第四十三話:あっさり
相変わらず城内はバタバタと騒がしいが、街の中は不思議な程に変化が無い。
あちらこちらで呼び子の声が響き、どこかでは値切りの交渉が失敗したのか口論に発展している。休み時間の廊下、ぐらいの混雑さは歩きにくい程でもないが、のんびり周りを見回しながら歩くには落ち着かない。
ヒュンケルト側からの返答は、今の所無い。ただ、新しく誰かが攻めてきた、という事も無い。絶賛相談中、という所だろうか。
返事の期限を決めていなかったし、なによりこちらもかなり煩雑な状態になっているので、ありがたいと言えばありがたい。
ただ、返答が無い分緊急事態に備えて、人と魔族の同盟はかなり急ピッチで進められている。
特に魔族側は魔力スポットが侵入口である為、すでにディーは魔界全体に侵略者の存在を告知した。そしてその問題の解決には人間との団結が必要、と訴えているらしい。
しかし、魔族にとって人間は魔法もほとんど使えない弱い種族、というイメージしかないから、団結した所で意味がない、という考えの者が多いらしく、中々理解は得られないそうだ。
急ぎたいディーの気持ちも分かるし、納得できない魔族の気持ちも分かる。だから魔族内部で揉めるような事にはならないで欲しいな、と思いつつも傍観に徹するしかできないのは、少しもどかしい。
ユリアーヌも近々侵略者の存在を口外するらしいので、こちらも中々苦戦が予想できる。
例えば、魔族と手を結ばなくても勇者が居るじゃないか、というのは絶対に出てくると思う。
確かに、私だけでもある程度抑えられるだろうなというのは、間違いない。
ナンバーツーであるコランドールに対して、全く苦戦しなかった。ならば、ナンバーワンの実力があるらしいカトリアスという者が、極端に強さのインフレを起こしていなければ、大きく見積もっても私と同等ぐらいではないかと思う。そこにユリアーヌとアレキスが加われば、おそらく負けはしないだろう。
ただ、それでは意味が無い。
それを理解してもらうのは、難しい。誰だって簡単に解決できる手段があるなら、その方法を選ぶ。来ないかもしれない未来の為に、今不自由する事を選ぶ必要性を感じられない。
人通りの激しい大通りを抜けて、脇道を進む。レンガ造りの家々の隙間を通り抜ける。頭上には干された洗濯物が、蜘蛛の巣のように張り巡らされて風にはためいている。大通りとは違って長閑な風景が広がっていた。
「人間って、難しいなぁ」
ありふれたRPGのように、ある日突然勇者となって、魔王を倒してエンドロール、で終わりだったらいいのに。現実は魔王を倒した後も世界は続くし、魔王にも戦う正当な理由がある。
正義と悪の立場を決めるのは、争って勝ったか負けたかでしかない。勝てば官軍負ければ賊軍で、誰も自分が悪だと思って剣を握らない。
今回の侵略者達にも、彼らなりの考えがあるのだろう。それがこちらの世界にとってどれ程理不尽なものであっても、だ。
世界から争いが無くならない理由が、なんとなく分かったような気がする。異世界に来て、社会勉強する事になるとは思ってもいなかったけれど。
*
なんて、諦めの境地だったのだけれども、この世界の人達は私なんかよりも数倍理知的で勇猛だったらしい。
その日、一台の馬車が王城へと到着した。
中から降りてきたのは、ドレスアップしたディーとヴァリエだ。その二人をユリアーヌとアレキスを筆頭に、王城の人間達が出迎える。
私の予想の遥か斜め上方向なスピードで、人間と魔族の同盟が結ばれた。
最初に聞いた時は冗談かと思って、それでも満面の笑みを浮かべる大友君を見ていたら冗談とは思えなかったので、ならば夢かと納得して自分で自分の頬を抓った。そんな私の奇行に、千羽さんが眉をしかめながら「夢じゃないわよ」と一言だけ言う。その後たっぷり間を開けてから絶叫した私に、大友君は笑みを苦笑に変えていた。
「ユリアーヌ先生と、魔王さんがかなり頑張ったみたいよ」
「倉賀野さんが、度々魔獣討伐に行っていたでしょう? それもかなり効果があったみたいだよ」
「……えっ?」
「近日中に魔王さんがこっちのお城にやってきて、正式に書面で同盟を交わす事になったから」
その話から数日後、実際にディーが王城に居る姿を見て居いても、現実感がない。
そんな私を置いてけぼりにして、話はとんとん拍子で進んでいく。
侵略者側の返答がない為、とりあえず混成軍を作って乗り込んでみようとか、どれぐらいの人数だったらあちらの世界に連れていけるか、とか何度か話を振られるのだが、うわの空で返答をしていたようだ。何を話していたのか記憶が曖昧だ。
「マリネ」
ディー達との打ち合わせが終わり、ふわふわとした足取りで部屋を出た私を、ユリアーヌが呼び止める。
「どうした? 何か気になる事でもあるなら、言って欲しいのだが」
「あぁ、いや、そういう事じゃなくて」
何と言えば良いのか分からなくて、暫し宙を睨みながら唸る。
「その、思っていたよりも簡単に話が進んだな、と思って。――いや、ユリアやディーがものすごく頑張ってくれたお陰だってのは分かってるし、それがとても簡単な事だったとは思っていないのだけど」
適切な表現が分からずに、再度唸る私を見てユリアーヌが心底楽しそうに笑うのが何とも面白くない。
「マリネの言う通り、私も正直こんなにすんなり話が進むとは思っていなかった。でも、私にはたくさんの仲間が居たのだな、と改めて実感したよ」
「なにそれ」
「私一人ではこんな風に話は進まなかったし、マリネやオオトモが居てくれたから、実現できたという事だよ」
「……私は何かした覚えがないけれど」
「マリネらしい」
馬鹿にされた気がして、ムッと顔をしかめる。それを面白そうに見ながら、不意にユリアーヌの手が私の頭に置かれる。
「マリネには申し訳ないけれど、召喚されたのが、マリネで良かった」
ユリアーヌの、綺麗な指先が私の頭を数度優しく撫でる。
整った顔に浮かぶ微笑を見上げながら、人生で初めての衝撃に身体が固まった。




