第四十一話:不安材料
魔王城の牢屋にやってくると、私の姿を見つけたヒュンケルトがすかさず吠えたてる。コランドールは牢屋の隅っこで、壁に向かって体育座りのまま動かない。正反対の対応だな、と思いながらヒュンケルトの檻の前で立ち止まる。
「ヒュンケルト君、一個提案があるのだけど、もし私がこれから言う事を、君たちの上司であるカトリアスさんに伝える伝言役を引き受けてくれるなら、解放してあげてもいいよ?」
私の言葉に、今までやかましく吠えたてていたヒュンケルトの口がピタリと止まった。それから訝し気な顔でこちらを見てくる。
「断るなら、別に私はコランドールでも良いけれど」
そう言って隣の牢屋を見る。彼は自分の名前が出ても無反応だ。よっぽど魔力が無くなったのがショックらしい。できれば早めに魔力は返してあげたいのだが、流石に今は無理だ。
「何を企んでいるんだ」
剣呑な視線でヒュンケルトがこちらを睨み付けてくる。
「伝えて欲しい事は一つ。この世界から手を引いてくれって事」
「そんな提案を、本気で受け入れると思っているのか?」
「駄目で元々って事は承知しているから。それでも、お互いに面倒なく手を引ける道があるならば、一応そっちにも案内はしておくべきかなと思って」
私がそう言うと、ヒュンケルトは探る様な視線で私を見てくるが、探られて痛い腹は無いので好きにさせる。いや、本当は一物あるらしいのだが、作戦を立案した大友君とユリアーヌの話を、私の脳みそが理解する事を放棄した為結果的に純粋な提案になっている。
まぁ、本当に手を引いてくれるならそれに越したことはないけれども、ほぼ不可能だろう。変態曰く、アチラにとっては侵略という意識は無いらしいし、こちらを下等生物と見下している。格下相手に「喧嘩はやめよう」と言われて、やめるようないじめっ子はいない。
大友君曰く、ヒュンケルトでもコランドールでも、どちらにしても伝言と一緒に私の存在を伝える筈だと言う。そうすればあちらも警戒して下手に総力戦なんて事はしてこないだろう、と。
私はこの世界とヒュンケルト達の世界が争う場合、前面に出るつもりは無いがヒュンケルト達はその事を知らない。だから必ず、必要以上に警戒してくれるはず、らしい。
他にも色々言われたが、とりあえず伝言を頼めばいいとだけ理解して飛び出してきた。
コランドールが来て以後はアチラから攻めてくる様子が無いので、私は若干手持無沙汰になっている。そんな私を見かねて仕事をくれたのだろうが、すでに警戒状態の相手にさらに警戒させるのだから、相当な時間稼ぎに思える。それだけ人間と魔族の仲を取り持つことが難しいという事だろう。
私から言いだしておいて手伝えてない現状は申し訳ないのだけれども、適材適所だからと微笑みながら言ってくれた大友君を思いだす。
確かに、一度目の召喚時は私一人で解決しようとして、失敗した。頭を使うという苦手な事を、自力でやらなければならなかったのも一因だろう。
今回は違う。私の苦手な所は、ユリアーヌや大友君がフォローしてくれる。私は、私のできる事を全力でやるだけだ。
「分かった、私が行こう」
覚悟を決めた表情で、ヒュンケルトが言う。いや、そんなに気負わなくても、本当にただ伝えてくれればいいのだけど。
「ただし、私がきちんと正確に伝えるとは思わない事だな」
「それは大丈夫。伝えなかったらそれはそれで、断ったって事と受け取るから」
あっけらかんと私が言えば、ヒュンケルトは僅かにたじろぐ。
正直に言って、伝えないという選択はデメリットしかない。というような事をユリアーヌが言っていた。もちろん、過大過小の差はあれども、こちらの意図は伝わるだろうと。その上で、彼らの上司らしきカトリアスが何と答えるか、だ。
だが、別に答えはどちらでも構わない。
手を引いてくれればラッキーだし、引かなかったとしても、コランドールがカトリアスの次に強いそうだから、彼の力量から考えるに大勢で攻めてきたとしても私が抑えられる。
カトリアスの強さが正確に分からない事だけが不安材料だ。
「あぁ、悪いけれども魔力は封印したままでおくからね」
「……それでは帰れないのだが」
「それは大丈夫。私が送っていくから」
そう言いながら、ヒュンケルトの入っている牢屋の扉を開ける。
彼は渋い表情のまま、じっと出口を見つめたかと思うと、ゆっくりと一歩を踏み出す。別に罠は仕掛けて居ないので安心して欲しい。よっぽど信用されていないのだなぁと、思わず苦笑が浮かぶ。
「もし、敵対続行だったとしても、コランドールを虐めたりはしないから」
「……魔力を没収しておいて、よくも言えるな」
「私の世界の言葉に、命あっての物種っていう言葉があるの。死んだらどうにもならないけれど、生きてさえいれば何とでもなるってね」
「私達に取っての魔力は、そんな軽いものではない」
「そう。でもそこは、現状争っている訳だから、諦めてね?」
ヒュンケルトも分かっているのだろう、その後は特に何も言わない。
押し黙る彼を連れて、火口の魔力スポットまで移動する。もちろん、ヒュンケルトはどこかの変態とは違うので、きちんと瞬間移動で運んだ。ヒュンケルトが縄で縛られ、ぶら下げられて喜ぶような変態じゃなくて、本当に良かった。
魔力スポットに到着したら、スポットの中心に向かって魔力を流す。そこからヒュンケルトの魔力に似た反応を探して引き寄せる。すると目の前に異界へと続く扉が現れた。
おそらく、私のイメージする異世界への移動手段が扉なのだろう。あやふやな魔力が、私の無意識に反応して勝手に具現化したようだ。
扉を手で押し開けば、向こう側は魔力の渦で先が見えない。
「たぶん、ちゃんと繋がっているとは思うのだけど」
「……あぁ、大丈夫だ」
何かを感じるのか、ヒュンケルトは牢屋を出る時とは反対に、軽い足取りで扉へと向かう。扉を潜る直前、ちらりと私を振り返ったが、結局何も言わずに渦に飲み込まれて消えていった。
「さて、どうなるかな」
扉を形作っている魔力を空気中に溶かす。
任務完了報告をする為に、その場から魔法で王城へと飛んだ。




