第四十八話:零れ落ちる幸運
パーティーから数日が経ち、大友君達との相談の末にとうとう地球に帰る事が決まった。
その旨をユリアーヌに伝えたが、「そうか」と一言だけこぼして後はだんまりである。呆れたような顔でユリアーヌを見るアレキスは、その表情を苦笑に変えて私に視線を移す。何を言われた訳ではないけれども、アレキスの言いたい事は何となく分かったし、私の気持ちもアレキスには通じただろう。
帰還魔法自体はどこでもできるのだが、広いスペースと落ち着いて魔法を展開できる場所、という事で最初にこちらの世界に召喚された際に使用された部屋を使う事になった。
大友君達はすでに別れの挨拶を済ませたのか、非常にあっさりとした足取りで私が用意した魔法陣の上に立つ。
千羽さんと河野君は未だに大友君を間に挟んで、激しく火花を散らしている。大友君はそんな二人の態度になれてしまったのか、のほほんとした表情で見守っているだけだ。
見送りには、ユリアーヌとアレキス、それとディーとヴァリエが来ていた。ディー曰く「たまたま用事があっただけだから!」と言っていたが、普通に見送りに来たというのをヴァリエから聞いている。綺麗なお姉さんのツンデレは可愛い。
それに対して、ユリアーヌはアレキスの隣に並んで、唇を真一文字に引き結んでいるだけだ。
「それじゃあ」
そう言って、魔法を唱える。
部屋を、光が柔らかく包みこみ始めた。私の呪文に反応して、魔法陣も発光しはじめる。
呪文を唱えながら、ちらりとユリアーヌに目を向けた。
眩い光の向こう側で、ユリアーヌの無駄に整った綺麗な顔が歪む。それを横目で見ていたアレキスが、その背を力強く押した。
勢いで二、三歩進んだユリアーヌと、再度視線が交わる。私は呪文を途絶えさせる訳には行かないので、視線だけでユリアーヌに訴える。
――このヘタレめ! と。
「マリネ!」
私の視線を読み取った訳ではないだろうが、ユリアーヌが慌てたようにこちらに駆け寄ってくる。だが私の帰還魔法はすでに完成間近だ。
ユリアーヌの手が伸ばされる。
刹那、眩いばかりの光が部屋を覆う。誰もが眩しさに目を背けた。
閃光の様な光が収まる。
眩さに目を逸らしていた誰もが、部屋の中央へと視線を向ける。そこには、呆然とした表情で私の顔を見つめながら、伸ばした指の先を私の胸元に当てているユリアーヌが居た。
私はその間抜け面を晒すユリアーヌを、冷めた視線で睨み付ける。
空気が凍っていた、と後にアレキスは言う。
すっと、私が振り上げた手を、ユリアーヌの眼がゆっくりと追いかける。
手加減も無く勢いよく放たれた平手は、端正なユリアーヌの顔に炸裂した。
*
「私はまだ帰らないわよ。やる事が残っているもの」
アレキスとヴァリエはそうだろうな、という顔をしていたが、ディーと頬に盛大な紅葉マークを付けたユリアーヌは目を見張って驚いていたのが少し面白かった。
大友君達だけを無事に帰還させた私は、異世界に飛ぶ。
まずは、返さなければいけない、というか片付けたい物がある。
私の姿を見つけて逃げだそうとしたヒュンケルト君を捕まえて、カトリアスの下に案内してもらう。
カトリアスは私の姿を見ると、微かにその赤い瞳を見張った。
「まさか、其方から来るとは」
「これ、返しに来ました」
そう言って右手に縄でグルグル巻きに縛り上げた変態と、左手に首根っこを掴まれ力なく項垂れているコランドールを差し出す。
「マリネ様、その様な事は仰らないで下さい。このランペリオス、この身が滅ぶ時までマリネ様の傍にありたいと」
「黙れ変態」
縄から手を離す。べしゃりと床の上に落ちた変態には目もくれずに、左手に持ったコランドールを床の上に置いた。
それから、カトリアスの片隅でなるべくこちらの視界に入らないようにと端っこに隠れているヒュンケルト君を手招く。もちろん奴は来ないので、視線で脅した。
恐る恐る現れたヒュンケルト君とコランドールの足下に、ふいに魔法陣が浮かび上がる。もちろん私が作ったものだが、カトリアスは一瞬眉をはね上げて、しかしその内容を読み取ったのか特に何も言ってこない。
パチン、と指を弾けば、魔法陣はガラスが割れるような硬質な音を響かせながら空気に溶けて消えていった。
「これで二人の魔力は戻った筈なのだけど、変な所は無い?」
私がそう問い掛ければ、二人はお互いをマジマジと観察した後に、パッと表情を変えた。ヒュンケルトは畏怖を、コランドールは歓喜を。
「もし、もう一度敵対するなら、今度は元に戻るとは思わない事ね」
忘れない内に釘を刺すと、今まで様子を見ていたカトリアスは突如笑い声を上げた。
「ハハッ、マリネ! 其方は素晴らしいな! コランドールには魔力の委譲をしているのに、其方の魔力はちっとも減っていない!」
「私の魔力は、ちょっと質が違うそうだから」
「知れば知るほど、其方が欲しくて溜まらなくなる」
「貴方に言われても嬉しくはないわね」
ため息をつくと幸せが逃げるというが、ため息の一つや二つぐらい出るのは仕方が無いだろう。言って欲しい人間は何も言ってくれず、言ってもらっても嬉しくない相手からは惜しみなく与えられる。
「マリネ様、何やら悩み事がある様子。このランペリオスを踏みつけて、ストレス発散というのはいかがでしょうガハッ!」
縄でグルグル巻きにされているというのに、芋虫のように器用に張ってきた変態を遠くに蹴り飛ばす。
「それじゃあ、返したから」
「……いや、ランペリオスは、其方と共にある方が良いようだ」
カトリアスの深紅の瞳が、遠くを見つめる。
おそらく、私も同じ目をしているだろう。
それから暫く、変態の押し付け合いをしたのだが、最終的に変態が縄から脱出して無理やり私の足にしがみついて離れなくなったので、結局引き取る事になってしまった。
先程ため息を吐いた所為だろうか。幸運はどんどん逃げていっているようだ。




