第三話:新任魔王と赤ん坊
私はやらない。ただ、クラスメートが本気でやるつもりならば、それは好きにすればいい。ただ、もし危険な状況になるなら強制送還させるつもりではあるが、常に一緒に行動できない可能性もある。
「という事で」
「何が、という事なのよッ!」
「聞いてなかったの? 貴方、昔から人の話を聞かないよね」
「アンタだけには言われたくない!」
赤い革張りの椅子の、ひじ掛けに片足を乗せて私はその椅子に座る人物に顔を寄せる。そこにはぷっくりとした肉感的な唇から罵詈雑言を吐き出しながらも、恐怖に顔を引きつらせる美女がいる。ユリアーヌとは正反対なカラスの濡れ羽色の長髪を持ち、側頭部には羊のような角が生えている。
この美女こそが、現在の魔王ディレバシンオクタリアーベである。非常に長い名前なので、私は前任魔王と同じく“ディー”と呼ぶのだが、そう言う度に「人間如きが愛称で呼ばないで!」とブチ切れていた。
ディーは前任魔王の補佐官だったが、私によって前任がぶっ飛ばされた為、次代の魔王になっていたらしい。人間の国王をぶっ飛ばしたり召喚の書を燃やしたりと忙しく、確認する前に帰ってしまったので初めて知った。魔王城に乗り込んで、怯えて逃げ回る魔族を一人捕まえて、案内してもらう間に色々話を聞いたのだが、ディーは中々優秀な魔王であるらしい。
「今後、勇者達がやってくると思うのだけど、殺さない程度に痛めつけて追い払って欲しいの」
「冗談じゃないわよ! なんでそんな事しなくちゃならないのよ!」
「私が、貴方達魔族と敵対したくないから」
「――ッ! 何よそれ! この我儘女!」
「ディー」
目の前の美女魔王が、再度罵詈雑言の嵐を呼び起こそうとした所で、幼い子供の声が微かに耳に届く。その音を耳ざとく拾った彼女は不満そうに眉を寄せたが、大人しく口をつぐんだ。
背後から聞こえた声に振り返れば、ふわふわと空中を漂う赤ん坊。
赤ん坊。
「……え?」
「あぁ、きみはこのすがたをしらないのか」
舌足らずな喋りは、近づいてくる赤子の口から出ているのは間違いない。そしてその身から感じる魔力に、思わず目を見張る。
「もしかして、魔王?」
「そう、わたしこそが、じゅうごねんまえ、きみにぶっとばされた、まおうだ」
「その節は、どうも」
「きにしないでくれ、いきているだけ、きせきなのだから。ふつう、ゆうしゃはまおうをほろぼす。いかしておこうなんて、しない」
「でも、その姿……」
十五年前、目の前の赤ん坊は壮年の美丈夫だった。お互いに譲れない思いを持ってぶつかり合い、そして私は勝利し、彼の魔力を奪い元の世界に帰るだけの魔力を得た。その時は姿に変化はなかったはずだったが……。
「アンタがこの城からいなくなった後、ダル様は縮んでしまったのよ。おそらく魔力を大量に失った所為で、体が退化したんじゃないかしら」
「つまり、魔力を戻せば元に戻るの?」
「いや、それはだめだった。だが、わたしはこのままでいいとおもっている。ディーがまおうとして、りっぱにつとめをはたしてくれているのに、わたしがもどっては、よけいなこんらんをうむ」
「ダル様……」
私を間に挟んで、見つめあう二人。二人の世界に入られても困るので、コホンとわざとらしく咳払いをしてみる。
「それで、魔王は……いや、今は魔王じゃないのか」
「きみがよければダル、とよんでくれ」
「ダル様! こんな人間如きに!」
「ディー」
ダルがディーを穏やかな声で呼べば、彼女は唇を尖らせて不満を訴えてみるが、言葉は飲み込む。この姿は、十五年前にもよく見た光景である。
私にとっては一年前、この世界では十五年前。
召喚された私は城で魔術と剣術を学び、それぞれの師であるユリアーヌとアレキスを倒せるようになってから、魔王討伐へと旅立った。
旅は順調すぎる程に順調だった。なんせ、自称とはいえ大賢者であるユリアーヌすら使えないという神級魔法を扱い、人類最強と言われていた軍団長アレキスを剣で打ち負かしたのだ。そんな私をそう簡単に倒せる敵はいなかった。例えるなら、RPGの序盤でレベルを百にしたようなものである。
たやすく魔王城にたどり着いた私は、決死の覚悟で襲い掛かってくる魔族をちぎっては投げ、ちぎっては投げ、そしてたどり着いたのがこの場所、魔王城の最上階、王座の間である。そこで私を待ち構えていたのが、前魔王ダルと補佐官だったディーである。
そこからめくるめく最終決戦が始ま……らなかった。
私は魔王討伐に不満を持っていた。ただ元の世界に帰るには、魔王は倒さなければならない。でも、あの怠惰な国王の掌で踊らされるのは面白くなくて、何か抜け道は無いのかと、城で修行をしつつも探っていたのだ。
魔法書や図鑑、小説から歴史書まで、ありとあらゆる書物に目を通した。こちらの世界の文字は全く書けないが、読む事だけはできたのが幸いだった。
そしてこの世界についての知識を得た私は思ったのだ。
魔族、悪くないよね? と。
人間と魔族の争いは、かなり古くから続いているようだが、その理由は「やられる前にやれ」。ただの疑心暗鬼の発露だった。そしておそらく、人間側の歴史書ではぼかされているが、先に手を出したのは人間側だ。
後は泥沼の争い。手を出されれば恨みが生まれる。恨みを晴らせば、また恨みが生まれる。
大きく膨らんだ恨みは、もはやどちらかが根絶やしにされなければ止まらないのかもしれない。
そして、そんな時に人間側は、異世界からの拉致誘拐という禁断の果実を手に入れてしまった。その何人目かの被害者としてやって来たのが、私だった。
私には、魔族への恨みはない。どちらかと言えば、人間側にこそ悪感情を持っていた。だから私は、平和的解決を望んで、魔王に対話を求めたのだ。奇特な魔王はその私の求めに応じてくれたのだが、結局魔王をぶっ飛ばしたことでもお分かりのように、私が元の世界に帰るには、魔王をぶっ飛ばしてその魔力を手に入れるしかなかったのだ。
「あ、そっか」
思わず口をついて出た言葉に、ダルとディーが何事かと振り返る。
「別に、私はもう人間側に立つ必要ないんだから、魔族の味方をしてもいいのよね?」
前回は、帰還する為の魔力が必要だったが、すでにその力を私は持っている。
「私が魔族として、勇者達の相手をすればいいのか!」
「え、何それ勇者可哀想」
ディーがぼそりと何か言ったが、私の耳には届かなかった。




