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第四話:軍団長アレキス


 魔王城から戻った所で、表情を強張らせた兵士に呼び止められる。軍団長が会いたがっている、という言葉を聞いて一拍の間をあけて頷いた。



 軍団長アレキス・ハーバリオンは私に剣を教えてくれた人間であるが、この世界の人間では比較的嫌いではない部類に属される。

 例え私が体力の限界を訴えようが、豆の潰れた手を血で染めようが、極度の疲労に吐こうが、訓練という名の地獄をやめてくれなかった事は大変根に持っているが、一緒に訓練を受けていた若手兵士達も同じ状態だったので、彼流の訓練法があのスパルタだったのだろうと飲み込んだ。きつかった事は間違いないが、かなり早く身体を作る事ができたのはスパルタの賜物だろう。

 それに、一緒に訓練していた兵達が、一日経つ事に減っていくのを見るに、おそらくスパルタ訓練によってこちらの本気を見極めようとしていたのかもしれない、とも思う。ある程度身体の基礎ができてからは、そこまでハードな訓練ではなかったから。


 または、「この訓練をできないなら、魔王討伐はやめろ」と、言外で訴えていたのかもしれない。


 彼は私に同情的だった。「こんなほそっこい女の子が魔王討伐なんて」と最後まで渋っていた唯一の人である。

 私が剣だけで彼を打ちのめす事ができるようになった後でも変わらず、「顔に怪我でも負ったら」なんて心配していた。その頃には治癒魔法も覚えていたので、怪我などあっという間に治せるというのに。


 気のいいオヤジ、それが軍団長アレキスを端的に表す言葉だろう。

 筋肉質のガッシリした肉体に、普段は柔和な笑みを浮かべてぼけっとしているのに、剣を握らせれば視線だけで熊でも殺しそうな顔をする。

 私が独りで魔王討伐の旅に出ると言った時、自分を打ち負かしてから行けと言われ、言われた通りに倒したら、今は本調子じゃなかったと言いだし、その作戦で一月は粘られた。


 ……あれ、思い返すといい思い出がない。



 私の足音が聞こえないので、ちゃんとついてきているのか不安になるのか、先を歩く兵士は度々怯えた目をして振り返る。

 心配しなくともいきなり襲い掛からないのにと思ったが、前回の最後に王城で大暴れした時は、割と本気の殺気を放ちながら兵士たちと衝突したので、先を歩く兵士の外見年齢から想像するに、あの時現場に居合わせた人間なのだろう。申し訳ないな、とは思うが国の有事に戦うのが兵士だと思うので、謝る気は無い。

 微かに記憶のある通路を通り、たどり着いた先にあった重厚な木製の扉を兵士がノックする。中からくぐもった返答が聞こえてきたが、それがアレキスの声だったのかは判然としない。

 扉を開けてくれた兵士に促されて、室内へと入る。大きな執務机の奥、記憶よりも目元の皺が濃くなったアレキスが、記憶と変わらない微笑で迎えてくれた。

「マリネ、久しぶりだね」

「そうね」

 素っ気ない私の返答に、アレキスの眉が頼りなさ気に下がる。

 彼は机を回り込んで、私の前に立つと深く頭を下げた。

 軍のトップである彼に頭を下げさせてしまった事に、思わず扉を振り返ったが、道案内をしてくれた兵士はとっとと逃げ出したのか、ピタリと閉じられた扉の向こうは見えないし気配もない。

「アレク、頭を上げて。謝られた所で、私はちょっと、許せそうにないから」

「それはそうだろう。また君を呼んでしまった愚かな私達が、謝った所で許してもらおうなんて虫が良すぎる」

「分かっているならやめて、なんだか私が悪者になった気分になる」

 ようやく頭を上げたアレキスの顔は、確かにこちらでは十五年の月日が経ったのだなと、感じさせた。

「今の謝罪は、君を呼んでしまった事に対してでは、ないんだ」

「じゃあ、何?」

「君が来たとユリアに聞いて、嬉しく思ってしまった」

 君にとっては欠片も喜ばしくないだろうに、と言いつつアレキスの頬に僅かに赤みが増す。


 これだからこのおっさんは、憎めない。


 私は肺の空気をすべて押し出すような深いため息を吐き出す。

「そんな理由なら、謝罪はいらないわ。……魔王も、勇者も、何もなければ、私だってもう一度会えたのは、嬉しくないわけじゃないし」

 拉致が嫌なのであって、ユリアーヌやアレキスが嫌いな訳ではない。厳しい訓練について行けたのは、もちろん元の世界に帰るためではあったが、教えてくれる相手が二人だったから、という理由はゼロではない。

「マリネ……!」

 感極まったのか、両手を広げて飛び込んできた熊のような体格のアレキスを避ける。アレキスは、不満そうな顔で振り返った。

「私、再召喚された事については怒っているんだけども」

「いや、それはもう、本当に申し訳なく思っている」

「しかもあれから十五年とか、ありえないくらい短い」

「あーそれなぁ。本当……申し訳なく」

「まぁ、あの国王の事だから、可愛がっている第二王子がそこら辺の魔物にボコボコにされて、それにブチ切れて周りに相談も無くユリアに無理やり召喚させたんだろうけど」

「スゲーな、当たってる」

「そしてユリアも正直成功すると思ってないけれど、とりあえず形だけやっておけばいいかなと思ってやったら成功しちゃった、と」

「まるで見てきたように当てるのな」

「そしてアレクはユリアに話を聞いて一番最初に、その場に居合わせなくて良かったと安堵した」

「……え? 勇者って過去を見れるのか?」

 自分の身体を抱きしめてプルプル震える熊のような男を、ジロリと睨む。

「まぁ、呼び出されたことは大変不本意ではあるけれど、前回とは精神的負担が違うから、アレクをいじめるつもりはないのだけれども」

「おぉ、そりゃ良かった。できれば、ユリアもかなり落ち込んでたんで、手加減してやって欲しいんだが」

「……分かった。話たい事もあるし、その時にはもうちょっと棘は落としておく」

 呼び出された当初は、かなり頭にきていたのだろう。自分的には冷静だったつもりだが、思い返せばかなりキツかったかもしれない、とちょっとだけ反省する。しかしたった一度、それも十五年前にやった魔法を再現出来てしまう、大賢者の能力が恨めしい。

「ユリアに話?」

「そう。アレクにも話したい事、というよりお願いしたい事があるのだけど」

「マリネの頼みなら断れねーなぁ」

 ニカッと、白い歯を見せて笑う顔は、十五年の月日を感じさせないほどに幼く見える。もう、いい歳をしたおっさんなのに。

「今回召喚された勇者達の、特訓をお願いしたいの」

「なんだ、そんな事か。そんなの頼まれなくても、そのつもりだったぞ?」

「それと、あまり厳しくし過ぎないであげて? 正直言って、アレクは剣を握ると人格変わるから、訓練中に剣を握らないで欲しい」

「いやいや、剣がなきゃ教えられねーだろ」

「そう……まぁ、ほどほどにね。血が出たら止めるか治癒魔法で治してあげて欲しいし、吐くほどの訓練はさせないで欲しい」

「……まぁ、マリネの頼みなら気を付けるが、随分あいつらに気を使うんだな?」

「一応、同じ学校の仲間だからね。あんな地獄みたいな特訓、させてあげたくないから」


 あんなに頑張って魔王を倒したのは、元の世界に帰りたいという気持ちが強かったが、自分以外にこんな思いをして欲しくない、という気持ちもあったからだ。

 いずれ本当に魔王が強くなって、誰かが倒さねばならないという状況になるかもしれないが、そこまでの面倒は見切れないと思っていた。

 だが、だからって、クラスメートが同じ立場になってしまったのを見てしまったら、私の苦労は何だったのだと思ってしまう。特別親しいわけでもないけれど、顔と名前を知っている相手に、あんな事はさせたくない。


 これは、エゴなのだろう。

 自分が嫌だから、彼らの強くなるチャンスを奪ってしまう。


「地獄って……そんな酷い事した覚えはないんだが」

「アレクは剣に関してだけ著しく一般常識が損なわれているからね」

 うなだれるアレキスの背を、目を眇めて見つめる。


 前回の私のような苦しみを、他の人に感じてもらいたくはない。

 でもいずれ、魔族と人間の争いが続く限り、この世界の人間か、はたまた再度異世界からの拉致によってか、誰かが同じ道を辿る事になるのだろう。

 それを解決するだけの力が、私には無かった。


 でも、今の私なら、どうだろう。


 不本意ながら連れて来られた二度目の異世界。

 クラスメートを見守る以外に、真にこの世界を救う手立ては、本当に無いのだろうか。



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