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第四十話:脅迫



 最後の会議から数日が経過したが、やはり大友君チームの王様説得だけがかなり行き詰っているようだ。本当に、この世界で唯一あの王様だけ怒りしか湧かない。

「王様の説得は、いったん諦めようと思います」

 しかし、そう言う大友君の表情に悲壮感は無い。

「他に何か手があるのか?」

 アレキスもその表情が気になったのか、大友君に聞いている。

「はい。王様の説得を数日行ってみて、あまり手応えは無かったので別の方向から攻めてみよう、という事でユリアーヌ先生に相談して、何度か街に行って来たのですが」

 いつの間に、と思わずユリアーヌを見る。ユリアーヌは苦笑を浮かべているので、どうやら大友君がかなり粘ったようだ。

「街の人達は、王様程魔族を嫌っていないみたいなんですよね」

「え、そうなの?」

 思わず声が出る。

 今までの事を改めて振り返ってみれば、私はほとんど街に行っていない。だから街の人達がどう考えているのかというのを知らなかった。勝手に王様と同じ、魔族嫌いなんだとばかり思っていた。

「ここが王城傍で魔界寄りの街よりも魔獣の被害が少ない為、という可能性もありますが、どうやら魔族と言ってもおとぎ話の中の存在、ぐらいには意識が薄いようです」

「そ、そうなの?!」

「書庫の本を見る限り、何百年も魔族との戦争を行っておらず、また魔族がこちらにやって来る事も無いみたいなので、生涯の中で魔族を目にした人が今はもういないようで……。それに、あくまで戦うのは異界の勇者で、自分達じゃない、と」

 最後の考えにはため息ものだが、まさか人間にとって魔族がそんなに遠い存在になっていたとは衝撃だ。

 確かに、私が調べた限りでも数百年は勇者を召喚して魔王を倒している。だから人間にとって、魔族は身近な存在ではなくなってしまっているのだろう。それは悪い事のようにも思えるし、意識の薄さに寄って悪感情も薄らいでいるなら好都合だ。

「なので、まずは先に街の人達から説得してしまおうかと」

 街の人達の認識は、『魔獣の襲来が多いと困るから、勇者が魔王を倒してくれればいいな』らしい。

 この世界は、魔族と人間がかなり昔から敵対しているが、直接の戦争状態は人間が召喚魔法を手にしてからは起こっていない。

 故に、むしろ魔族側の方が人間への恨みは強いかもしれない。前回召喚時、ダルに穏便な解決を断られたのもそれが一因だ。魔族は寿命も長いから、人間が忘れてしまうような昔も昔ではない。

 逆に、人間は忘れてしまえるほど昔なのだ。

「まずは街の人達に、魔族と魔獣が無関係で、何故魔獣が生まれるのかをきちんと説明したいと思います」

「それを、信じてもらえるかな……」

 前回の召喚時、私は王様に訴えたし、止めにやってきた兵士達にも訴えた。それでも、この世界の認識は変わっていない。

「そこは、ユリアーヌ先生の名前をお借りします」

「……一応、大賢者と呼ばれている身なので」

 ユリアーヌが若干恥ずかし気に言う。その呼び名が広まっているとは知らなかった。つくづく、私は城の外の事に疎い。

「でも、そんな事して王様が嫌がらせしてくるかも」

「それは、アレキス団長に」

「セフザロット王が自力で嫌がらせするってんならこっちも実力行使になるだろうが、もし何かしようとしても命令してくるだけだからな。聞こえない振りで押し通せば問題無しだ」

 全く問題無しに思えないのだけれど、大丈夫なのか、とまじまじとアレキスを見るが、アレキスは拳で胸を叩くと任せろとばかりにウインクをしてくる。私が心配しているのは、抑えられるかどうかよりも、王様の命令をシカトしてアレキスが無事で済ませられるのかどうかなのだが、大丈夫だろうか。

 もしアレキスに不都合が起きれば、今度は全力で王様をぶっ飛ばそうと、ひっそりと心に誓った。


      *


 早速、魔族と魔獣は無関係、という喧伝が始まった。証拠としてユリアーヌのお墨付きをもらった、というアピールも含んだ新聞のような紙がばら撒かれる。試しに一部目を通してみたら、十五年前にこの事実を王様がもみ消したことまで書かれてあって、ユリアーヌやアレキス、大友君達の本気を感じた。

 というかこれ、もはやクーデター起こそうとしてないか?


 そして当然の如く、王様はキレた。

 自分の息子と軍団長と勇者がグルになって自分を貶めるのだ、例え自分が悪くても怒りたくなる気持ちは分からないでもない。

 しかし、王様がキレた所で実際に新聞頒布の阻止等の行動をするのは軍の人間だ。そしてそのトップがアレキス。つまり誰に命令しても言う事を聞かない。

 深刻な王様の求心力欠如に同情心すら湧いてくる気もしたが、気の所為だった。自業自得だと心のどこかで嗤っている気持ちの方が大きい。

 十五年前、私は魔族と魔獣の無関係を訴えた。そしてそれは握り潰されていた。その事実を知った時の怒りが、フッと晴れていくようだ。



 業を煮やした王様がアレキスとユリアーヌを呼び出したと聞いて、こっそり後を付いて行く。扉に張り付いて聞き耳を立てる私を、兵士達はそ知らぬふりしてくれた。

「軍団長をクビになりたいのか?!」

 扉が分厚すぎて聞こえなかった為、聞き耳の為にかけた音響魔法の音量を調整している間に王様の怒声が耳をつんざく。顔をしかめつつ、再度扉に張り付く。

「望んでクビにはなろうとは思っていません。が、なったとしても別に構いません」

 あっけらかんとしたアレキスの物言いに、お前には家庭があるだろうが、と思わず拳を握った。

 何を言っても平然としているアレキスに、王様は怒りの矛先をユリアーヌに向ける。

「ッ――ユリアーヌ!」

「何か?」

「お前も何をやっているのか分かっているのか! お前は――」

「分かっておりますよ、父上」

 こちらも平然としているユリアーヌに、王様の返答が聞こえなくなる。怒り過ぎて声の出し方を忘れてしまったようだ。

「よもや兄上、あの女に誑かされたのですか」

 その声に、部屋の中に三人以外に第二王子も居る事に初めて気付いた。


 第二王子であるリュージュは、兄であるユリアーヌと正反対に魔力がほとんどない。人間はそれが普通であるが、幼い頃から色々兄と比べられたのだろう、かなりユリアーヌに敵愾心を燃やしていた記憶がある。

 二度目の召喚をされてから出会っていない為、姿が十五年前の十五歳くらいの少年のイメージしかないが、今は二十歳は間違いなく超えているはず。多少声の低くなった少年が、私の頭の中でキャンキャン吠えているイメージが浮かんだ。

「リュージュ」

 ユリアーヌの声が、今までの平静から僅かに硬質化する。

「もしもお前が父上と同じ考えだというなら、私は継承権の破棄をやめる」

「……は?」

 絶えず聞こえていた声が、止まった。

 今までの怒声が嘘のように、痛いくらいの沈黙が広がる。

 ユリアーヌは、十五年前の時から王位継承権を破棄したがっていた。王様になったら魔法の研究が続けられないから、という魔法馬鹿みたいな事を本気で言っていたのだ。

 そしてその事を王様も知っていて、それでもユリアーヌの優秀さに諦めきれなくて、病弱な第一王子としてユリアーヌの存在を伏せ、どっちにも転がせられるようにしていたのだ。

 その事が猶更リュージュを煽っていたのは否めないが、いずれは自分が王様になるんだ、という考えが支えになっていたのだろうというのも想像できる。

「父上」

 聞いた事が無い程に、ユリアーヌの声が冷たく父親を呼ぶ。

「もし、まだ馬鹿な事を言うのであれば、私にも最後の手が残っている事、ゆめゆめお忘れなきよう」

「この父を……脅すのか、ユリアーヌ」

 十五年前、マリネが拳を固く握りしめて迫った時以上に、王様の声が震えている。

 ユリアーヌの本気を感じて、私の背もぶるりと震えた。



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