第四十五話:最終決戦
一人の男が、渦の中から地上に降り立つ。
黒い鎧を着用し、燃えるように赤い長髪と黒いマントを靡かせ、頭にはとぐろを巻く黒い角に、降りてくる時に使用していた黒い羽と、マントの隙間からチラリと見える尻尾。今まで攻めてきた三人の男達の特徴三点盛りの男の眼は、髪と同じく真っ赤な光彩を放っている。
男は真っすぐに私を見ると、口元に微かな笑みを浮かべた。
「なるほど、其方がヒュンケルトの言っていた異界の勇者か。なるほど確かに、素晴らしい魔力だ」
ヒュンケルト君はきちんと仕事をしてくれていたようだ。その上でシカトしていたのは、もしかして焦れたこちらが攻めてくるのを待っていたとしたら……という嫌な予感が一瞬脳裏を掠める。
「俺のモノになる気はないか?」
「お断りいたします」
言われた言葉をきちんと理解する前に、反射的に返事を返す。両隣のユリアーヌとアレキスが、私を庇うように一歩前に出る。
「そうか。傷をつけたくはないが、ならば力尽くで屈服させるまでの事」
何の予備動作もなく、男の掌から魔法が放たれる。私に向かって一直線に飛んでくる魔法に、ユリアーヌが防御魔法を張りながら私の前に立ちはだかるよりも早く、白い物体が魔法の射線上に入り込み盛大に吹っ飛んでいった。
しん、と辺りが静まり返る。
おそらく、後方にいる皆には白い物体の正体が分からないだろう。アレキスは吹っ飛んだ先に転がる物体が、ゆっくりと幽鬼のように起き上がるのを見てようやく分かったようだ。
白い物体が、ゆっくりとした動きでこちらに向かってくると、漸く後ろにいたダルとディーはその正体に気づいたのか、魔力で強張っていた身体から緊張を解くのが分かった。
白い物体――行方不明のまま存在を忘れていた変態が、そこにいた。
「……何のつもりだ、ランペリオス」
男の声に、不機嫌さが滲む。
男には変態の思考回路が分からないのだろう。だが、少ない時間ながらも変態が変態たる所以を見せ続けられた私は気づいていた。
変態は決して、庇う為に射線上に飛び込んだ訳ではない。私が無意識に男の魔法を迎え撃つために放った魔法を、あの変態は食らいに行ったのだ。発動が男の魔法と同じだったために、おそらく私以外では男とユリアーヌ以外は気付いていないだろうが、変態の思惑に気付いているのは私とユリアーヌだけだろう。
「私はただ、マリネ様に危険が及ばぬようにと身を挺したまで」
「いけしゃあしゃあと……」
私に近づいてくる変態は、しかしユリアーヌに阻まれる。私にはユリアーヌの背中しか見えていないのだが、二人の間に漂う険悪な気配は感知できた。
「マリネに近付くな」
「私はマリネ様に危害を加えるつもりはありませんよ……むしろ加えて頂ける方が」
最後にぼそりと付け加えられた言葉が聞こえたのか、アレキスが頬を引き攣らせる。ドン引きする気持ちはとてもよく分かる、私も鳥肌が立った。
「俺を裏切るか、ランペリオス」
「カトリアス様、私は私の気持ちに正直であるだけですよ」
ユリアーヌにブロックされ続け、私に近づくのを諦めたのか、変態は肩を竦めてダルとディーの後ろに回った。ディーが非常に冷たい視線で変態を見つめているが、変態は全く気にしていないのかダルをまじまじと見つめる。
「コランドール君の魔力ですが、器が違う」
「あぁ、この姿では初めましてだね」
「あの赤ん坊ですか。マリネ様は、我々の想像が及ばない事を平然とやってのけますねぇ」
ダルを見つめる変態を、ディーが虫を追い立てるように手で払いのけている。
私の後方で繰り広げられる呑気なやり取りに反して、正面では男の無言の圧力という名の魔力が渦巻いていた。
男――カトリアスが、こちらを飲みこむ様な大規模魔法を展開するのを、私が干渉して掻き消す。
発動に手間のかかる魔法は私が居ては出来ないと察したのか、こちらに向けて細かな魔法を放つが、これはユリアーヌが防御魔法で蹴散らしお返しとばかりに魔法を放つ。
魔法の応酬を繰り広げる中で、アレキスが隙を伺いカトリアスに斬りかかる。ユリアーヌの魔法にアレキスの剣。二つを同時に相手にするカトリアスの表情から、どんどん余裕が剥がれ落ちていく。
私はカトリアスが展開しようとする大規模魔法をチクチク潰しながら、先程吹っ飛ばした鎧集団が参戦しようとするのを結界魔法で阻み、なるべく観戦に徹する。
カトリアスの魔力は、確かにコランドールよりも多い。
だが、おそらくこの世界は魔力至上主義なのだろう。
アレキスの剣という物理攻撃に対して、男は何とか躱すという事しかできていない。あの鎧からも魔力は感じるので、魔法に対して効力はありそうだが、剣に対しては微妙なのかもしれない。
ディーの頭にも角はあるが、あの角は魔王だけに現れるそうだ。
そして変態の言う通りこの世界の人間がディー達の世界を作ったというならば、カトリアス達が考えていたのはディー達のような魔族の成長なのかもしれない。
魔法を操り、魔法でもって戦う種族。
ディー達の進化の先がカトリアス達なら、アレキス達のような魔力を持たない人間は、イレギュラーな存在だろう。
魔力を持たない人間は、武器を手に取りその腕を磨いた。だが魔力という力をすでに持っている魔族達は、近距離での戦闘には慣れていない。
まぁ、つまり何が言いたいかと言えば、カトリアスにユリアーヌとアレキスが負けるとは思えないので、私も呑気に観戦に徹している。
思い通りに展開できない魔法に、隙あらば斬りつけてくるアレキスの剣。カトリアスからすっかり余裕が抜け落ち、乱れた魔力制御の隙をついてユリアーヌの魔法が当たり吹っ飛ばされる。苦痛に顔を顰める男の喉元に、静かにアレキスの剣が突きつけられた。
「俺達は別に、アンタを殺したいわけじゃない。ただ、俺達の世界から手を引け。それだけだ」
カトリアスは屈辱に顔を一瞬歪め、それから一度瞼を閉じてその苛烈な炎を収めると、降参したのだった。
こうして初めての大規模戦は、参加者ほぼ観戦のみという結果でもって、幕を閉じた。




