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第二十二話:劣等感



「前」

「後ろ」

 私もユリアーヌもお互いに譲らない膠着状態に、横で待機しているユリアーヌの白馬がまるでため息のような息を吐く。


 結局ユリアーヌとの相乗りに決まったが、それをユリアーヌに伝えて快く了解してもらえた所までは良かったのだが、その後に問題が発生して今の状態である。

 問題というのは、私がユリアーヌの前に座るか後ろに座るかという事である。

 私は後ろが良い。身長差は頭一個分程度にあるが、前が見にくいのではないだろうか。何より、前に座ると掴まる場所が鞍の僅かなでっぱりになるので、ユリアーヌが私を抱えて支える事になる。

 試しに乗ってみて思ったのだ、これはちょっと恥ずかしい、と。私がユリアーヌに抱き着くのは気にならないのだけど。

 という事で逆パターンもやってみたのだが、ユリアーヌは私が後ろから抱き着いてくる方が恥ずかしいらしい。

 という事で膠着している訳だが、いつの間にか傍にやってきたアレキスが馬上から呆れの視線を送ってくる。

「時間も無いから早くしてくれないか」

 そして至極真っ当な事を言う。


 そこでじゃんけん勝負に持ち込んだ。ルールも難しくないので、軽く説明したらユリアーヌはすぐに理解した。

 じゃんけんぽん、の掛け声でお互いに手を出す。

 私はグー、ユリアーヌがチョキ。

 勝負が決まったので、早速馬に乗る。ユリアーヌは明日は逆だと強硬な姿勢を崩さないので、渋々了解した。


 隊列を組んで、兵士を乗せた馬たちが城外へと歩いて行く。

 大友君達はどうしたのだろうかとユリアーヌに聞いたら、千羽さんだけは荷馬車に乗っているらしい。私の作ったマジックバッグによって荷物が減ったので、その空きスペースに入れたらしい。

 大友君と河野君は、一緒に訓練して親しくなった兵士に相乗りさせてもらっているそうだ。


 見送りに来ていた小野田さんの、笑っているように見えて目が笑っていない恐ろしい微笑を背に、城を出発する。

 行程は城下を軽く通ってその後は次の街まで行って休み、また一日かけて次の街へ行き、を繰り返して魔界との境界にある街に滞在し、魔獣討伐を行う予定である。


 この遠征自体は、勇者がいなくても行っていた。そうじゃないと、魔獣が溢れてしまうからだ。

 ヴァリエから魔獣の話を聞いて納得したが、人間側だけでは現れた魔獣を倒す以外に手段が無いのは確かにきついだろうなとは思う。

 人は魔族よりも魔力が弱い。時々ユリアーヌのように突然変異的に生まれるものもいるが、マッチサイズの炎を出すだけで精いっぱいという人間も少なくない。

 そんな人間たちにとって、魔獣は脅威だ。

 魔族なら遠距離からの魔法という比較的安全な策を取れるが、人間はどうしても近づかざる負えない。そうなると怪我をする者も、亡くなる者もいる。

 魔族に比べればはるかに出現数は少ないが、一度の戦闘でのリスクに大きな差がある。

 だからと言って、魔王を滅ぼした所で意味はない。むしろ、魔力スポットの魔力が溢れて、より大量の魔獣が湧くだけだ。

 この話を王様に言った所で、素直に納得してくれるだろうか。

「絶対無理」

「何か言ったか?」

 思わず口から出た小声が聞こえたのか、ユリアーヌが反応する。何でもない、と言ってユリアーヌの背に額を預ける。ドクドクと、鼓動が額を通じて伝わってくる。

「……心拍数高くない?」

「そこには触れないでくれ……」

「待ってこの状態でそれ言われると、私が変な所触ったみたいじゃない」

「それは君の過剰反応じゃないか?!」

 抗議代わりに、ユリアーヌの腰に回した腕にちょっと力を籠める。ビクリとユリアーヌの身体が跳ねた。

 しかし、見た目ではそこまで鍛えているイメージがなかったが、布越しに感じる確かな筋力がある。魔法馬鹿の魔法使いなので、魔法しかやっていないのかと思ったが、流石に鍛えているらしい。

「鍛えているみたいだけど、ユリアも剣は使うの?」

「……本当に少しだけだけど。アレクにも君の足元にも及ばない」

「アレクなんか魔法ちっとも使えないから、扱えるだけすごいと思うけど」

「……仮にも、“アレ”だから、ね」

 歯切れの悪い返答に、周りを見回して納得する。聞こえているかは分からないが、周りに他人の眼があるとユリアーヌの事情は話し難いだろう。

 ユリアーヌが王子である事を知っているのは、ごく一部の人間だけだ。

 風魔法を応用して生み出した防音結界で、私とユリアーヌの周りを魔法の膜で覆う。

「今防音結界張ったから、周りには話している事は聞こえないわよ」

「平然と未知の魔法を使われると、どんどん私の大賢者としての自信が削られていく気がするよ」

「こればっかりは、環境が違うとしか」

 珍しいユリアーヌの弱音に首をかしげる。傍に居るけれどお互いの顔が見えない分、口が軽くなっているのか。

「そうだな……私達は十五年前、マリネを極限まで追い込んで魔法を教え込んだ。でも私は、あの時のマリネ程苦労をして魔法を覚えたわけじゃない」

「そういう意味での環境じゃなくて、勇者とか異世界の知識とか、そういうつもりで言ったんだけど」

「私も、結局マリネの言う、怠惰な人間なのだろう。……正直に言おう。私は十五年前、君の才能に嫉妬していた」

 緊張のし過ぎで、ネガティブスイッチが入ってしまったのだろうか。

 何と言えば良いのか分からなくて、言葉が出ない。こういう時、アレキスだったらなんて言うだろう。考えてみるが、頭の中のアレキスは豪快に笑うだけで教えてはくれない。ただ、ユリアーヌを抱きしめる腕を離さないよう、力を籠める。

「次々と教えた魔法を飲みこみ成長していく君を見て、今までの自信が木っ端微塵に砕け散るのを感じたよ。極めつけに、君はとうとう私の知らない魔法まで扱いだした。魔法の深淵にたどり着いたと思っていたのに、自分の居場所がただの通過点に過ぎなかったと知った時、恐怖すら覚えたよ」

 私の手の上に、ユリアの白くて美しい手が重ねられる。その手は、私の劣等感を刺激する手だった。

 だが、ユリアーヌにとっては、私の魔法がそうだったのだろうか。だとしたら、私はなんて酷い事をしていたのだろうか。


『……ユリアの前で言うなよ、泣くから』


 ふと、前にアレキスに言われた言葉が蘇る。

 私はそう言われた時、いい歳して泣かないだろうと思っていた。でもいくら歳をとったって、泣きたくなるくらい悲しい事に変わりはないのだ。ただ、涙を見せないだけで。

「私は、愚かにも君一人を旅立たせる道を選んだ。あの時の選択は悔やんでも悔やみきれない。君の苦しみも、怒りも、悲しみも、全て知っていたのに……」

 表情は見えないけれど、背中から伝わるユリアーヌの気持ちに、目頭が熱くなってくる。


 ――この時、私は心底から今回の召喚を良かったと思えた。


「だったら、今回は絶対に、私を一人にしないでね」 

「ッ! 約束する、絶対にもう、君を一人ではいかせない」



「あのー、お二人さん。何話してるか知らないが、突然イチャイチャし始めて辛いという苦情が俺のとこに来てるので、ほどほどにね」

 私とユリアーヌが、弾かれたように右隣を見る。いつの間にかやってきたアレキスが、ニヤニヤとした嫌な笑みを浮かべながらこちらを見ていた。



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