第三十二話:勇者への一歩
すぐにユリアーヌが戻って来てくれたお陰で、変態から受ける精神攻撃でHPがゼロになる事態は避けられた。
どうやら大友君達はまだ帰ってきていないらしい。考えれば元々行きに数日かけて行ったのだから、どんなに早馬を使おうとも転移魔法でも使わない限りそう簡単に戻っては来られない。
ただ、転移魔法はかなりの魔力を消費する為、使える人間は限りなく少ない……というより、私とユリアーヌくらいだろう。
アレキスの指示で、私の無事を知らせる使いを出す事にしたらしい。大友君達が移動しているだろうことを考えると、転移で飛んでもその先に居ない可能性がある。それなら馬の方が確実、という事らしいが、本当は私が転移魔法を使ってあっちこっち飛ぶ方が断然早い。しかし、万が一私が魔法を使っている事に気づかれたら私の都合が悪いだろう、という配慮をしてくれたのだろうなというのは想像に難くない。
今も心配してくれているだろう大友君の事を考えて、目を伏せる。
勇者というのが勇気ある者という意味なら、私は間違いなく勇者ではない。
今も大友君に申し訳ないと思いながらも、決心がつけられない。
私の性格の悪さが、やっと分かった。
私は自己中なのだ。
誰かの事を心配しながら、自分優先で行動しない。
小学生の時、私に「性格が悪い」と突きつけたあの子にも、私はきっと自分勝手な事を沢山したのだろう。自覚がない辺り、かなり性質が悪い。
おぼろげになってしまっている記憶を掘り起こしても、あの子が誰かを正面切って悪く言うような性格ではなかったと思う。そんな子の堪忍袋の緒を切ったのだ。
そしてその事実に、約十年かかっているのだから、自分のことながら呆れ果ててしまう。
『あの時こうしていれば、のあの時は今なんだぜ?』
アレキスの言葉が頭を過る。
私は閉じていた瞼を開けて、椅子から立ち上がった。
「ユリア、使いの馬はまだ出ていないのよね?」
「間も無く出発すると思うが?」
「ごめん、それ止めてもらって。私が、直接大友君達の所に行くから」
「……いいのか?」
ユリアーヌが、こちらの表情を探ってくる。それに、私はニッコリ笑って答えた。
「後悔はもうお腹いっぱい食べたし、いい加減成長しないとね」
*
近くの街から順番に、移動を繰り返す。
転移しては大友君の魔力を確認するが、中々掴めない。やはりこういう繊細な作業は苦手だ。
三度目の転移先である街中の魔力を探り、それらしい存在が無いのを確認して後ろを振り返る。
「次行くわよ」
「畏まりました」
変態がニコリと微笑み頷く。
大友君探しの転移旅には、この変態だけが同行している。ユリアーヌも一緒に来ると言ってくれたのだが断った。
魔界では侵略者が現れた所だ。こちらの国でも何か起こる可能性がある。そうなった時、転移魔法の使える私とユリアーヌが一緒にいるよりは、別行動している方が迅速に対応ができるだろう。
変態は私の傍から離れるのを嫌がったのと、この男が本気を出した時に止められるのが私しかいないので仕方がない。今の所気持ち悪い発言をして私の集中力を乱すような事はしていないので、まぁ大丈夫だろう。
「しかし、人間達は本当に魔力が乏しいのですね」
変態が目を眇めて街行く人を眺める。
「空気中の魔力が薄いからね。魔族のように自然から取り込む分が少ないから」
路地裏に移動して、人が居ないのを確認してから魔法を唱えて転移する。
一瞬にして視界が移り変わり、また街の中の魔力を探る。
「マリネ様は、空気中の魔力量が魔族と人間を分けたとお考えですか?」
「元は同じ生物だったというのにこれだけ魔力量に差があれば、それぐらいしか理由は思い当たらないんじゃない。人体の構造上魔力を持てない、というならユリアは人間じゃなくて魔族ってなるわね。でも魔族は寿命が長い分人間より成長がゆったりだけども、ユリアの成長は人と変わらなかったらしいし」
「なるほど」
「ちょっと黙ってて、集中できない」
「それは失礼いたしました」
街の外、街道の方にも魔力探査をかける。
「あ、いたかも」
街の人達よりも数段強い魔力反応の中に、大友君に似た物を感じる。
「移動するわよ」
男の返事を待たずに、駆け足で移動する。流石に街中を飛ぶのは、無意味に街の人達を驚かせてしまうだろう。
街を囲う防壁を抜けて、街道を進む。大友君に似た魔力もだいぶ接近してきているが、どうも様子がおかしい。
「マリネ様、どうやら戦闘中のようですが」
「あぁ、あの強い魔力は魔獣か!」
変態はどうやら私よりも魔力探査に長けているようだ。街の外に出たので、魔法で浮き遠慮なく街道を突っ切る。
すると道の先に、見慣れた鎧を着た兵士二人がこちらに向かって馬で駆けてくるのを見つけた。おそらく一足先に街に魔獣が出た旨を伝える為の伝令だろう、若い兵士二人が私の姿を見つけてぎょっとした顔を浮かべる。
「数は?!」
「えっ、あっ! 一体です! ただその一体がとても強くて、戦闘も長引き負傷者が出ていて」
「わかった! ありがと!」
兵士の脇をすり抜け飛んでいく。
負傷者という事は死者は出ていない。でも、それも今の所は、だ。
進んだ先から剣戟の音が聞こえてきた。私は空に飛びあがり、空中から戦況を確認すると急降下で仕掛ける。
「避けて!」
空中から響く私の声に、剣を構えていた兵士達がさっと飛びのく。中々の反射速度だが、その後空を見上げてぽかんと口を開けるのは危ないからやめてほしい。
魔力を練って剣を作り、魔獣に叩きこむ。人の二倍ぐらいのサイズがある、大きな狼の魔獣は軽いステップで私の攻撃を躱すと、距離を開けて唸りながらこちらを睨み付けてくる。
「怪我人の状況は?」
隙無く剣を構えて私の隣にやってきた兵士に、チラリと視線を向ける。
「八名が魔獣の爪により負傷しておりますが、一名は出血が酷く重症、七名は止血も済んでいるため命に別状はありません」
「わかった。貴方は下がっていて。ランペリオス、貴方治癒魔法は」
遅れてやってきた変態の魔力を背後に感じ、声をかける。
「おや? 初めて私の名前を」
「出来るか出来ないか聞いているのだけど」
「死んでさえいなければ」
「なら、全員の傷を治してあげて。ちゃんとできたら後でご褒美ね」
「それは……気合が入りますねぇ」
声に喜色が混じり、鼻歌でも歌いだしそうな気配が離れていく。
狼の魔獣に視線を戻し、深く息を吐き出す。
肺の中の空気をすべて押し出した所で、魔獣へと向かって踏み込んだ。




