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第五話:ユリアーヌの正体



 いやいや、救うなんて、何て思い上がった事考えているのだろうか。

 確かに力はある。

 でも、武力だ。

 賢さなんてものはないから、私にできるのは精々武力解決でしかない。


 今だって、偉そうにふんぞり返りつつも実際は足が震えているのを隠しきれていないこの国の王様を前にして、もう一度ぶっ飛ばしてやろうかな、なんて考えている完全脳筋仕様の私である。

 武力解決では、この目の前の男と変わらない。その力を他者に借りるか、自分でやるかの違いでしかない。



 アレキスの部屋から出た後、再度別の兵士に捕まり、今度は国王との謁見である。

 ハッキリ言って、国王がこの世界で一番嫌いな人物なので、どうしても向かう足取りは重くなった。

 会わないままというのも無理だとは分かっているので、渋々やってきたのだが、十五年経って頭髪が随分後退した国王に見下ろされる位置に立たねばならないのは、やっぱり癇に障る。


「久しいな、勇者マリネ。まさか、そなたともう一度会う事になるとは」

「私もまったく考えてなかったわよ。前回あんなに脅したのに、まさかこんなに早く呼び出されるなんて……脅しが足りなかったのかしら?」

 謁見の間にいる全員の身体が、ビクリと震える。眼前の王様だって例外ではない。こんなに怯えていて、よく勇者召喚をやろうと思ったものだ。まぁ、まさか私が来るとは思っていなかったのだろうけれど。

 委縮した空気を振り払うように、王様が咳払いをする。

「それで、ユリアーヌから聞いたのだが……マリネは魔王を討伐する気がない、と」

 周りにいた護衛の兵士や文官は聞いていなかったのか、騒めきが駆け抜ける。逆に、どうして私が戦うと思ったのだろうか不思議だ。

「その通りです。私は魔王討伐に手を貸すつもりはありません」

「だが、そなたは以前と変わらぬ力を持っているとも聞いているが」

「剣の腕は確認していませんが、魔力に関しては引き継いでいます。が、魔王討伐の為に使うつもりはありません」

「それは――」

「理由は聞かないで下さいね。また、暴れたくなるので」

 国王の唇が引きつる。私はニッコリと笑う。

「私は手を貸すつもりはありませんが、他の勇者達がやるというならば、私は何も言いません。しかし、彼らが帰るというならば、私は問答無用で彼らを元の世界に返しますので、精々彼らに逃げられないよう、しっかり援助をしてあげて下さい」

 クラスメート達が魔王と戦うというなら、私は援助もしないが文句も言わない。


 ――ただし、敵として魔王側で戦うつもりではあるけれど。



      *



 渋る国王達を振り切り、謁見の間を後にした。あれ以上居るとストレスで暴れたくなりそうになる。

 深呼吸して頭の中に残るイライラを吐き出す。私はこんなに短気だったのかと、吐き出す息がため息に変わる。


 記憶の中にある城内を、のんびりと歩く。

 何も思う所さえなければ、美しい城だと思う。白亜の壁や、柱に施された装飾、回廊の外に広がる庭に咲く花。

 特に花なんて、前回の時にはゆっくり見る事もできなかったから、気付けば吸い寄せられるように近寄る。

 バラの花に似た、オレンジ色の花弁。辺りを漂う芳しい香り。


 ――この世界には、綺麗なものだってたくさんある。


 ――でも私には、嫌なところしか目に入ってこない。



 この世界にとって十五年前、私にとっては一年前。

 勇者として召喚されてから、随分暴力的な思考になってしまったなと思う。

 以前の自分は誰かを殴る事も、まして剣で斬りかかろうなんて思わなかった。

 でも、あの時の私には躊躇いがなかった。


 それが、怖い。


 勇者となって、身体の中に得体のしれない魔力なんていう物が感じられるようになった。周りは皆して私に剣を持たせようとした。


 そして、魔王を殺せと言った。


 日本という、争いの無い国で平々凡々と生きてきたただの女子高生は、勇者という殺戮兵器になった。



 ただの平凡な女子高生は、この世界に殺されたのだ。



 掌を眺める。だいぶマシになったが、擦り剥けて固くなった皮は固いし、太くなった指に嫋やかさはない。

 昔は、運動も碌にやらないから、生っ白い指先は白魚のような手だと数年前に亡くなった祖母が良く褒めてくれた。何の苦労もした事がないと、言外にほのめかされているような気がして居心地が悪かったのを覚えている。

 もう、この手は元に戻らないだろう。

 祖母の言葉を、素直に喜んでおけば良かった。私の、唯一のチャームポイントだったのに。


 人の気配を感じて、花の傍を離れる。回廊に戻った所で、姿を現したのはユリアーヌだった。

「マリネ、ここに居たのか」

 ほっとしたような表情のユリアを、思わずじっと観察してしまう。

 絹のような銀糸も、白い肌も、整った顔も、私よりもよっぽど美しい。骨格は流石に男性だと分かるが、白くて長い指先は綺麗だ。

 彼は魔法使いなので、剣を握らない。それに、彼は――。

「やっぱり、私はあなたを許せそうにない」

 ユリアーヌは困ったように眉根を寄せて、ゆっくり首を振った。

「それは、当たり前だろう。私は君を、この世界に呼んでしまった。さっきは君に謝罪をしたが、到底受け入れてもらえない事は分かっていた。それでも、私には謝る事しかできない」

「呼び出す事は出来るのに、戻す事の出来ないという、実に貴方達にとって都合の良い魔法ですものね?」

「マリネ……」


 ――彼は、ユリアーヌはこの国の第一王子だ。


 若くして魔法の才に恵まれ、魔法研究の為に王位継承権は破棄しようとしているとか、何だかゴタゴタがあったようだが、彼は私を召喚した直接の実行犯であり、この国の王族なのだ。

 彼には勇者を呼ばないという選択肢を選ぶだけの力が、あったはずなのだ。


「せめて、今回だけは呼ばないで欲しかった」


 彼らにとって十五年前、城で暴れた私は彼の腹部を殴りつけ吹っ飛ばす前に、いやそれ以前に召喚されてからもずっと、召喚というのは誘拐なんだと、何の心構えもない人間を呼び出す事を、やめて欲しいと訴え続けてきた。自分で、最後にしてくれと。

 それなのに――。


 不意に目頭が熱くなり、ユリアーヌに背を向ける。ぎゅっと瞼を閉じて、空を見上げる。

「ユリア、お願いがあるの。私と一緒に召喚された仲間達に、魔法を教えてあげて欲しい。そして、帰りたいと願ったならば、引き留めないで私に必ず教えて」

「分かった、マリネの望むように」

「それと」

 鼻奥の、ツンとするような痛みが去っていく。私は上向いてた顔を、ユリアーヌへと戻す。

「私はどこの部屋を使えばいいのか、聞き忘れてしまったから案内して欲しいの」

 笑って言ったつもりだが、きちんと笑えていたのかは分からない。それでも、私の要望が予想外だったのか、ユリアーヌは目を見張った後、柔らかく微笑んだ。


「喜んで」




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