第二十五話:下等生物
ダルに向けて魔力を放つが、何の反応もない。本当に石に向かって力を放っているような、暖簾に腕押しと言わんばかりの手応えのなさだ。
「ど、どう?」
「……駄目ね、反応が無い」
私の返答に、ディーが瞳を潤ませる。何とかしてやりたいのは山々なのだが、なんせ情報が少なすぎる。
「とりあえず、一体何があったのか教えてもらえる?」
「ディー様は混乱されていらっしゃると思いますので、私からお話させていただきます」
傍に控えていたヴァリエが、手を挙げる。確かにディーの様子を見る限りでは、理路整然にはいかないだろう。
頷きで答えれば、ヴァリエが順路立ててゆっくりと話してくれた。
簡単にまとめるとこうだ。
本日三か所ある内の一つの魔力スポットから、強大な魔力が漏れだした。まだ前回の定期検査からそれほど経っていなかった為、何か問題が発生した可能性があると、ディーだけではなくダルとヴァリエが同行する事になった。
魔力スポット近辺は強力な魔力の噴出によって魔獣が大量発生していた為、三人で可能な範囲で駆除しながら向かった。そしてスポットに辿り着き、ディーがいつも通りの魔力を回収しようとした時だった。
魔力スポットの中から、不気味な魔力の胎動が発生。そしてディーに向かって魔力が放たれた。それをダルが咄嗟に射線に入り込み防いだのだが、激しい光の明滅の後に目を開ければ、石化したダルが倒れ込んでいた、という訳らしい
「不気味な魔力っていうのは、どういう感じなの? もの凄く強力な魔力という事?」
「強いというのではなく、魔力を浴びたら、咄嗟に鳥肌が立つような、本当に不気味としか言いようのない力だった」
「鳥肌の立つ、不気味な魔力……」
精神に作用する魔法だろうか。それなら私の使う隠蔽魔法もある意味そうだろう。なのであり得ないものでもないが、そうなると一つの答えに行きつく。
「その魔力スポットから、何か生まれた可能性ってある?」
「あり得ないわ! 魔力スポットはただの魔力溜まりよ、何かが生まれるような場所じゃないわ!」
「そっか……」
ディーの強い否定に頷くしかない。
何かが生まれたわけではないというなら、魔力が勝手に暴走して魔法になったというのか。むしろ、その方が余計厄介な気がする。何かが生まれたならば、締め上げて解除させれば済む話なのだが……。
「とりあえず、ここでできる事は何もなさそうだし、その魔力スポットって場所に行ってみたいんだけど?」
下手に手を出して、取り返しのつかない事をしてしまうのは怖い。慎重に何か解決のヒントを探した方がいいだろう。
「い、行くつもりなの……?」
「だって、行ってみないと分からないし? ダルの傍離れたくないなら、場所さえ教えてもらえれば勝手に行くけれど」
「危険かもしれないのに、一人で行かせられる訳ないじゃない!」
ディーに当然のように怒られて、パチパチと瞬きする。
こんな状況だというのに思わず頬が緩みそうになって、慌てて頬の筋肉に力を入れた。
「えっと、でも、現場は見てみないと。魔法の暴発だというなら、それはそれで今魔力スポットの周りはすごく危険な状態のままになっているだろうし。幸い、私は魔力が見えるから、多少問題が起きても対応できるから」
「魔力が……見えるの?」
訝し気なディーとヴァリエの視線に、言っていなかったかと首を傾げる。
「そう。魔力が見えるから、何か問題が起きていればさっさと逃げてくる。だから、心配しないで」
ディーとヴァリエが視線で会話している。見つめあって何事か相談する二人の答えをじっと待つ。
暫しの間を開けて、ヴァリエがため息を吐いた。
「ディー様を危険な場所に連れていかせる訳には行かない。私が一緒に行こう」
「ありがとう、ヴァリエ」
「勘違いするな。これはダル様の為であって、お前の為ではない」
「うん、それは分かってる」
そう言うと、ヴァリエが微妙な表情を浮かべた。
*
武器を持っていなかったので剣を一本借り、ヴァリエに案内してもらいながら魔力スポットに向かう。
元々行こうとは思っていたのだが、こんな事になるなら早めにディーに頼んでおけばよかったと、ちょっと反省する。
魔力スポットはそれぞれ、火山地帯と大森林の奥と巨大な湖の真ん中にあるらしい。危険度は火山が一番活発で魔獣もたくさんいるらしく、湖が一番比較的大人しめで魔獣も水棲生物に対する攻撃手段さえあればそこまで苦戦する環境でもないらしい。今回行くのは、大森林奥地だ。
地上を歩いて行くとなると迷子になるらしいが、ヴァリエも私も飛行魔法でショートカットする。
森の奥地へと目を向ければ、確かに魔力がもうもうと空に沸きあがっている。しかし、そこに鳥肌の立つような何かは感じられない。
「ヴァリエ、もうちょっと飛ばせる?」
「ッ! 舐めないでちょうだい!」
ぐんとスピードを増したヴァリエの後を付いて行く。
湧きあがる魔力の動きを注視しながら、ダルを元に戻す方法が見つかるといいなと、信じてもいない神に祈った。
降り立つヴァリエに続いて、地上に降りる。
そこには一本の巨大な木が立っていた。この木こそが魔力スポットらしい。
「ちょっと調べてみるから、ヴァリエはここにいて」
不満そうな顔だったが、文句は言わなかった。
ヴァリエをその場に残して、巨木に近寄る。木に変わった所は感じられないが、湧き立つ魔力が尋常ではない。確かにこれは、ディーだけで枯渇させるのは難しいだろう。
木肌に手を添えて、内部へと魔力を流してみる。雲をつかむ様な不確かな中を探ってみるが、それらしい何かはそう簡単には見つからないようだ。
木の枝一つ一つから、葉の隅々まで魔力を行き渡らせる。スポットから湧く魔力を、私の身体にも流し込ませてみた。だが手応えはない。
今度は地中深く伸びた根に魔力を流す。
「……ん?」
漸く、変な流れを見つけた。他の魔力が木の中を巡って空へと放出されるなら、根の奥深く、その場所だけに不自然に留まる魔力がある。その流れの中に、私の魔力を少しずつ流し込む。
瞬間、“ソレ”は拒絶反応を示した。
咄嗟に後方に飛び、防御魔法を張る。木から飛び出してきた真っ白い魔法は、私の防御陣にぶつかって砕け散った。
「な、何?!」
「見つけた! 石化の犯人!」
お返しとばかりに、練った魔力を地中に向けて放つ。天を突き破る様な轟音を響かせて、落雷が地中に落ちた。雷は地面を割り開き、木の根を直撃する。
「隠れてないで出てきなさい。アンタに聞きたい事があるんだから」
剣を抜いて構える。殺したくはないのだが、相手が本気でかかって来れば手加減できないかもしれない。穴の中の魔力を注視する。
ぬっと、白い手が一本地面から生えた。その手が穴の縁を掴むと、今度は白い頭がにょきりと顔を出す。
「よ、よもや異界人にこの私が魔法を食らうとは、下等生物の癖に中々やるではないか」
長い白髪の隙間から、メガネがきらりと光る。これまた白いローブの端をあちこち焦がした男が、穴から這い出してきた。巨木の魔力と混ざって正確に掴めなかった男の魔力が、はっきりと分かるようになる。
私は剣を構えたまま駆け出す。男が気づいて慌てて防御魔法を張るが、大上段に振り上げた剣を勢いよく振り下ろし叩き割った。
「なっ!!」
勢いそのままに、男の顔のすぐ横に剣を突き刺す。男の長い髪の一房が、はらりと地面に落ちた。
「大人しく私の言う事を聞くか、私に抗って痛い目を見るか、貴方はどちらがいい?」
顔まで真っ白にした男を見ながら、ニッコリと満面の笑みを浮かべて問うた。




