第三十三話:告白
魔獣の亡骸を、魔法で燃やしつくしながら黙とうする。
処理を終えて振り返れば、変態が満面の笑みを浮かべて立っていた。
「マリネ様」
「念の為確認させてもらうから」
変態の脇をすり抜けて、後方で固まっている集団に近づく。私に戦況を教えてくれた兵士が、私に気付いて近寄ってくる。
「怪我人は全て、彼の人に治して頂きました。一名出血が多かった為まだ多少ふらついていますが、命に係わるような状況ではありません。街までの移動も問題なく行えます」
「そう、良かった」
「ただ、その……」
言い難そうに、兵士は更に一つ離れた後方の集団に視線を送る。
「急だった為、勇者様の姿を他の勇者様が見てしまい……」
窺うように見てくるその兵士に、思わず苦笑が浮かぶ。私よりも年上だろう兵士が、若干の怯えを滲ませて見てくるのだから、私は勇者というよりも彼らの思う魔王に近いのではないかと思うし、そう思わせたのは今までの私の行いだ。
「大丈夫。それはもう、いいから。ありがとう」
私の返答に、兵士はパチパチと目を瞬かせてぽかんと口を開ける。今までフードと魔法の厳重装備を行っていたのに、ちょっと居なくなったと思ったら「もういい」なんて言われたら、思わずそんな顔にもなるだろう。
大友君達が居るだろう集団に移動すると、モーゼの如く人波が別れて道を作る。その中を歩いて行けば、波の先に大友君達三人の姿があった。
大友君の視線は困惑。千羽さんと河野君は猜疑心だろうか。突き刺さる視線が物理的に見えそうな程に厳しい。
「居なくなったと思ったら、突然どういう訳?」
千羽さんが口を開く。
確かに、突然消えてからいきなり現れたと思えば、今までの私と違って魔法をバンバン使って剣を振り回しているのだから、何事だと警戒するだろう。もしかしたら浚われた先で何かあったのか、と思えば兵士達はそんな私をすんなり受け入れている。そうなれば、考え付く先は絞られる。
「今まで耕平がどんな思いで訓練してたのか、アンタ知ってるだろうが」
河野君の視線が険を増す。
私はその場に跪くと、三つ指をついて詫びる。人生で初めての土下座だ。
周りの兵士のどよめきと、頭上から慌てる大友君の声が聞こえてくる。
「倉賀野さん、そんな、頭を上げて」
「私は、この世界に来るのは二度目なのです」
頭を下げたまま告げた。この返答は予想していなかったのか、河野君と千羽さんが戸惑うような気配を感じる。
「二度目って、どういう事よ」
「私にとっては一年前、この世界にとっては十五年前、私は今回と同じように勇者としてこの世界に召喚され、魔王を討伐しているの」
そして今までの事をすべて話す。
この世界では十五年前、私が召喚されて魔王を討伐しなければ帰れなかった事。でも私はこの世界の魔族が悪いとは思えなくて、別の道がないか探したけれども見つからず、魔王から魔力を吸収して帰還する為の力を手に入れた事。一年後、今度はクラス単位で召喚されてしまったが、それと同時に力を取り戻した為にクラスメート達を帰還させることができた事。そして、小林君の前に立ちはだかった魔族が私である事。
「じゃあ、小林君は?!」
「生きてる。あれは、強制的に帰還させただけ。彼は……あのままこの世界に居ても、遅かれ早かれ大怪我を負いかねないから」
「そっか……小林君は、無事なのか……」
大友君が、至極安堵した声音で言う。
チクチクと胸が痛む。きっと、大友君はあの一件でものすごく傷ついただろう。それなのに、私は彼らに真実を話せなかった。
本当に、私は酷い人間だ。
「今は、人間と魔族が争わなくてもすむ道が無いのか探している所で、突然消えたのは魔族側でトラブルが発生して、協力を求められて」
「倉賀野さん、頭を上げて」
大友君の、柔らかな声が聞こえる。それでも、私は頭を上げられない。
「倉賀野さん」
肩に、優しく手が触れる。上体を起こされて、必然的に頭が上がる。目元に浮かんでいた水分が、重力に引かれて零れ落ちた。
「ごめんなさい、最初に言えば良かった。それか、最初から全員帰還させれば良かった。小林君の一件の時に、本当の事を言えば良かった。誰にもあんな辛い思いをして欲しくなくて頑張ったのに、結局私は、大友君達に同じ事をさせてしまった。ちゃんと話していれば、こんな事にはならなかったのに……ごめんなさい……ごめんなさい……!」
一言喋ろうとする度に、一度緩んだ涙腺からとめどなく涙が零れてくる。
辛かったのは私ではないのに、どうして涙が出てくるのか。
ボロボロと涙が次から次へと頬を流れる。袖で拭おうとした手を大友君に押しとどめられて、ポケットから出したハンカチでそっと目元を覆われる。
「今まで、倉賀野さんが一生懸命頑張ってくれていた事、気付いてあげられなくてごめんね」
突然の大友君の言葉に、驚きで涙腺の蛇口が閉まる。
誰も何も言えないまま、私の涙が止まったことに気づいたのか、大友君がハンカチをどかす。私は瞬きをして、まつ毛に残っていた水分を払う。
「なんで、大友君が謝るの? 私は、皆に言わなきゃいけない事、黙っていたのに」
「小林君達のように、残りたいと希望したクラスメートがいたから、倉賀野さんは無理矢理帰すのではなくて、付き合ってくれたのでしょう? それに訓練も、アレキス団長やユリアーヌ先生が見ていてくれたけれど、兵士さん達から聞いていたんだ、軍団長達にしては優しいって」
横で見て居た兵士達に視線を向ける。誰もがゆっくりと首を明後日の方向に向けて目を合わせない。
「それに、僕達は三人だった。でも、倉賀野さんは最初に召喚された時、一人だったのでしょう? それでも魔王を討伐してみせた。その事を、僕はすごいと思うし、尊敬する」
大友君の言葉に、閉まった筈の蛇口が緩む。唇を噛んで何とかこらえる。
「だから、倉賀野さんに一つお願いしたいのは、僕も一緒に、この世界を本当に救う為のお手伝いをさせてもらいたいんだ」
「……耕平が言うなら、俺もな」
「大友君がそう言うなら、私も」
今まで黙っていた河野君と千羽さんも、すかさず同意する。
二人は大友君に付き合って居るだけで、決して私の為でもこの世界の為でも無いだろう。
それでも、そう言ってもらえる事が嬉しかった。大友君を引き留めるでもやめろと説得するのでもなく、受け入れてくれた事が、ただただ嬉しくて、堪えきれずに涙が零れた。
「ところでマリネ様」
背後から突如として聞こえた不快な声に、涙がピタリと止まる。
「ご褒美は――」
背後霊のように突っ立っていた男を、跪いた体制から地面に手を付いて顎を狙って勢いよく蹴り上げる。男の身体は浮かび上がり放物線を描いて吹っ飛んでいった。
「ご褒美は後でやるから大人しく待ってなさい!」
「いや倉賀野ヤベェなお前」
河野君のドン引きした声に気づいて、三人に視線を向ける。三人とも、半歩程身体を引いていた。真実を話した時よりも如実に、私たちの間に壁が出来上がっていた。




