13.決心
「メグ様。馬車の用意ができていますがまだ行かれなくてよろしいのでしょうか。」
オロオロとするトリノを無視してメグは数年前に着手した試作品の柔らかい牛肉に舌鼓をうっていた。
うーんうまい。
やっぱり牛に安い肥料だけじゃなくお酒を飲ませると肉が口の中で蕩けるようになって・・・ぐっふふふ。
これだけうまければ上級階級を狙い撃ちに攻勢をかければすぐにかけた初期費用を回収出来るわ。
ぐっふふふ。
これから儲かる金額を想像してメグがニマニマしているとしびれを切らしたトリノが大声でメグに話しかけてきた。
「メグ様!」
「なに。」
メグは食べ終わった皿を下げさせて紅茶を飲みながらトリノを睨んだ。
せっかく楽しい想像をしていたのにそれに水を差されていささかおもしろくなかった。
「もう行く時間がかなりすぎています。行きましょう。」
「わかったわ。トリノは早く恋人に会いたいんでしょ。」
メグはそういうと何かを言おうとしているトリノが口を開く前に立ち上がった。
「おなようございます。メグ様。」
タイミングよくホソイもやってきたようだ。
メグはトリノとホソイを伴って馬車に乗り込んだ。
馬車はすぐに王宮に向け出発した。
「メグ様。よろしかったのですかこんなに遅く登城して。」
「あら仕事は昨日のうちに今日の分も片付けたわ。どうせバカ王子のことだからまだ昨日の分も終わっていないからこのくらいでちょうどいいのよ。」
「もし終わっていたらどうするんですか。」
「あらトリノは終わっている方にかける?」
「賭け事ではありません。」
「じゃいいじゃない。」
「メグ様!」
馬車はトリノの叫びと共に王宮に到着した。
三人がいつも通りの手続きを済ませセドリックの執務室に到着して部屋に入ると信じられないことにまだ彼の執務机の上には書類がこんもりと積まれていた。
「まさかまだ本人が来てないかとか言わないわよね。」
メグは今日の書類を片付けている文官たちに話しかけた。
「はい、まだ来ていません。」
彼らから信じられない返事が返って来た。
まだ来ていない。
来てないってですって。
「それで誰も呼びに行かなかったの。」
「寝室に籠られているので出てきてくれないとさすがに我々では・・・。」
文官の一人がいつものことだと宣った。
ま・・・まだ寝室でナニをしてるって!
世継ぎを作るのも確かにし・・・し・・・仕事だが昼間までその夜の仕事をしないとかはさすがにあり得ない。
メグはナニをしている二人の寝室に突撃しようとして別の人物に逆に突撃された。
「メグ。お・・・お前がなんでここにいるんだ。」
「あらレリック。ちょうどよかったわ。セド・・・。」
「なんでアンジェの幸せを邪魔しようとしてるんだ。」
レリックはメグの体を力いっぱい揺さぶった。
こ・・・こいつもアンジェ同様バカだった。
ピキッ
メグは揺さぶってくるレリックを拘束魔法で動けなくするとどこかで見たことがあるようなないような顔をしたメグ好みのがっしりした体躯の男がセドリックの執務室に駆け込んできた。
「レリック。やっぱりここにいたのか。」
「レイ。メグを止めろ!」
「メグ?」
レイはレリックに言われメグの存在にやっと気が付いた。
「コレがご迷惑をかけた。すぐにここから連れ出すのでそのまま執務を続けてくれ。」
「レイ。何をお前まで騙されているんだ。メグはセドリック様の愛妾なんだぞ。」
レリックは昨日のアンジェが叫んだのと同じ話を喚きだした。
メグは額に手を当てて呆れ顔でレリックに問いただした。
「その話を誰に聞いたの。」
「決まっているアンジェだ。」
やっぱりか。
彼の横ではレイと呼ばれた男がレリックにこの話は根拠のない噂だと説明しているがレリックは納得していないようだ。
頭が頭痛だ。
まあいい。
メグは拘束魔法をかけたままのレリックを引きずって執務室を出ていくレイを頼もしく思った。
その間もレイはメグが愛妾ではないという説明を何度もレリックにしているがあいつにはたぶんその話は理解できないだろう。
まあそれはいい。
今はこの仕事の山を片付けて無事この執務室にメグが二度と出向いて来なくていいような手を打たなくては。
メグは文官と彼女のために紅茶を入れているトリノを見てから決心した。
「ホソイ。セドリックを寝室から引っ張り出す最終手段を講じるわ。」
ホソイはびっくりした顔で書類から目線を上げた。
「メグ様。ですが・・・。」
「ホソイ。一日でも早く市井に戻って男娼担当の仕事をしたくない。」
「畏まりました。」
ホソイは黙って立ち上がると執務室を出て行った。
それを見送ったメグは文官たちをこき使って昨日同様に書類の山を片付けた。
そしと昨日と同様に書類が読めなくなるまで仕事をした後、トリノを置いてホソイだけを伴って執務室を出た。
執務室を出ると今朝方飛び込んできたレリックの部下に廊下で声を掛けられた。
「先ほどはレリックが迷惑をかけた。」
「別に今に始まったことじゃないから気にしないで副隊長さん。」
「レイで構わない。英雄殿。」
「私もメグで構わないわ。レイ副隊長さん。」
「副隊長もいらないんだがダメか。」
「庶民と貴族の身分さがあるからやめておくわ。」
「だが隊長のことはレリックと呼び捨てだろ。」
「あいつはもと英雄仲間。あなたは初対面の人。この差は大きいわ。」
「そうか。」
なんでか馬車近くまで送ってくれたレイはメグが乗り込むまでエスコートすると項垂れた表情で彼女を見た。
思わずその姿にメグは声を掛けてしまった。
「市井で会ったなら呼んであげてもいいわ。」
メグの声に嬉しそうな表情になったレイを残して彼女が乗って来た馬車は走り去った。