第二十四話:拉致
その後は特に大きなトラブルもなく、森から出てくる魔獣も止まった所で討伐戦は終了した。念の為魔力探査を行ったが、引っ掛かるものは特にない。
片付けはいいから、とアレキスに追い出されたので一足先に宿に戻り、何食わぬ顔で帰ってきた大友君達を出迎える。
千羽さんはだいぶ顔色が悪かったので、温かいお茶を飲ませてさっさと部屋に放り込んだ。彼女は何か言いたそうにこちらを力の無い目で睨み付けてきたが、結局何も言わずに部屋に入った。
一階の食堂に降りると、他の兵士達が帰ってきてだいぶ賑やかになってきた片隅で、大友君と河野君が何やら話し込んでいる。
邪魔しちゃ悪いかなと立ち止まった所で、河野君と眼があった。じっとこちらを見てくるので、大友君も何だろうかとこちらを振り返る。そのまま立ち去るのも変なので二人の下に向かう。
「倉賀野さん、お茶、ありがとう」
「私には、それくらいしかできないから」
精神的なフォローは、私には無理だ。変な事を言って、逆に追い詰める自信がある。だから喋るよりも、お茶でも飲んで落ち着いてもらえたらなと思ったのだが、悪くはなかったようで一安心。
「千羽さん、どうだった?」
「んー……私には何とも」
河野君が二階を見上げつつ、眉間を寄せる。
「付いてくるなって言ったのに、アイツ強情だからな」
「千羽さんは、頑張り屋だから」
「それで勝手に追い詰められてたら世話ねぇな」
「冬樹」
咎めるような大友君の声に、河野君は不満そうな表情を一瞬浮かべて顔を逸らす。
「二人は、その……大丈夫?」
何と聞けばいいのか分からないままに言ってしまったが、困ったような顔の大友君を見て間違えたのだけは分かった。
「大丈夫、ではないけれど、慣れないと駄目なんだろうなとは思うから、なんとか」
「駄目なら駄目でいいんじゃないか? 俺思うんだけど、あの助っ人だっていう女と、軍団長とユリアーヌ先生が居れば魔王なんて何とかなるんじゃねーの?」
河野君の言葉に、ドキリとする。
「王様が言っていたじゃないか、異世界人じゃないと魔王は倒せないって」
「それも不思議だよな。異世界人じゃなきゃ持てない聖剣みたいなのがある訳でも無さそうだし、魔獣は誰でも倒せるみたいだし」
その疑問は私も思っていた。どうして異世界人に限定するのか。
その理由を自分達がやるのは面倒だからという解釈をしていたが、もしかして他に理由でもあるのだろか?
夜は無事に魔獣討伐も終わったので、宴が開かれた。
飲めや歌えやの大騒ぎに、街中が包まれる。
普段は余所余所しい兵士達が、酔った勢いで私にも酒を進めてくるのを新鮮な気持ちで眺めつつ、未成年なので隙を見て抜け出す。
大友君達も参加して居る筈だが無事だろうかと、辺りを見回すが姿は見えない。こちらの世界では子供だろうがお酒は飲めるそうなので、周りは遠慮なく勧めてくる。まぁ、二日酔いになったなら魔法で治せるので、今のうちにお酒の失敗を経験するのもいいかもしれない。
周りの楽しそうな様子を眺めながら、ぶらぶらとレンガ造りの街の中を歩く。前回の時は魔王の下に一直線で、ほとんど街の中をぶらつくという事をしなかった。だからこの機会に、異世界を楽しみたい。そう、思えるようになった。
王都よりは小さい街をぐるりと一周した所で、時間は深夜に近づいていた。そろそろ宿に戻ろうかと思った所で、不意に肌を撫ぜる空気が変化したのを感じる。
咄嗟に魔力を街中に巡らせ、その理由を察した。街の外れに、高魔力を発する何かが居る。そしてそれは、この場所には絶対現れない筈の相手だった。
なんだろうと思いつつ、急いで駆け付ける。おそらくユリアーヌは、この魔力に気付くはずだ。ユリアーヌだけならいいが、他の人間にも気付かれるとちょっとばかし面倒くさい事になる。
辿り着いた先、森と街を隔てる砦の上にその人はいた。月に照らされ逆光になるので表情は見えないが、背格好からも想像した人物に間違いはないだろう。
そこには魔王、ディーが居た。
周りを見回すが、お伴の一人も連れていないようだ。魔王の癖に不用心なと思いながら、ふわりと魔法で砦の上に飛び移る。
やっと見えたディーの表情は、強張っている。よく見ればその肩がか細く震えていた。尋常じゃないその様子に、私も思わず顔に力が入る。
「ディー、一体何が――」
「助けて、マリネ」
震える手で、ディーに腕を掴まれる。
何か良くない事が起こったのだろうが、とりあえずこの場所は不味いから移動を、と思った所でこちらに駆けよってくる魔力に気づいて振り返った。ユリアーヌと大友君と河野君が、こちらに駆けよってくる。何故よりによってその二人を連れてきてしまったのだと、思わず顔をしかめる。
「マリネ!」
ユリアーヌの声に、何と答えればいいのか。おそらくユリアーヌはディーが魔族だと気付いているだろうが、大友君達は気付いているのか。
何と言って誤魔化すべきかと考えている間に、足元に魔法陣が浮かび上がる。
「ちょっ」
チラリと確認した魔法陣の内容からして、転移系だと分かった。展開された魔術に下手に干渉して、書き替え間違えるとモノがモノだけに怖い。
「倉賀野さん!」
切羽詰まった声で名前を呼ばれる。大友君が、慌ててこちらに駆けよって来ていた。
何事か言わねば、と思った刹那、目の前が突如として魔王城内に切り替わる。絶対に大友君に勘違いされたじゃないかと文句を言いたいが、先程の大友君以上に切羽詰まっている様子のディーに、何も言えない。
説明もなく、ぐいぐいと腕を引っ張られるままについて行く。
「ねぇ、ディー。説明してくれない? 一体何事よ」
ディーは口を開かない。ただ一刻も早く、私をどこかに連れていきたいというのは分かったので、私も大人しく小走りで追いかける。
一つの部屋の前で、漸くディーの足が止まる。ディーは乱れた呼吸を落ち着ける様子も無いまま、扉を押し開ける。扉の先、大きなベッドの脇にヴァリエが控えていた。
ディーに続いて部屋の中に入る。そしてベッドの上を見て目を見開いた。
「ダル……?」
ベッドの上には、石化した赤ん坊が横たえられていた。




