第十九話:頼み事
この世界にハンドミキサーはない。しかし、この世界には魔法がある。
電気に頼れない代わりに、全力で魔法と筋力を駆使して混ぜ合わせたケーキが焼きあがった。
綺麗な焼き色に、焼き釜から取り出した途端厨房に漂う甘い香り。
出来上がりに満足する私の隣では、手伝ってくれていた料理人達が肩を寄せ合いボソボソとした声で「あれを菓子作りと認めたらいけない」「意味が分からない」「曲芸を見ていると思ったらケーキが焼きあがっていた」などと言っている。よっぽど私のケーキ作りが衝撃的だったようだが、終始目を見開き口を半開きにした状態でありながらも必要な材料と機材をてきぱき用意してくれていたのは流石プロである。
デコレーションだけは魔法のごり押しではできなかったので、大部分を手伝ってもらいながら何とか完成させたのは、イチゴのような赤い果物が入ったシンプルなショートケーキ。果実にほのかな酸味がある分、生クリームの甘さが引き立てられる。
手伝ってくれた料理人達に礼を言って、ケーキを箱にしまって小走りに廊下を進む。ケーキの小箱に風魔法を付与して空中に浮かせているので持つ必要はないのだが、うっかり大友君達にでも出会ってしまったら面倒くさい事になる。
「あ」
などと考えていたからだろうか。早速展開していた魔力レーダーに大友君達の魔力が引っ掛かった。目的地の書庫に向かおうと思えば確実に遭遇する。
遠回りしようかと思ったが、避ける理由もないのでそのまま進む。小箱にかけた風魔法だけ、念のため解除しておく。
「あ、倉賀野さん」
角を曲がった所で、早速大友君が私に気づいて駆けよってくる。その後ろを河野君と千羽さんが続くのだが、千羽さんの視線が非常に刺々しい。
「こんにちは」
「こんにちは」
挨拶を交わしあうが、もちろん河野君は私と欠片も目を合わせないし、千羽さんは睨み付けるような視線で私の全身を見たかと思うと、その視線が右手に持つケーキの箱で止まる。
「倉賀野さんは、何をしていたの?」
「私は、厨房で料理を」
「あ、確かに、倉賀野さんから甘い良い匂いがする」
大友君が、私に一歩近づく。普段だったら千羽さんが視線で私を射殺せんばかりに睨み付けてくるのだが、その視線は未だにケーキの小箱にとどまっている。
……千羽さんもどうやら、ヴァリエやディーと同じらしい。
「えっと……もし大友君達が甘いもの苦手じゃなくて訓練も落ち着いた所なら、一緒に食べない?」
悩んだのは一瞬。
ディーへのケーキ作戦は、今すぐにという訳でもない。それに、大友君達が頑張っている事はアレキスから聞いている。娯楽の少ないこの世界。息抜きになるかは分からないが、甘いものは疲労回復に良いと聞くし、何より千羽さんがものすごく食いついているのが分かる。普段は私の事を毛嫌いしている彼女が、だ。
「今日の訓練は終わった所だよ。倉賀野さんが構わないなら、お相伴にあずかろうかな。千羽さんは、甘いもの好きだったよね?」
「えっ?! あ、そ、そうね。嫌いではないかな」
「冬樹はどうする?」
「俺はパス。好きじゃねーから。訓練所でもうちょっと剣振ってくる」
「そう……無理しないでね?」
「耕平に言われたくはねーなぁ」
河野君は、ひらひらと手を振りながら去っていった。彼はどうやら甘いものが苦手らしい。そして、河野君の名前がフユキだという事を初めて知った。大友君は大友耕平。千羽さんは知らない。今この世界に残っているメンバーで、千羽さんの事を名前で呼ぶ人が居ないので、おそらく分からないままになりそうだ。
大友君と千羽さんと連れ立って、食堂に向かう。道中、訓練の話を聞いたがアレキスの言っていた通り、あまり無茶な訓練は行っていないようでほっとした。
食堂についた所で、小皿とフォークを人数分とって適当な席に座る。食堂はビュッフェ形式で食事時なら色々な料理が並んでいるが、流石に今の時間は軽食しか並んでいない。その軽食の中に、前回召喚時に私が広めたおにぎりが混ざっている。西洋料理の中におにぎり。違和感が凄い。
ケーキを箱から取り出すと、千羽さんの眼が輝いた。やはり、彼女も甘いものには目がないようだ。
「イチゴのショートケーキなんだね」
「正確にはイチゴではないらしいのだけど、味も見た目もほとんど一緒だったから、口に合わないって事は無いとは思うけれど」
切り分けてあるケーキを、それぞれの小皿に乗せる。どうぞ、とすすめれば二人とも律儀にいただきますと手を合わせた。そしてスプーンで一欠けら切り分けると、パクリと口に含む。
「どう、かな?」
「甘くて……美味しい」
千羽さんが、思わずと言った風に口を開く。それからはきゅっと唇を引き結んでしまったが、手に握られたフォークはもう一欠けら、ケーキを切り分けている。
「甘さもしつこくなくて、僕は好きだな」
「口に合ったなら、良かった。――あ、ごめん、飲み物用意してくるね」
「僕も手伝うよ」
「大丈夫、慣れてるから」
いそいそと席を離れて紅茶を淹れる。魔法を使ってお湯の温度を調整できるし、カップも温められる。魔法便利。
ティーカップとポットをお盆に乗せて席に戻れば、いつの間にか千羽さんは三分の二を食べ終えていた。急いでカップに注ぎ、そっと並べる。
「ありがとう。それにしても、この世界でケーキを見た事が無かったから、勝手に無いものかと思っていたけれど、違ったんだね」
「ケーキ自体は珍しいものではないはずだよ。ケーキ屋さんもあるらしいし」
「そうなの?!」
千羽さんが再度食いついてきた。
「お城はどうしても男所帯だから、中々出て来ないけれどね。女性はメイドさん達のような使用人の人達ばかりだから、私達とは食事も違うし。パーティでも開かれたら色々並ぶんじゃないかな?」
「パーティ……」
「詳しいんだね?」
大友君の言葉に、内心ギクリとしつつも顔に出ないよう気を付ける。
「書庫で色んな人に会うから……えっと、千羽さんもう一つ食べる?」
これ以上突っ込まれるとボロが出そうなので、食べ終えた千羽さんにケーキをすすめる。千羽さんはだいぶ葛藤したようだが、折り合いがついたのか頷いた。
「そういえば、今度国境沿いの街に遠征に行くらしいんだけど、倉賀野さんは聞いたかな?」
「小耳には挟んだ記憶がある、かな」
小耳どころか軍団長から直接聞いているし、参加するつもりではあるがそう言う訳にもいかないだろう。
「そうなんだ……実は、アレキス団長に同行したいとお願いしたのだけど、断られてしまって」
アレキス、グッジョブである。
小林君の件もあるのでもっと慎重になるかと思ったら、結構大友君も大胆な性格なのかもしれない。
私の驚きが顔に出たのか、彼は首を振って否定した。
「あ、もちろん一緒に戦いたいとかそういう事ではないのだけど、ただ、魔獣ってどんな感じなのかなとか、実際の戦闘ってどうなのかなとか、そう言えば僕達実戦経験まったくしてないな、とか、そう言うのがあって」
「あぁ、そっか……」
確かに、実戦を知る事無くいきなり本番は怖い。その気持ちは分かる。できればその願いは叶えてあげたい気もするが、私も遠征に行くつもりなので身バレが怖い。
「それに今回の遠征、兵士の人達が言うにはもの凄く強い人が一緒に行くらしくて、だから絶対安全なんだって。でもその人、かなり気難しい人だから近づいたら取って食われるから、遠くから見ている分には危なくないって」
――それを言った兵士は突き止めて締め上げよう。
いや、私の事ではない可能性もある。アレキスや、ユリアーヌの可能性もある。
もし万が一私だった場合、傍に寄られるとバレる可能性があるから、近づくなよと過剰に脅かした可能性もある。
「どうしても、遠征に行きたい?」
「やっぱり、実際の戦闘がどんなものなのか……魔獣を倒すって言うのが、どういう物かは知っておきたいんだ」
「……なぜ、それを私に?」
私がそう言うと、大友君は少しバツが悪そうに顔を逸らす。
「その、アレキス団長には断られてしまったから、倉賀野さんから、ユリアーヌ先生に頼んでもらえないかな、って」
一瞬素で意味が分からなかったが、思いだして一つ頷く。そういえば、私とユリアーヌは恋仲設定だったのだっけ。
大友君もなかなかやるなぁと思うが、残念ながら私はユリアーヌとは付き合って居ないので、普通にお願いした所でユリアーヌはうんとは言わないだろう。
だが、勇者として頼めば、嫌とは言わない。
大友君の目論見は前提が間違っているが、結果は変わらない。
「分かった、頼んでみるね」
「ごめんね、ありがとう」
「ただ、私も同行するね?」
「「えっ」」
大友君と千羽さんの声が見事に重なった。




