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31.レイジの受難1

「メグ様、こちらでしたか。」


 クラウスが分厚い書類の束と紅茶のセットを持って現れた。


「少しばかり休憩した方が効率が上がりますよ。」


 メグは机の上にある書類が散らばらないように、青い水晶が輝く文鎮と赤い水晶が鈍く光る文鎮で書類を押さえると、執務室の横に置いてあるソファに座った。


 すぐにクラウスが、とても良い香りがする紅茶と甘い匂いがするクッキーを小皿に載せてテーブルに差し出した。

 メグは何も言わずにクラウスが入れた紅茶のカップを手に取り、ほんのりと香る紅茶の香りを味わいながら一口飲む。


「うーん。いい香りだわ。」


「こちらもどうぞ。」


 すぐにクラウスから、ミルクが入った小さなポットが差し出された。


 メグは差し出されたミルクを先ほど飲んだ紅茶に入れ、今度はクッキーも一緒に食べ始めた。

 ミルクティーとクッキーの甘い味が渾然一体となって口の中に広がる。


「うーん。こっちも最高!」


 メグが考えていた以上に濃厚なミルクだった。


「いかがですか。」


 いつの間にかメグの目の前に座って、優雅にミルクティーを味わっているクラウスが、書類とペンを差し出しながら感想を求めてきた。


「前回のものより、かなり濃厚でいい味ね。」


「それはようございました。では、こちらは王都のカフェで展開していきましょう。」


「そうして頂戴。」


 王都のカフェで展開されるメニューに追加したいと提案された書類に、メグが了承のサインを入れると、廊下から声がして侍従がメグの執務室の扉を叩いた。


 メグが入室を許可すると、すぐに侍従が新たな書類と来客の来訪を告げてきた。


「お嬢……いえ、間違えました。奥様、レイジ様がお見えです。」


「あら、珍しいわね。通して頂戴。」


「畏まりました。」


 メグの了承の声に、すぐに執務室の扉が開いて、黒髪に黒い瞳、容姿は父親のレイにそっくりな青年が、ホソイに伴われて現れた。


 ちなみにホソイは、抜け毛がひどいとぼやいていたかと思うと、すぐにツルツルになってしまった。


「母上。ご無沙汰しております。」


「今度はどこに行っていたの?」


 レイジがメグの対面にあるソファに腰かけると、クラウスが彼の目の前にミルクティーと砂糖壺を置いた。

 メグは甘味をあまり好まないレイジの前に、わざわざ砂糖壺を置いたクラウスに眉を寄せた。


「これは?」


 普段あまり甘味を好まないことを知っているのに、なぜこのタイミングで砂糖壺を出してきたのか。

 普段とは違う行動をしたクラウスは、レイジの前で何の前振りもなく、砂糖壺に入っている砂糖の由来を語り出した。


「こちらの砂糖ですが、レイジ様がお生まれになった時に研究が開始され、やっと精製に成功した上白糖でございます。」


「白糖?」


 レイジはクラウスに勧められるまま紅茶に砂糖を入れて一口飲んだ。


「これは! 癖がなくていい味だね。」


 にっこり微笑むレイジの笑顔に、メグはほっこり心が癒された。


「ありがとうございます。こちらはその砂糖を使って作ったケーキです。」


 あまり甘味を好まないレイジだが、クラウスに言われるまま、出されたケーキにフォークを手に取ると一口食べた。


「うん。これもいい味だと思うけど、さすがに一つで十分だよ。王都のカフェに出すのなら、もう少し小さくていいかもね。」


「あら、小さいと物足りなくない?」


「カップル連れとか友達同士用に、お皿にいろいろな種類を出して、好きな人や友人がしゃべりながら食べればいいんじゃない?」


 メグはレイジの案に頷くと、クラウスに量を少なくして種類を増やすように指示を出した。


「それでは、私はこれで。」


 クラウスは今出た案を王都のカフェで展開するために、すぐに部屋を出て行った。

 さすがクラウス。

 できる男は、レイジの案にさらなる飛躍を感じたようで、すぐにいなくなった。


 クラウスが静かに扉を閉めて出ていったあと、執務室には久しぶりに穏やかな空気が流れていた。


 メグは紅茶をもう一口飲み、レイジもようやく落ち着いた様子でソファに背を預ける。


「で、他には何か報告あるの?」


「いえ、今日はそれだけです。あとは……静かに過ごせるといいなと思っていたんですが……」


 その言葉が終わるか終わらないかのうちに、廊下の向こうから、またしても騒がしい声が響いた。


「レイジ様はどこ!? 早く案内しなさいよ!」


「……またか。」


 レイジが顔をしかめ、メグはカップを置いて立ち上がった。


「今度は誰よ……」


 バンッ!


 扉が勢いよく開かれ、金色の髪を揺らしながら、ひとりの少女が駆け込んできた。


「レイジ!やっと見つけたわ!」


「……また君か。」


 レイジはすでに諦めたような目で、少女を見つめた。


「あなた……もしかしてアンジェの娘?」


 メグが冷静に問いかけると、少女はレイジの隣にぴたりと張り付きながら、メグをじろりと睨んだ。


「そうよ。で、あなたは誰?レイジの隣に座ってるなんて、どういうつもり?」


「私? レイジの母親だけど?」


「……え?」


 少女は一瞬固まったが、すぐに表情を引き締めて言い放った。


「じゃあ、義母様ってことね!よろしくお願いします!」


「誰が義母よ。」


 メグは額に手を当ててため息をついた。


「レイジ、説明してくれる?」


「……母上、僕も被害者です。」


「レイジは私に朝ごはんをおごってくれたの!それってもう、プロポーズと同じでしょ?」


「違うわよ。」


「違います。」


 メグとレイジの声がぴったり重なった。


「でも、レイジは優しくて、かっこよくて、しかもお金持ちで、完璧なのよ!これはもう、運命の出会いなの!」


「……あのね、あなた、まだ八歳でしょ?」


「年齢なんて関係ないわ!愛に年の差なんて関係ないって、ママも言ってたもの!」


「アンジェ……」


 メグは頭を抱えた。


「母上、お願いです。なんとかしてください……」


「……ホソイ、セドリックを呼んできて。」


「すでに手配済みです。」


 ホソイが静かに一礼したその瞬間、廊下の奥からがやがやとした声を大勢の足音が響き始めた。


「……来たわね。」


 扉が開き、護衛を引き連れた細身の男が現れた。


「アン。何度言ったらわかる。勝手に人の屋敷に上がり込むな。」


「パパ!」


「またお前か……」


 セドリックは娘を見て、深いため息をついた。


「レイジ殿に迷惑をかけるなと、何度言えばわかる。」


「だってパパ、レイジが優しくしてくれたのよ!これはもう運命なの!」


「運命はな、もっと静かに訪れるもんだ。」


 セドリックは連れてきた護衛に娘を捕まえさせると挨拶もなしにドアに向かった。


「きゃー!レイジー!助けてー!」


「助けません。」

 レイジは即答した。


「……冷たい。」


「お前が熱すぎるんだ。」


 セドリックは護衛をせかすと一緒に来ていたアンジェに目配せする。


「いくぞ、アンジェ。」

「ごめんなさいね、メグ。じゃあまたね。」

 二度と来るな。

 メグは心の底から念じた。


「お願い、レイジ!また会いに来るからね!」


「来なくていい!」


 少女の声が遠ざかっていくのを聞きながら、執務室にようやく静寂が戻った。


 レイジはソファに沈み込み、メグは再び紅茶を手に取った。


「……ふぅ。やっと帰ったか。」


「母上、僕、もう商談には行きたくありません。」


「それは無理ね。次の商談、来月でしょ?」


「……地獄だ。」


「まあ、頑張りなさい。あなた、モテるのも才能の一つよ。」


「いらない才能です……」


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