作機と同じく、不運にもとりつかれているように思えて、正直不憫にすら感じるようになったのだった。



 結局、我が国と外国とで続いていた外交交渉は決裂することになった。そこまでの国際貿易圏の主導権争いだの、条約の複雑な関係のこじれだの、世界経済の落ち込みだの難民問題だの国民のナショナリズムの暴走だのをメディアは騒いでいたが、それは結局、だれがやってもどうにもならないことだった。大田原も竹崎も戦闘機搭乗員であり、国民の代表である政治家、シビリアンに命ぜられれば任務を遂行するだけである。戦争は政治の延長であるとはクラウゼヴィッツだっただろうか。

 そして完全な決裂の瞬間に開戦する、ゼロ・アワーに向けて、さまざまな準備が進んでいく。部隊の移動、物資の集積だけでなく、民間にもその影響が及ぶ。天気予報の発表が禁止されたり、夜間の外出が禁止されたり、通信が遮断されていく。戦争の暗い影がどんどん広がる。そしてはじめは冷静にと言っていた人々も、そのあまりの重苦しさに、もうとっとと始まってほしい、と思うのだった。それも戦争のいつものパターンだった。


 そしてついに開戦が最終的に決まった。交渉にあたっていた外務大臣はとうとう更迭され、次の外務大臣は交渉のテーブルを蹴って国民の喝采を浴びたのだった。その喝采でこれからどんな悲劇に陥るか、もう人々は考える余裕を失っていた。それが戦争へ雪崩を打って進む狂気そのものだった。

 大田原と竹崎はそれに従い、ブリッツで基地から離陸した。ここから空中で開戦のゼロ・アワーを迎えるのだ。

 普段の飛行任務より大地が遠くに感じられる。こんな発展した時代にこんな時代錯誤の大規模な戦争があるとは。人によれば人類が迎えたなかで3番目の大戦になりそうだという。情報化された兵器によってすぐ決着がつくなどと言われていたが、そんなのは無責任な『軍事評論家』の言葉に過ぎない。第1次世界大戦は機関銃で1週間で終わるとされ、第2次世界大戦は長距離爆撃機で数時間で終わるとされていたが、どちらもそんなことはなかった。ひたすら陰惨で残忍で酸鼻をきわめる殺戮がとんでもなくあちこちで行われたのだ。そのたびにもう繰り返さないと言っていたが、やっぱり繰り返すのだ。人類はそこで本当に度し難いのだが、それをいったところで何もならない。むしろこの戦いで行き詰まった経済が壊れることを喜ぶまでに人々は追いつまり、どうしようもない政治家を選び、どうしようもない政策の衝突となってその最後にこうなった。救いがたい。

 結局この戦いでは小型核兵器まで使われるかもしれない。なにしろ世界が終わるほどと言われた原発事故ですら人類は長い時間と努力でのり超えてしまった。それで核の戦術使用のためらいが弱まったのだ。一つ良くなれば二つ悪くなるようなこの世の地獄っぷりにはめまいがしそうだったが、今はそれも考えるときではない。

 離陸してから指示を受ける。

「AWACSより。貴機の前方の積雲の向こうに敵編隊がいる。会敵点まで誘導する。レーダーを封止して接近せよ」

「了解。誘導をお願いする」

 そして巨大な雲の塊の向こうがついに見えた。

「あっ!」

 予想以上の大編隊だった。空の果てまで敵機が延々と編隊を組んでいる。

 ーーこれは、負けたかもしれない!

 血が泡立つような不利を感じた。

 しかも。

「くそ、要撃管制が切れた!」

「なんてこった、AWACS01、02ショットダウン!」

 空中で戦闘機を指揮する戦術の要、AWACS機が早くも立て続けに2機も撃墜されたのだ。

「これでは戦術指揮を受けられません!」 

「いや、こっちも向こうのAWACSをキルしている!」

「なんてこった、全機独自の判断で戦うしかないです!」

 それが即興演奏ジャムセッションのような大空中戦の始まりだった。

 命令系統が混乱する中、各機体のクルーがそれぞれの機体で臨時に小さなチームを組み、それぞれに戦う。ある機はめったに使わないメインレーダーを最大出力で使って他の機に敵の位置を探知させ、それを別の機が守り、別の機がそれに従って進撃する。だがそれに向けてAWACSを葬った長射程対レーダーミサイルが次々と撃ち込まれて爆散させる。それでもその役目を誰かがしなければ更に不利になるのは明白で、必死に代わりの機がその役割を引き継ぐ。

 次々と美しく優雅な曲線の戦闘機がむごたらしく翼をもがれ、墜落していく。空でも戦場は戦場、悲惨なのは変わらない。

 そしてその後ろの空域でははるか上空のそれぞれの陣営のもつGPS衛星に向けての攻撃も行われている。そのはるか後方ではそれで消耗する衛星を補充するためのロケット打ち上げ基地が慌ただしく活動している。全面戦争とはそういうものだ。 

 そのなか、竹崎は気づいた。

「潜水艦が哨戒機に追われています! 潜水艦は哨戒機に全く抵抗できない!」

「わかった! 哨戒機を追っ払いにいくぞ!」

 ブリッツはフィヨルドに美しく海水が入り組む沿岸地方の上空を超え、外洋に出る。

 光学センサーが遥か彼方でゆうゆうと飛びながらソノブイを投下し味方潜水艦を探している敵哨戒機を探知する。まだミサイルとレーザーの射程外で、しかもレーダーを封止しているので敵機は気づかない。

「くそ、遠いな」

「哨戒機ですからね。哨戒機は足がめちゃくちゃ長い」

「だな」

「敵機を射程内に捉えるまで3分」

 2人で話しながら接近する。

「射程内まで15秒、10秒。クリアードアタック」

「スタンバイ!」

 レティクルの敵機を示す距離表示が射程外から、有効射程内に変わる。

「フォックスワン!」

 機体の兵装ドアが開き、翼を切り詰めたステルス機搭載用空対空ミサイルが放り出されて推進薬に点火、鮮やかな炎を引いて哨戒機に飛んでいく。

 哨戒機も自衛センサーでミサイルを探知し、すぐにフレアを発射しながら急回避に入る。だが、機体が大きく鈍重な哨戒機では間に合わない!

 優雅な旅客機改造の敵哨戒機の翼が折れ、煙を引いてきりもみしながら遠く下の海面に堕ちていく。敵のクルーは当然、脱出できなかったようだ。哨戒機には今どきにしてはクルーが多く乗っている。でも哨戒任務を完全に無人機には置き換えられないのだ。

 俺たちもいずれああなるかもーーそう大田原は思う。

「基地に一旦戻るしかないな」

「そうですね。基地からの誘導電波は生きてます」

「でも地上からの要撃管制も全滅か」

「こっちも敵も考えることは一緒ですよ。真っ先にそういう警戒管制を無力化する。移動式の管制レーダーも次々と食われていて、組織だった戦闘ができないのに個別の空中戦があちこちで起きています」

「これじゃ第1次大戦の複葉機時代に戻ったみたいじゃないか」

「ええ。こうなるとパイロットの能力だけが生死を分けますね」

 口数が多くなる。

 そのときだった。

「おい、あれは攻撃機だぞ! どこに向かってる!?」

 青い海面すれすれの低空を青い洋上迷彩に塗られた敵攻撃機編隊が見える。

「おそらく我が空母機動群です! 対艦ミサイルの飽和攻撃をする気ですね」

「させるか! データリンクが生きてるなら友軍機を集めよう」

「そうします!」

 敵攻撃機編隊に接近すると、彼らはスピードを上げる。だがマルチロール機のブリッツから重たい対艦ミサイルを満載したまま逃げ切ることはできない。

 彼らは無念だろうが、搭載した必殺の対艦ミサイルを投棄して逃げようとする。だが大田原はそれを更に追撃する。

 もう整然と対艦攻撃に飛んでいた敵編隊は散り散りになっている。そのうちの一機が不運にもミサイルの射撃必中域、リーサルコーンにブリッツをいれてしまった。即座にフォックスワンとコールし、操縦桿のボタンを押す。再びミサイルが吹き出し、その機を撃墜する。

 そして気づけばもう空域に他の機体はいなくなった。対艦攻撃に出動した敵攻撃機編隊を蹴散らすことに成功した。

「やったな。でも燃料がやばい。空母に着艦を申請しよう」

 ブリッツは空母発着艦機能を持っている。それもパイロットにかわって自動で難易度の高い着艦をさせるAIまで搭載されている。

 だが。

「くそ! 空母直衛の巡洋艦のレーダーにロックオンされます!」

「ばかな! SIF(敵味方識別装置)も機能しなくなってるのか! 勘弁してくれ!」

「艦隊防空司令にメッセージ! 『ワレ友軍機、撃ツナ』!」

「送ります!」

 しばらくして。

「ロックオン解除されました」

 深く息を吐く。

「ここで同士討ち(フレンドリーファイア)は勘弁してくれよ……」

「この混乱ではありえますけどね」

「ああ。たまらんな」

 自動着艦シーケンスに入ったブリッツに空母と、着艦失敗に備えて並走する駆逐艦の灰色のシルエットが迫ってきた。そして小さな海の一点だった空母が突然大きくなり、どんと主輪がその飛行甲板におち、アレスティング・ワイヤーとコンタクトした機体フックが急激に機体を減速させた。4本のワイヤーのうちに理想的な艦尾から2本めを引っ掛けてブリッツは飛行甲板上に静止した。大田原はそれを――俺よりうまいな、と思うのだった。


 空母〈ずいかく〉で機体の再整備・兵装の再搭載を受けている間に大田原たちは食事を摂る。激しい空中戦でシェイクされた体での食事は辛い。せっかくのカツカレー、カリカリに揚がったロースカツと、空母の給食班が苦心して編み出したスパイスの効いた辛口ながら独特の味の深みのカレールウ。そして伝統の牛のスープで炊いたライス。かつてコンクールで優勝した素晴らしい味の〈ずいかく〉名物のカツカレーだった。

 だが、それを少し食べてすぐ吐きそうになった。なんてことだ。でも仕方がないのだ。人間の体は今でも空中戦のために鍛えることはできてもそのために作られてはいないのだ。

 それでも二人は口をすすいで残りを飲み込んだ。カレーは飲み物だという話があったが、このときはそれでいいと思った。


 そしてすぐに発艦することになった。

 夕闇迫る空母の藍色の飛行甲板の上に佇むブリッツ。その姿を見て、大田原はふしぎな落ち着きを感じていた。もうブリッツのコックピットは『勝手知ったる自分の家』のような感じだ。あれほど中途半端だと思っていたずんぐりになったこのマルチロール機をそう思っている自分に、彼は一瞬苦笑したくなった。食事を終え、少し心に余裕が戻ってきていた。

 疲労で体がぼろぼろだったが、薬で抑える。というかこう言うときにつかう薬は一種の覚醒剤であり、昔から飛行隊で「ゴー・ドラッグ」と呼ばれている。だがそれで胃が荒れるので胃薬も飲む。こう体をドーピングで酷使してでも戦争には負けるわけには行かないのだ。戦争は、そして空中戦も断じてオリンピックでもなければスポーツでもない。

 リニアカタパルトで射出されたブリッツ。

 後方に空母が、そして危うく同士討ちするところだった味方巡洋艦が急激に遠ざかっていく。


 そして進撃する。大気状態が悪くなってきた。機体は小さな乱流をなんども通過する。パワフルなこの時代の戦闘機でも乱流を完全に克服はできない。姿勢制御システムが高速で補正しても、である。地球の上で戦う以上、地球に勝つことはできないのだ。それは普段なら大空を職場にするロマンの一つでもあるのだが、今は不安を作ってしまう。開戦数日でここまで疲弊している。これがいつまでつづくのか。こんなのはそう長く続けられない。だが続いたら? その時は力尽き墜落の運命だろう。覚悟はずっとしていたが、この戦いで死ぬのに本望とは言い切れないのだ。ちなみに大田原はかつて結婚していたが、子供はいない。そして父母も早めに死んだ。残すものはもうない。その独特の寂しさを感じ胸が痛む夜もある。隊長はそれを気遣って再婚相手の話をすることもあるのだが、大田原はそういう気にはなれかった。一時でも暖かな家庭という夢をみられただけに、それが壊れた痛みがまだ彼を痛めつけていた。

「前方遠くに戦闘機!」

「ロングスピア(長射程空対空ミサイル)を使えるか?」

「使えます!」

「全弾撃ち込もう。向こうよりこっちは弾数が多い。撃ち負けることはない!」

「そうですね! 戦争は数です。距離よし、調定よし!」

 竹崎がすぐに発射準備を整える。ほんとうに優秀な相棒だ。もともとエリートエンジニアだったのだが、何かの理由で同じ部隊に配属された。まだ若い彼がこの戦争で未来を閉ざされると思うと胸が締め付けられる。なんとか彼をこの大戦争でも生き残らせたい。そのためには自分が頑張るしかない。大田原は強くそう思うのだ。

「フォックスワン!」

 再びミサイルが飛び出していく。

 長距離での戦闘機との撃ち合いで、ブリッツは勝利した。戦闘機は3機には回避されたが1機を撃墜した。

「ナイスキル!」

 まさにマルチロール機の真価発揮だった。

 だが、燃料が心細くなってきた。

 そのとき、ちょうど光学センサーに反応があった。

「空中給油機がいるな。給油を受けよう」

「そうですね」

 フライングブームに接続され、給油が始まる。

 給油機は旧式で、その窓の向こうで女性ブームオペレーターが手を降っているのが見える。太田原たちはそれに手で答える。

 そして給油が終わった。

「グッドラック!」

 その女性パイロットとの交信の直後、給油機が一瞬で大爆発した。その衝撃波でブリッツはもみくちゃに揺られる。

「なんだ!」

「アタックレーザーです!」

「どこから撃たれた! 敵はどこだ!」

「わかりません!」

 一瞬頭が真っ白になった。なにが起きているんだ!?

 それでも考える。

「メインレーダーを2秒だけ使おう!」

 ブリッツの機体外皮に取り付けられたメインスマートスキンレーダーが強力な電波をビーム状に発射し、すばやく空をスキャンする。これで敵にこっちの存在を確実に知られた!

 だが、成果はあった。

「レーダー探知! 識別、敵アーセナルバード打撃群です!」

 アーセナルバードとは無人戦闘機を大量に搭載した巨人機、空中空母である。そしてそれを護衛するガンシップのレーザーによる狙撃で、給油機が、その女性パイロットと女性クルーがやられたのだ。

「無理だ。ここは逃げるぞ」

 すぐに旋回に入る。

「だめです! 敵戦闘機に囲まれます!」

「フルスピードに入る」

「追いつかれます!」

 ーーなんてことだ、エンジンの弱さをつかれたか!

 心の中で叫んでいた。

 ーーブリッツ、もうすこし頑張れ! もうすこしで振り切れるぞ!

「回避する!」

 必死に逃げるのだが、そのとき妙な振動が起きた。

「くそ、なんだ!」

「レーザーにやられました! 右主翼が焼かれて損傷!」

 これでブリッツのステルス能力は殆どなくなった。

「敵機ますます増えます!」

 囲まれた。

 ーーもうダメだ! このまま袋叩きだ!

「前方にアーセナルバード!」

 回避機動の連続で迷走したブリッツに巨大な全翼機であるアーセナルバードが迫る。それを推進する二重反転スキュードプロペラの回転と、発進させている無人戦闘機すら見える近距離だ。その圧倒的な量感はまさしく絶望そのものだった。

「くそ、ここまできて!」


 だが、そのとき、灰色の影がさっとカット・インしてきた。

「!!」

「友軍機です!」

 奇跡だった。友軍機が遠いここまで救援にきてくれたのだ!

 アーセナルバードを守ろうとする敵機と、それを攻める友軍機の猛烈な空中戦になった。

「友軍機がこの混乱の中、ペアをしっかり組んでます」

「やっぱり、チームプレイでなきゃダメなのか」

「そうですね。でもここまでマルチロールらしい戦いは、できましたよ」

「そうだな。俺たちはツイてる! このままこの空域を脱出、帰投するぞ!」

「ええ!」

 だがその時!

「!!」

 ガクンとつんのめるような衝撃に襲われた。機体が流れ弾に被弾したのだ。

 何という不運!

 ブリッツの心臓、エンジンに致命的な損傷を受けたことを示す警報の赤いサインが一斉に点灯する中、大田原はすぐにコクピットの黄色い引手を引く。緊急脱出ベイルアウトするのだ。

 直後、射出座席に座ったまま、大田原はキャノピーを突き破って飛び出した。それより少し先に後席の竹崎が射出されたはずなのだが、どうやっても見えない。くそ、だめだったか……!

 そして射出された大田原の落下傘が開いた。その降りていく彼の目の前で友軍機の猛攻を受けてアーセナルバードの巨大な機体が折れ、壮絶な断末魔の墜落を見せていた。

 それと同じく、ここまで乗ってきたブリッツが、遥か彼方で堕ちていっている。

 その引いていった悲しい一条の煙を、大田原は見つめる。

 ーー最後まで、あいつは『駄作機』だったな。

 大田原はそう思った。

 しかし、こうも思っていた。

 ーーだが、俺たちには、それでもあいつは『愛機』だった。


〈了〉



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