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3.侯爵とメグの一騎打ち。

「なんだこれは!」

 侯爵は届けられた羊皮紙を握り潰した。


「御主人様?」

 初老の執事は顔を真っ赤にして激昂している主人を見つめて内心溜息を吐いた。


 さて、いかがいたしましょうか。

 昔からこの方はお怒りになると前後がいささか曖昧になって冷静さがどこかにいかれるようですし・・・。

 執事の心に呼応するように侯爵は怒りを顕わに馬車を用意するように彼に命じた。

「畏まりました。」

 初老の執事は綺麗に礼をすると従僕に馬車を用意するように命じる為、主人の部屋を後にした。


 数十分後。


 執事と侯爵は馬車で王都の中心にある羊皮紙を送り付けてきた商家に向かっていた。

 執事の手には先程主人が握り潰した羊皮紙があった。


「お前はどう思う、セバスチャン。」

 主人は馬車窓から王都の様子を眺めている。


「どうとは?」

 いきなりの問いに困惑した執事は主人の問いに思わず問で返していた。


「お前ならそれを読んでどうするかと聞いているんだ。」

 イライラした声で再度問い直された。


「私なら即座にお支払いしてレリック坊ちゃまをお助けしますが?」

 セバスチャンの言い分に侯爵は頭を抱えた。


 そうだった。

 こいつはこういうやつだ。

 お金より主人をいやここでは主人の家族を助けようとする。


 だが侯爵という貴族の義務を鑑みるならそうはいかない。

 領民への義務や今後の領地運営を必ず考えなければならないんだ。

 素直にこの額を出すなど論外だ。

 侯爵は窓外の景色を見ながら唸り続けた。


 しばらく馬車を走らせると王都の中心に堂々とそびえる商家に着いた。

 セバスチャンが先におり商家の店先にいた従僕に何かを話してからすぐに馬車に戻ってきた。


「どうした?」

「残念ながら商家の主は出かけているようです。場所は聞きましたがいかがいたしましょうか?」

「もちろんその場所に向かう。」

「畏まりました。」

 セバスチャンは小さな馬車窓から御者に何か言うと馬車はすぐに走り出した。


 数分で件の場所に到着したが侯爵の口はあんぐりと開けたままになった。


「なんだここは?」

「はい、あの商家の主がいる場所ですが?」

 セバスチャンが素直に説明した。


「ここはしょ・・・娼館ではないか。」

「はい、あの商家は高級娼館も経営しているようで今日はこちらにいらっしゃるそうです。」

 侯爵が躊躇していると目の前にいたセバスチャンが失礼しますと言い置いて、すぐ傍に止まっている馬車に足早に歩いて行った。


 どうしたんだ?


 侯爵が訝し気に見ているとセバスチャンはすぐに息を切らして戻ってくると先程の馬車の持ち主について爆弾発言をかましてくれた。


「なんとも申し上げにくいことなのですがあの馬車はどうやら奥様の持ち物のようです。」

「はあぁ?」

 侯爵は言われたことが理解できなかった。


 奥様?

 奥様ってなんだ?


 当惑されている侯爵を見てセバスチャンが再度申し上げた。

「キャサリン様の馬車です。」

「なんだと。」

 侯爵は慌てて馬車を降りると高級娼館の中に突撃した。

 セバスチャンも黙って後に続いた。


「いらっしゃいませ!」

 入り口で娼館の使用人らしき人物に声をかけられた。

 侯爵は仏頂面で娼館の主に面会に来たものだと伝えた。


 当惑しながらも使用人は侯爵を入り口に置いたまま奥に消え、すぐに先程とは違った使用人が現れて侯爵を奥の部屋に案内してくれた。

 途中、廊下で侯爵の大っ嫌いな伯爵を見かけた。


 なんでここにあの狸親父がいるんだ?

 そう思ったがそれを頭から消して使用人が案内するままに奥の部屋に向かった。

 奥に入るほど部屋の造りが凝った造りになって行く。


 ふむ、ここの高級娼館は初めて入ったがかなりのものだな。


「こちらです。」

 使用人は奥まった部屋の扉を開けた。


 そこには侯爵に羊皮紙を送り付けてきた黒髪で黒い瞳を持ったこの国の英雄の一人が書類を手に唸っている所だった。


「御主人様、侯爵様をお連れしました。」

 使用人の一言に部屋の主が扉の前に立っている侯爵に目線を向けた。


「ようこそおいでくださいました侯爵様。」

「あいさつはいいから事情を説明しろ。」

 開口一番侯爵はムスッとした顔でそう言い放った。

「説明と言われましてもあの羊皮紙に書かれていた通りだったのですが・・・。」

 メグは侯爵の顔を見て言い澱んだ。


 さて、これを素直に言っていいものかどうか手元の書類を見ながら唸ってしまった。


「なんだ、どうした。はっきり言わんか!」

「はい、数分前に侯爵夫人が見えられまして息子がした借金は自分が返すと言われまして、その・・・。」

 メグはいいづらそうに侯爵を見た。


「ま・・・まさかキャサリンが客を取ろうとしているのか?」

「いえ、イヤまあそうなります。」

 侯爵はメグの言葉を聞き終えると脱兎のごとく扉に突進した。

 しかし、セバスチャンと二人掛かりで扉を押すが開かない。


「おい、今すぐここを開けろ。」

 侯爵は物凄い形相でメグを睨み付けた。


「えっと、私としましても開けたいのは山々なのですが・・・。」

 メグの言葉にかぶせるように侯爵の怒鳴り声が響いた。

「金なら羊皮紙の分を今すぐ払う。だからここを開けろ!」

 侯爵がそう言い放つと扉を殴りつけた。

 その扉押戸じゃなく引き戸だから押しても開かないんだけどな・・。

 メグが申し訳なさそうに思いながらも侯爵に手に持っている書類を見せた。


「なんだそれは?」

 メグはさらに侯爵に止めを刺した。

「あの残念ながらどこから漏れたのか侯爵夫人がお客の相手をすることがバレていまして、すでに指名客が・・・。」

 途中まで説明するとそれを遮るよう近づいた侯爵が書類をひったくった。


 そこには侯爵が先程目にした狸伯爵の名があった。


 あいつ!!!


「その料金も上乗せして払ってやる!」


「では署名を。」

 メグはすかさず契約書を差し出した。

 侯爵はイライラしながらも書類を隅から隅まで読むとそこにサインした。


 メグは侯爵がしたサインを確認するとすぐに扉を開けるように扉の傍にいた護衛に指示を出すと部屋を飛び出していく侯爵に侯爵夫人がいる部屋まで案内するように告げた。

 侯爵は憎らし気にメグを睨んだ後、部屋を駆け出して行った。


 ふぅ。

 侯爵夫人のお蔭で今回の件は早期決着をつけられた。

 メグは部屋に入って来たホソイに侯爵夫人から頼まれた侯爵の愛人リストいや浮気相手リストを侯爵夫人専属の侍女に届けるように言うと後の事を彼に任せ、商家に戻ることにした。


 それにしてもなんとも疲れる日だな。

 メグは凝り固まった肩を回してそこかしこで上がる騒ぎを無視しして娼館を後にした。

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