1.嫌な予感
「ちょっとお待ちください、レリック様。」
赤毛の騎士服を着た男は細い体を必死に使って止める若い使用人を押しのけると扉をけ破るように開けた。
バッターン
物凄い音にも関わらず乱暴に開けられた扉は一瞥すらされず、部屋の中では黙々と主に対して給仕が続けられていた。
レリックはつかつかとテーブルに近づくとそこにバンと手を置いた。
「メグ、なんで俺の伝言を無視した。」
メグと呼ばれた黒髪の女性は騎士服に身を包んだ男をチラッと見てからすぐに目の前に置かれた皿に目線を戻した。
「食事は後にしろ。」
レリックは一際豪華に盛ってある皿に手を掛けようとしてメグの傍にいた護衛に拘束された。
「離せ。」
レリックは掴まれた護衛の腕を捻ると、逆にその護衛を拘束した。
はぁー。
メグは盛大な溜息を吐くと自分の護衛と無断で入ってきたレリックを拘束魔法で動けなくするとそのまま食事を続けた。
「おい、メグ。そんなものは後にしろ。その瞬間にも飢えて死んで行くものがいるんだぞ。」
「あら、それならレリックがどうにかしたら。あなただって腐っても大貴族でしょ。」
レリックは拳を固く握って悔しそうに呟いた。
「親父に嘆願したが一顧だにされなかった。」
メグはレリックの悔しそうに歪む顔を見た。
まっ、あのドケチ侯爵じゃ仕方ないわね。
でも、今回はドケチの意見の方に一票かな。
今回の飢饉の原因は天候じゃなく人災だからね。
でもこの喚く男にそれを言っても納得しないし、さてどうしたもんか。
メグはよく冷えたアイスクリームをスプーンで掬ってそれを舐めながら思案した。
うちのお金を出すのは簡単なんだけど、ことがことだし。
あのオメデタ頭の王太子夫妻に反省もしてもらいたいし、くそプライドの高いこいつにも反省させたい。
メグはデザートを食べ終わるとレリックの顔にスプーンでビシッと指差した。
レリックがスプーンを睨む。
「レリック、彼らの為に体を張る用意はあるの?」
「もちろんだ。」
即答したよ、こいつ。
この返事は商人としては失格だけど騎士なら合格なのかしら?
まあ、いいわ。
じゃ、本人のご希望通り彼らの為に働いてもらおうかしら。
メグは傍にいるメイドに棚に入っている羊皮紙を持って来させた。
さて呪いじゃなかった”誓いの書”を二通書いてっと。
あとはそれに拘束魔法を解いたレリックに署名させた。
「これはなんだ、メグ。」
「一通は娼館で働く誓約書、もう一通はあなたのお父様に向けた保釈金よ。」
「保釈金!」
「そっ、だって侯爵様に出して貰うのが筋でしょ。でもそれだけだと今にも飢えてる人がいるようだから当面の資金はレリックが娼館で働いたお金で救援物資を出すってことで。」
メグは羊皮紙をくるくると巻くと傍にいた使用人に渡した。
「ちょっ・・・ちょっと待て、メグ。ちょっ・・・。」
慌てふためくレリックを無視してメグは護衛たちに彼を娼館に連れて行くように命令すると救援物資選定の為、食堂を後にした。
「お嬢さま、よ・・・よろしいのですか?」
残った赤毛のメイドがメグに近づくと耳打ちした。
「何が?」
「レリック様を娼館で働かせるなど・・・。」
「あらあの顔よ。一番の売れっ子になるわ。」
「いや、そりゃそうでしょうけど・・・。」
「仕方ないでしょ。向こうから言って来たんだから。」
「いや、レリック様はそんなことを言って・・・。」
「いい、トリノ。商人は元が取れないようなことはしないの。それでも今回はレリックが頼むから元仲間として受けてあげたのよ。それも破格の待遇でよ。」
トリノは口を開きかけてすぐに口を噤んだ。
目の前の主人に侯爵宛の脅迫状を渡してくるように命令されたからだ。
メグ様は養女のはずで血が繋がっていないのになんで大旦那様の顔が浮かぶんでしょうか?
赤毛のメイドは従僕に馬車を出すように言いながら遠い目をした。