10.王子とメグと王妃様
トリノの恋人である文官のおかげでメグは二人だけでセドリックと向かい合っていた。
「それにしてもなんで娼館に呼び出されなければならないんだ。」
「別に私は王宮でもよかったんですがアンジェに疑われるから嫌だとごねられたのはそちらです。」
「だがもう少しまともなところはなかったのか。」
「ここでセドリック王子を見た貴族がいてもお互い様ですから誰も何もいいませんよ。」
「もういい。それで話とは何だ。」
「もうアントワネット様に言われていませんか。」
「何のことだ。」
「愛妾のことです。」
「私は断った。」
「でもダメだったんじゃないんですか。」
「なんで知ってる。」
「当事者だからです。」
「くそっ。なんでお前なんだ。」
「同じ魔王を討伐した仲間だからじゃないんですか。」
「はあぁー母上もなんでこんな厄介なことを考えるんだ。」
セドリックがあんな人災を起こさなければこんなめにならなかったんですよ。
メグは心な中で思いっきり目の前にいる今回の元凶を罵った。
しかしまったく心は晴れなかった。
「何かいったか?」
「いえ、独り言です。それよりセドリック王子にもう一人文官を増やすようにアントワネット様に提案してください。」
「文官だと?」
「ええ、女性の文官です。」
「それはいいがそれと今回の愛妾の件がどう絡んでくるんだ。」
「アントワネット様はセドリック王子がアンジェがらみで暴走しないようにしたいのが目的なんです。」
「はあぁ?そんなことは言われなかったぞ。」
わかってなかったんかい、こいつ。
まあいい。
「じゃあ私の言うとおりにしてみて愛妾の件がなかったことになったらいかがですか。」
「もちろんお前を愛妾にするなんてアンジェに嫌われる要因にしかならんから絶対に嫌だ。」
「じゃ文官ならどうですか。」
「うむ。文官なら・・・問題ない。」
「ではそれで話を進めてください。」
「まあ、上手くいくとは思わないが言われたことは提案してみよう。」
セドリックはそれだけ言うと出された菓子をすべて平らげてから一緒にここまで来たトリノの恋人である文官を連れて帰っていった。
「さて、種は蒔いた。あとは実りを待つだけよ。」
セドリックが帰って行ってから数日後。
メグはアントワネットから養父経由でドレスの注文を受けて王宮を訪れた。
「お久しぶりです。王妃様。」
「本当に久しぶりね、メグ。私からの提案は気に入らなかったかしら。」
「大変ありがたい提案ですが私には荷が重すぎます。」
「魔王を倒した英雄なのにあなただけ冷遇してるような噂があるのは知っているかしら。」
いきなり話題をそらされた。
何が言いたいの?
「まったく市井では聞いたことがありません。」
「まあそうなの。ではデマだったのね。もしかして恋人でもいるのかしら。確かレリックとこの間辺境まで食料を届けに行ったそうね。」
なんでここであの話が出てくる。
「はい。」
メグはとりあえず素直に返事をした。
「ではレリックがそのお相手なのかしら。」
目を見開きそうになったが何も言わなかった。
相手の真意がわからない。
「あらこれもだんまり。でもいいわ。恋人がいる人にセドリックの相手を進めるわけにはいかないから・・・。」
王妃は小首をかしげて少し考えてから口を開いた。
「そうね。そのレリックの傍にいられるようにあなたがセドリックの文官になることは認めるわ。これでどうかしら。」
流れが気に入らなかったが最初の”王子の愛妾”という役割なんかよりは数百倍ましだ。
メグは黙って頭を下げた。
「ありがとうございます。」
そのあとメグは王妃に献上するために持ってきた養父から預かった衣装を数点おいて王妃がいる客間から下がった。
それからすぐに王宮のメイドに案内され長い廊下を歩いていると物凄い表情をしたアンジェに出くわした。
「メグ!」
アンジェはメグだけを傍にあった控室に引っ張り込んだ。
「どうかしたのアンジェ?」
「わ・・・わたし聞いたのよ。あなたがセドリック様の愛妾になるって・・・。で・・・でも負けないわ。セドリック様を好きな気持ちは私のほうが大きいんだから・・・ぜったいに負けない。」
アンジェは一方的に宣言すると控室を去って行った。
「お嬢様。大丈夫ですか。」
アンジェが控室を出て行ったのを確認した後トリノがおずおずと控室に入って来た。
「別に問題ないわ。まだ通路に案内のメイドはいるの?」
「いえ、先ほど現れたアンジェ王子妃を追って行かれました。」
「はあぁー疲れた。なんで今回の件だけ本人の耳にこんなに早く入ったのかしら。誰かに囁かれ・・・。」
メグは呟いた瞬間に先ほど出てきた部屋の主を思い浮かべた。
王妃様は何を考えてわざわざこの件をアンジェの耳に入れたの?
嫉妬に狂ったアンジェが何か失敗するのを待っている。
いや失敗してもセドリックが出てくればそれだって・・・。
じゃあなんで?
他になにがあるの?
しばらく考えてみたが理由は思い浮かばなかった。
「あのーお嬢様。そろそろ行きませんか。」
「そうね。とりあえず帰りましょう。」
二人は案内のないまま控室を出ると廊下を出口に向かって歩き出した。
途中、どこで聞きつけたのかトリノの恋人である文官が駆けつけて彼に案内されメグたちは無事に王宮を出てその日は商家に戻って来た。
「お嬢様、どうかしましたか。」
「そのうち王宮から使いが来るでしょうから準備をしておいて頂戴。」
メグはそれだけトリノに告げると自分の部屋に引き上げた。