第四十七話:進展と停滞
パーティーの席で事件は起きた。
ユリアーヌにエスコートされて参加した人生初のパーティーは、終始賑やかに進んだ。
私と同じくドレスアップした千羽さんは、私とは対照的な真っ赤なドレスを見事に着こなしていた。動くたびにひらりひらりと舞う布地のフリルが艶やかで、何度も綺麗だ綺麗だと言っていたら、真っ赤な顔で怒られた。千羽さんは照れると怒る。
大友君も河野君もタキシード姿で参加しており、同じく高めのヒールを履いた千羽さんは、大友君にエスコートされていた。河野君は、料理を食べながらそれを面白く無さそうに見ていたのが印象的だ。
アレキスも軍服をきっちりと着て、奥さんと娘さんを連れてきていた。まだ五歳だという娘さんに可愛らしいカーテシーをして貰い、内心で身悶えつつも見様見真似で返礼する。
そうして美味しい料理に舌鼓を打ちつつ、ユリアーヌと談笑しながらパーティーを楽しんでいると、血相を変えた河野君がやってきたのが事の始まりだ。
どうやら気付いたら大友君達の姿を見失ってしまったらしく、見なかったかと聞かれたのだが、私もユリアーヌも見覚えがない。
何かトラブルに巻き込まれた可能性もあるので、すぐにユリアーヌが探査魔法で探してくれた。
「あ」
「居た?」
「居たけれど、この場所は……」
気まずそうに、ユリアーヌが河野君から視線を逸らす。そのユリアーヌの視線に何かを察したのか、河野君の表情が強張る。
「どこですか、先生!」
「いや、こういうのは部外者が行くのは」
「俺は耕平の親友です!」
「よく分からないけど、とりあえず河野君だけでも連れて行ってあげたらいいんじゃない?」
「マリネを一人にするのは……」
「じゃあさっと行って、河野君だけ合流して貰えばいいんじゃない?」
「倉賀野……お前の事、薄情な奴だと思ってたけど、良い奴だな」
「ありがとう?」
貶されたのか褒められたのかよく分からず首を傾げていると、ユリアーヌは天井を見上げて唸った後、ため息を吐きだして結局大友君達の所へと案内してくれた。
会場を抜け出して、廊下から庭に出て突き進んでいく。
明かりの無い庭には月しか光源が無いので、ユリアーヌが魔法で明かりを作ってくれた。それから土の地面を歩くので、ハイヒールの私を支える為に腰に手を回して支えてくれる。馬に乗った時のような密着感に、やっぱり会場で待っていれば良かったなとちょっとだけ後悔した。
河野君は思いつめた表情で、無言で後を付いてくる。
少し歩くと、夜風に乗って花の香りが漂ってきた。
いつぞやに来た、バラに似ているクリオの花の庭園に来ていた。月明かりに照らされた赤い花が咲いている。
そこでようやく、ユリアーヌの躊躇いに合点がいった。
というか、何故気付かなかったのだろう。
「ユリア、もしかして」
「あぁ、そうだ」
私が気づいた事を察したのか、ユリアーヌは困ったように笑う。河野君を振り返ると、庭園の中央へと視線を固定して微動だにしない。
何事かとそちらに向ければ、遠目に大友君と千羽さんの姿が見える。クリオの花に囲まれて、ドレスアップした二人。そういうムードが盛り上がる要因しか存在しない。
「あ」
河野君が、突如駆け出す。もちろん行先は、完全に良い雰囲気を漂わせている二人だ。
咄嗟に止めようと駆け出して、慣れないヒールにバランスを崩す。すぐさまユリアーヌが支えてくれたので、ドレスを大惨事に合わせなくて済んだが、目の前では痴情のもつれという大惨事が発生していた。
「考え直せ、耕平!」
「ちょっと! 急に現れたと思ったら、何言ってんのよ!」
言い合う千羽さんと河野君の声が、風に乗って聞こえてくる。
止めに行った方が良いだろうかとユリアーヌと顔を見合わせて、とりあえず河野君を連れてきてしまった責任は取ろうとゆっくりと三人の下に近づく。
「この女はお前に近づいてくる女達に、片っ端から嫌がらせして追い払うような女なんだぞ?!」
「そんな事してないわよ! ちょっとお話しただけよ!」
「話じゃなくて脅しだろうが!」
キャンキャンと吠え合う二人に、すっかり良い雰囲気は霧散している。これは後で千羽さんに怒られるな、とげんなりしつつ声をかけようとした所で、大友君が口を開いた。
「冬樹、君は僕の大切な親友だけれども、彼女の事を悪く言われたら、僕も黙っていられないよ」
大友君の言葉に、千羽さんは頬を赤らめ、河野君は服が汚れるのも構わずにその場に膝をついた。どうやら、千羽さんの思いは無事に届いたようだ。
「ごめんね、千羽さん。冬樹は、ちょっと過保護な所があるから」
「全然! 全然気にしてないから謝らないで!」
「あ……千羽さん、というのも、変だよね。えっと……優実さん、と呼んでもいいかな?」
大友君の言葉に、河野君が絶叫を上げ、千羽さんは喜びが振り切って言葉を失っていた。
これ以上はこの場に居ても私達には何もできない、と判断してそっとその場を後にした。
二人で暗い庭園を並んで歩く。時々ヒールでバランスを崩すが、ユリアーヌが腰を支えてくれているので何とか歩けた。
穏やかな夜風が肌を撫でる。それに思わず体を震わせると、気付いたユリアーヌが上着を脱いで掛けてくれた。
「あ、ありがとう」
「いや……」
言葉が見つからなくて、無言になってしまう私達の間を、風に乗った花の香りが漂っていく。
全てが無事に、とは行かないだろうけれども、私にできる事は終わった。近い内に、元の世界に帰る事になるだろう。
ユリアーヌには、伝えなければならない思いがあった。
「ユリア」
呼びかければ、ユリアーヌはその場に立ち止まって、私を見下ろしてくる。その整った顔を見上げながら、唇を動かす。
「二度目に召喚された時、私本当に怒ってた。ふざけるなって、この城を吹き飛ばしたいくらいには怒ってた」
「それは……すまない」
「絶対、もう召喚なんてしないでね。……でも、今は召喚されて良かったって、思ってるよ」
私の言葉にユリアーヌは微かに目を見張る。
「ありがとう、ユリア。私を、この世界に呼んでくれて」
感謝の言葉に、ユリアーヌは泣きそうな表情を一瞬浮かべて、それを隠すように背を向けた。
「感謝するのは、私の方だ。マリネ、一度目の時、君をこの世界に呼んだのは父の命令だった。そこに深い考えを持ってはいなかった。君を苦しめる事になるなんて、これっぽっちも考えていなかった。でも、二度目の時……私は、あわよくば君が来てくれれば、と願っていたんだ」
「え……?」
「君が怒るのも悲しむのも分かっていて、それでも召喚の儀を行ったのは、私の私情だ。父の命令もあったけれど、突っぱねる事もできたのに……」
「それは……どうして?」
私の問いに、背中を向けたままのユリアーヌは答えない。
「マリネ、君たちは近い内に、元の世界に帰るのだろう?」
「え? えぇ、そのつもりだけれども」
「もう二度と、絶対に召喚は行わない事を誓うよ」
それは私の一回目の召喚時からの望みであり、今度こそ二度とユリアーヌ達と出会う事は無くなるという事だ。
私はそのユリアーヌの誓いに、咄嗟に言葉が返せずに黙ってしまう。
ようやく振り返ったユリアーヌは、何か言いただ気に私を見て、そして結局唇を引き結ぶ。そして寒いから戻ろうと、私の背に腕を回して促す。
私はそっと、ユリアーヌに気付かれないよう吐息をもらした。




