第三十一話:精神ダメージ
変態に、勝手に喋らないようにと口酸っぱく言い含めたが、ニコニコ笑顔を浮かべるだけで信用ならないので、念の為上手くいったらご褒美を上げるとチラつかせたら急にキリッとした顔をしだした。
隣でアレキスが呆れた顔をして、ユリアーヌは顔を引きつらせていた。
「マリネ……随分その、打ち解けたんだな……?」
「やめて、その気を使ってオブラートに包んだけれども内心はコイツも同類じゃねーのかという疑惑を持っている言い方」
「ハハッ、マリネ。ユリアの心配はそっちじゃなくて、どっちかっていうと――」
「アレク」
ユリアーヌに睨まれて、アレキスは肩を竦める。私が首を傾げてユリアーヌを見るが、彼は変態を最後に睨み付けてそっぽを向いてしまう。
「まぁ、私に変態疑惑が出てないならいいけど」
そう言って、書庫に隠してあった魔法陣を起動する。
「ほう、見た事の無い術式ですね」
「喋らない」
変態が口を閉じた。大丈夫だろうか。
「マリネはいつの間にか術式を短くまとめてしまうから……」
「結果が同じならいいじゃない」
「お蔭で解析に時間がかかったよ」
「時間かければ解析できるものでもないはずなんだけどね」
「それだけユリアも必死だったんだよな、うんうん」
またユリアーヌがアレキスを睨み付けている。この二人は本当に仲が良いなと思う。
私はくるりと後ろを振り返り、書庫まで付いて来てくれたヴァリエに声をかける。
「じゃあ、ディーとダルによろしく」
「お前に頼るのは不本意だが、ディー様の為だ、承った」
ディーは五百円硬貨サイズの赤い魔石二個を、大事そうに掌で覆う。
ヴァリエには、即席で作った通信機能を持たせた魔石を渡した。
またディーが突然やって来ても困るので、連絡できる手段が欲しいなと思って作ってみたのだが、ユリアーヌが遠い目をして通信魔石を眺めていたのが記憶に新しい。
突貫工事で作ったので、一度使用すると壊れてしまう。二個用意したので、ディーとダルの二人で持っていてくれたらいいかなと思う。
応答用の魔石は二個とも私が持っているけれど、時間があればアクセサリーにでも加工して身に着けていられるようにできればいいのだが、生憎今はポケットの中に無造作に放り込んである。
「じゃあ、またね」
ヴァリエの返答を待たずに、光を放つ魔法陣の上に進む。ユリアーヌ達三人が乗ったのも確認してから、魔法を発動させた。
眩しい光に一瞬視界を包まれ、眩しさに閉じた瞼をゆっくりと開ければ、見慣れた王城の書庫が目の前に広がる。
「何度やっても慣れねーなぁ」
「マリネの無事を伝えてくる」
ぼやくアレキスを無視して、ユリアーヌはさっさと書庫を出ていく。
「俺も一緒に行ってくるから、俺達が戻ってくるまで大人しく待ってろよー」
そう言い残して、アレキスも去っていく。予定では、ユリアーヌ達が私の無事を報告してから、大友君達と合流して説明する事になっている。
適当な一冊を手に取り、書庫の椅子に腰かける暇をつぶす。変態は窓辺に近づき、興味深そうに窓の外を眺めている。
「あまり近付きすぎないで。他の人に見つかると面倒くさいから」
私がそう言うと、男は窓から離れて椅子を片手につかむと私の隣に持ってきて腰かける。近すぎるので、椅子を引いて離れた。
手に持っていた本をパラリと捲る。丁度魔王城で話に出てきた、人間側の創生期だった。
内容を流し読みしてみるが、ダルが言っていた通り、魔族と人間は同じ生物だったが、その身に大量の魔力を宿した者達が生まれ、その者達が寄り集まり国を興すために出て行ったとなっている。
確かに、魔族側と人間側で国の興りに差はあれど、元は同じ生物という事は一貫している。何とも不思議だが、一度目の召喚時に色々本に目を通していたのに、あまり深く気にしていなかった。ダルは良く気付いたなと感心する。
それにしても、創世記を書いた人間と魔族はどうして同じ生物だったと分かるのだろう。
確かに人間も魔族も見た目は変わらない。だが、その身に宿す魔力も、寿命も違う。
いや、こういう物は後々手が加えられているのが普通だ。魔族側と人間側の創成期の内容が違う事からも、お互いの立場の者達がそれぞれの土地に先に権利があると主張する為に改変しているような気がする。
では、大元となった筈の創世記はどんな内容だったのだろう。
二つの創世記で共通している「同じ生物だった」というのは、その原本から引っ張ってきているのだろう。
という事は、創世記の原本は人間と魔族が明確に分かれる前から存在していた事になる。
この世界、人間も魔族も喋っている言語は同じだ。その点も元が同じ生物というのを肯定する材料になるだろう。
そこでふと、隣に座っている変態を見る。
そういえば、この男もユリアーヌ達と会話ができているが、召喚特典というやつなのだろうか? でも、この男は召喚されてこの世界に来たようではない。
世界を跨いでの転移の場合、言語理解の能力が身につくのだろうか? それとも、何か魔法を使っているのか。
じっと男を見る。男は恥ずかしそうに白い肌を赤く染める。
「ご褒美を頂けるのですか、マリネ様」
「今の流れの中でどこにご褒美要素があったのか分からない」
男から視線を外す。特に変な魔法を使っている様子もないし、変態による精神ダメージを食らったのでもう何も考えたくない。
「その、先っちょだけでもいいので、私の足を踏んでみませんか?」
「キモイ」
罵倒すらも快感になるのか、男は頬を上気させて息を乱す。
ユリアーヌとアレキス、早く戻って来てくれないだろうか……。




