第三十六話:復活
物事にはセオリーという物がある。
魔界に移動して手早くダルに報告をし、駄目元で魔力探査をかけてからダルに魔力スポットの場所を聞いて移動する。
この魔界には三か所の魔力スポットがある。一つは森の巨木。もう一つが火山の火口。最後が巨大湖。
変態が現れたのが巨木、ヒュンケルト君が火山。となれば、必然的に三人目が現れたなら、湖に現れるのではないか?
という推論でやって来たのだが、湖の方から吹きあがる魔力とは別に湧き立つ魔力を確認して、私は肩を竦めた。どうやら、間違いないようだ。
そしてあの変態の言う通り、魔力脳筋というだけあって中々の魔力量だ。
巨大な湖の中央にある小さな島に簡素な小屋が建っている。ダル曰く一人が三日生活できる程度の備蓄が置いてあるとの事だった。
近づいて行く途中、水棲魔獣が襲い掛かってきたのを魔法で片っ端から片づけていく。こちらが気づいているのだから、あちらも気付いているだろう。変に気を使って移動するのも面倒くさい。
近づくと、巨大な魔力の傍に小野田さんの魔力も感じ取れるようになった。探す手間が省けて一安心。
飛ぶスピードを増して近づくと、不意に小屋の扉が開く。金髪を太陽光に煌めかせ、薄着すぎて腹筋を全力で見せつけてくるスタイルの男と、片腕に抱えられるようにして小野田さんが出てきた。
特に攻撃を仕掛けてくる様子はなかったが、慎重に近づいて島に降り立つ。すると何故か、小野田さんに眼光鋭く睨み付けられた。
「ここはっ! 普通ユリアーヌ先生が来るところでしょう?! なんでアンタが来るのよ!」
「え、えぇー……?」
駄目出しされてしまったが、そこはもう諦めて下さいとして言えない。
憤慨する小野田さんをとりあえず放置して、隣の男を見る。
遠くから見ていた時は気づかなかったが、瞳の色が神と同じ金色なのはちょっと綺麗だなと思うが、ショート丈のジャケットを羽織っているのだがインナーを着ていない為に見事なシックスパックが晒されている。変態の次にまともなのが来たと思ったら、今度は露出狂か……と気落ちする。
だがその背に悪魔のような黒い羽根を見つけてテンションが上がった。変態が尻尾、ヒュンケルト君が頭に角、そしてこの露出狂が羽。全てを兼ね備えたら、地球人が思い描く立派な魔族になれそうだが、どれか一つしか持てないのだろうか?
「お前が、異界の勇者だな?」
「そう言う貴方が、コランドール、かしら?」
私がそう言うと、男は目を見張った。どうやらあの変態の予想は当たったようだ。
「ランペリオスかヒュンケルトから聞きだしたのか。まぁいい。ならば話が早い。我の要求は一つ、二人の即時解放だ。我をあの二人と同じと思うな。我はあの二人よりも強い。そして、この女を無事に返して欲しくば、お前に拒否権は無い」
「解放、ねぇ」
変態の方はもはや解放しているも同然なのだが、そういえば今はどこで何をしているのだろう。探させようと思った露出狂も小野田さんも、私が先に見つけてしまったのでご褒美無しは確定しているのだが、まだ頑張って探しているのだろうか。だったら小さじ一杯ぐらいは申し訳ないなと思う。
「ちょっと、何悩んでいるのよ。先生じゃない事は百歩譲って我慢してあげるから、さっさと助けなさいよ。この暑苦しい男、さっきから私の胸を触ってるのよ!」
「なっ?! わ、我は触ってなどいないぞ!」
「触ってるじゃない!」
片腕に抱えられている小野田さんを見ると、確かに腕が胸に当たっている。腰のあたりを抱えれば触らないで持てるが、胸元を抱えているので当たってしまうのだろう。
必死に否定する男と小野田さんの言い合いを見守りながら、こっそり魔法を唱える。ヒートアップする二人は、完全に私の存在を忘れていた。
男はとうとう小野田さんを下ろして、必死に身の潔白を訴える。故意じゃない、たまたま腕が当たってしまっただけ、下心は一切無い、という事を言うのだが、駅で痴漢して捕まった男に見えてきた。
唱え終わった魔法を、隙を見て展開させる。小野田さんの足下に魔法陣が浮き上がった。
「あっ」
男が慌てて小野田さんに手を伸ばすが、その時にはすでに魔法が起動して小野田さんの身体を光が包みこの場所から転移させた。行先はとりあえずユリアーヌの所に設定したので、後はユリアーヌが何とかしてくれるだろう。
「まさか、我の気を逸らす為の作戦だったのか?!」
男が愕然とした表情でこちらを見てくる。そんな訳が無いだろうが。
「人質が居なくなった露出狂さん、所で要求はなんでしたっけ?」
「我は露出狂ではない!」
男は後方に飛び退り、間合いを取る。小野田さんも居なくなったし、湖の上の小さな島だ。周りに気を使う必要は一切無くなった。
「貴方は、私の言う事を聞くか、私に抗って痛い目を見るか。どちらを選ぶ?」
「異界の勇者如きが、我をあの二人と同じと思うな!」
男が魔法を放つ。雷が私を消し炭にしようとばかりに降り注ぐのを、防御魔法で防ぐ。バリバリと雷鳴が轟く中、お返しとばかりに私も雷魔法を男の頭上に展開する。
遠慮も手加減も無い魔法だった。
男は私と同じように防御魔法を展開し、そして一発の落雷でその防御魔法が弾き飛ばされ、驚愕している間に二発目の落雷が男を直撃した。
*
「コランドール?!」
檻の中のヒュンケルト君が、私が片手で引きずってきた露出狂を見て、これでもかとばかりに目を見開く。私は隣の牢屋に露出狂を放り込むと、簡単に封印の魔法を施した。
「そんなまさか、あの魔法に関してはカトリアス様に次ぐコランドールすらも負けたというのか?!」
「ソウネ、彼ハ中々強カッタヨ」
私の棒読みに気づかないのか、ヒュンケルト君は愕然とした表情で隣の牢屋を見つめている。そしてみるみる顔を青ざめさせた。
「コランドールから……ほとんど魔力が感じられない……?」
「あ、魔力封印されてても気付けるんだね」
本来は魔力を持たない者が他者の魔力量を測る事は難しいのだが、封印している状態なので勝手が違うのだろうか。
ヒュンケルト君は青ざめた顔のまま、私を見てくる。
「まさか、コランドールの魔法も封印したというのか?」
「いや、封印じゃなくて――」
その時、石造りの床を踏みしめるコツコツという靴音に、私は口をつぐむ。入り口を振り返れば、黒髪の少年がこちらに歩いてくる。
「体調はどう、ダル?」
私は彼に声を掛ける。そう、黒髪の少年こそが先程まで赤ん坊でこちらの世界では十五年前まで魔王だったダルなのだ。
コランドールの魔力は放置しておくには危なっかしいし、かといってずっと私が傍にいる訳にもいかないし、封印するにも変態よりも魔力の強い露出狂だと私の魔力消費も半端無い。
そこで閃いたのが、ダルへの魔力委譲だ。
元々露出狂以上の魔力を保持していたダルなら、問題なく全て受け入れられるはず。
そう思って提案したのだが、最初ダルは渋っていた。せっかくディーという素晴らしい魔王が居るのに、前任魔王が魔力を取り戻すのは余計な混乱を生むのでは、と。しかし私とディーの説得によって、最後には首を縦に振ってくれた。
という事で早速やってみたところ、無事に魔力委譲はできたのだが、みるみるダルの身体が成長し、赤ん坊から少年へと進化していった。
元々が壮年だった事を考えると元通りとは行かなかったが、ダルはとても嬉しそうだった。やはり赤ん坊姿は何かと不自由だったのだろう。
そうして並の魔力になった露出狂は、今のダル達だけでも監視できるだろうからと、預ける事になったのだ。
「身体の大きさに慣れない所はあるけれど、体調は問題ないよ」
「そう、良かった」
「……ありがとう、マリネ」
「元々私が原因じゃない、感謝される謂れはないわ」
私がそう言えば、ダルは眉尻を下げて困ったように笑う。何か言われる前に、私は逃げるように牢屋を離れる。
「小野田さんの様子が気になるから、私は帰るわね。申し訳ないけどその二人、お願い」
「任された」
ダルがニッコリ笑って頷いたのを確認してから、足早に書庫に急ぐ。
書庫に入ると、ディーが仁王立ちで待ち構えていた。
「マリネ!」
美人にキツイ視線で見つめられるのってちょっとドキドキするなと思い、ふと頭を笑顔の変態が過って真顔になる。
「その、ダル様の事、ありがとう!」
それだけ言うと、ディーは逃げるように書庫を飛び出していった。
去り際に見えた耳が真っ赤だったのを見つけてしまい、思わずにんまりと顔が緩んだのを司書さんに見つかり、奇異なものを見る目で見られた。




