第七話:一人に任せようなんて
描いてもらった地図を頼りに、魔界の空を飛ぶ。時々飛行系の魔獣と出くわすので、魔法で灰になるまで燃やし尽くしておいた。うっかり形を残して、落下した先に誰かが居たら大参事である。
目的の場所が見えてきたところで地上に降り立ち、徒歩で村を目指す。時々すれ違うおそらく村人なのだろう魔族が、訝し気にこちらを見ている。私の正体を知っている訳ではなく、旅人も少ないだろう辺鄙な場所にあるので、そんな村に軽装の女がやってきた事が単純に不思議なのだろう。
魔族と人間では、見た目に明確な差はない。
角とか翼とか尻尾が生えているなんて事もないから、パッと見だけで相手が魔族が人間なのかを判断できるのは、相当な魔法使いぐらい。
人間と魔族は、体内に保持できる魔力量に天地の差がある。だから魔力を扱う事に長けた者なら、相手の魔力量を読んで判断できるだろうが、そんな事ができるのは魔王とその部下、人間ならユリアーヌと私くらいか。
他には人間の寿命が七十年なら、魔族は大体三百年くらい生きる。それでも生涯生まれる子供の人数に差がないから、魔族の繁殖能力は弱いのかもしれない。
魔力量の多い魔族にとって、時々現れる凶暴な魔獣以外に敵らしい敵もいないので、そうなってしまうのも仕方がないのだろう。
……今では、人間という厄介な敵がいるが。
村に到着した後、気が利くダルが用意してくれた紹介状を適当な人に見せたら、大慌てて村長だという人物を紹介してくれた。
腰の曲がった村長は、私が魔獣退治にやって来た事を心底喜んでくれたが、一人だけで来たと伝えたら驚きで腰が抜けてしまったそうで、なんだか申し訳ない。
あまり長く時間をかけていられないので、心配そうな村人達に見送られつつ魔獣が出没するという森に入る。
どこに居るのか調べる為、魔力を森の中にレーダーのように放射する。いくつかの生命反応の中から、一番大きい方へと進んでいく。相手も私の魔力に気づいたのか、都合の良い事にこちらにどんどん近づいてきた。
ならば迎え撃つ方が楽かと、作戦を変更して周囲の木を風魔法で切り飛ばし拓けた空間を作る。切り倒した木ももったいないので、薪サイズに切って脇に積んでおく。
あちこちに色んな魔法を仕込み終え、薪の上に座って待っていたところで魔獣が現れた。アレキスよりも二回りほど体がデカい熊だった。
熊は、私の姿を捉えると雄叫びを上げようとしたので、咄嗟に結界魔法の応用で魔獣を包み、叫び声が外に漏れない様に防音を施す。お蔭で私の耳は無事守られたが、魔獣は自分で自分の声にダメージを負って、ふらりと身体がよろめく。
闘争心が刺激されたのか、中々早い動きでこちらに向かって飛びかかってきた。
その刹那、私が仕掛けた罠の一つ目が発動する。実にシンプルなもので、魔法の矢が魔獣の足元に打ち込まれる。
避ける為に急ブレーキをかけた所で、今度は横合いから真空刃がその胴体を切り落とさんと飛んでくるが、それを見事な反射神経で空中に飛びあがって回避する。
デカい図体の割に機敏な動きをする魔獣に、思わず拍手を送る。
私の事を憎々しげに睨み付けてくる熊は、いつまで経っても自分の足が地につかない事にようやく気づいたようで、空中に浮かんだままもがきだす。だがその程度では、私の編み込んだ結界魔法の檻は抜け出せない。
「ごめんね」
私の身体から、魔力が流れだす。流れた魔力は氷の矢を形作り、一直線に熊に飛んでいった。
当たった所から凍りついていった熊は、何十本目かの矢で氷像と化した。
結界魔法を解除して、落ちてきた熊の身体を魔力を練って作った魔法剣で真っ二つに切り飛ばす。
倒したのを確認したら、討伐証明の為に鋭く発達した爪を切り落とさせてもらい、後は灰になるまで燃やし尽くす。
両手の平を合わせて黙とうしてから、作っておいた薪を空間魔法で収納して、村に帰る。
村人達は私の姿を見ると、予想よりも早いので討伐を断念したものだと思ったのか、「とにかく無事で良かったよ!」「嬢ちゃん一人に任せようなんて虫が良すぎたんだ! 今度は俺達も手伝うぜ!」と私を慰めようとしてくれたので、とりあえず持って帰ってきた熊爪を差し出すと、数人が腰を抜かした。
そのまますぐに魔王城に帰ろうとしたのだが、お礼にご飯をご馳走したいと引き留められ、誘われるままに席につく。
共同の竈が村の中央にあるのか、女性たちが集まってわいわいと楽しそうに料理を作っている。私の周りでは男達が、ついでに持って帰ってきた薪をせっせと各人の家々に配り歩いている。子供達は見慣れない私に緊張しているのか、隅っこの方から熱い視線だけを送ってくるので、おいでおいでと手招いてみたら恐る恐るやってきたので、猫のようで可愛い。
子供たちにせがまれ、熊退治の顛末をだいぶ脚色しながら話してあげた。実際の戦闘をそのまま話したら、面白みの欠片もないだろうと思ってだったが、子供たちは手を叩いて喜んでくれたので、真実は墓場まで持って帰ろうと固く誓う。
「しかし嬢ちゃん、ちっこいのに強いんだな。どこにそんな魔力が詰まってるんだ?」
「私の魔力は、ちょっと質が違うそうです」
ユリアーヌ曰く、密度が濃いらしい。だから少しの魔力で、魔法を形作れる。
さらに魔力の総量は底なし沼とも言われた。瞬間的に出せる最大魔力に限界はあるが、その限界まで使いきった所ですぐに回復してしまう。その事を話すユリアーヌの顔には、「羨ましい」という言葉が書いてあった。
それが異世界人の特典なのか勇者の特典なのかが今までは分からなかったが、クラスメート達には今の所魔力総量に底があるらしいので、勇者特典である可能性が高い。
あくまで今回の召喚で複数人まとめて呼び出されたのは、うろ覚えで行った召喚術式に不備があり、本来私だけが呼び出されるところを、周囲に居た人たちを巻き込んだのだろう、というのがユリアーヌの見解だ。
だったらクラスメート達に中途半端に力を与えないでくれた方が、みんなすんなり帰ったのかもしれないのに、と思うとちょっと頭が痛い。
「こんな強い子が魔王様の傍に居てくれるなら、俺達も安心だ」
「前任魔王様もついていてくれるらしいしな」
「いつ勇者がやって来ても、今回は安泰だな」
村人たちの会話に、思わず身体が反応する。
「流石にまだちょっとしか経ってねぇ、来ても百年後ぐらいじゃねーか?」
「でもほら、この間第二王子達が魔界の傍まできて、魔獣に襲われてたとか」
「魔獣狩りしようとして下手打っただけだろ。流石に、たった数十年で勇者なんて、ないない」
いやいや、現実にありえちゃったんですよ、と言えるわけもない。
タイミング良く、出来上がったらしい料理が運ばれてきたので、話題が切り替わった。
運ばれてきたのは、根菜を煮込んだスープ。うっすらと色のついたスープから、ほんのりと湯気が立ち上る。
勧められるままにスプーンで一口食べてみた。
薄味のそれは特別美味しいと思うようなものではなかったが、食材たちが本来持っている味が優しく口の中に広がる。不揃いの根菜たちは、スープの染み具合にばらつきがあって、食感が異なるのが面白い。
黙々と食べながら、辺りを見回す。楽しそうに談笑しあう彼らは、私が本当は人間だと知ったら、どう思うのだろうか。
村に帰ってきた時、村人達が勘違いから慰めようとして言われた言葉が蘇る。
――「とにかく無事で良かったよ!」
――「嬢ちゃん一人に任せようなんて虫が良すぎたんだ! 今度は俺達も手伝うぜ!」
「――やっぱり、敵になりたくはないなぁ」
「お嬢ちゃん、お代わりはまだたくさんあるぜ! どんどん食って大きくなりなよ!」
喧騒に掻き消されて、私のつぶやきは聞こえなかったのだろう。隣に座るおっちゃんが、白い歯を見せて豪快に笑う。私は頷いて、そして自然と笑った。




