第十六話:下げて上げて落とす
「面白い事になってんなぁ」
「他人事だと思って」
困った私とユリアーヌが妻帯者のアレキスの所にやって来たのは、他に選べる程の交友がなかったからでしかない。目の前で楽しそうにニヤつく顔を見てしまえば、絶対にこの男にだけは相談したくなかったのだが、背に腹は代えられない。
アレキスはこの数年の間に結婚をしていたらしく、前回の召喚時に恋人だと聞いていた人がいつの間にか奥さんになって、そしてお母さんになっていた。アレキスが父親になっていると知った時は驚いたが、アレキスの年齢を考えるとそれも当たり前の話だろう。なんせ、こちらの世界では十五年の歳月が流れているのだから。
「まぁ、でもいっそ良かったんじゃないのか?」
「どこが?」
「マリネがこっちに残る大義名分になるじゃないか」
そう言われれば、そう、なのか?
確かに一緒に帰ると嘘を言って、実際は彼らだけを送り返す事になるはずだったので、私の精神的には多少楽にはなる。なるけれども、結局勘違いが発生源だとしても、嘘を吐いている事に変わりはない。
腕を組んで唸る私の隣で、ユリアーヌも同じく腕を組んでいる。
「しかし勇者オノダは、かなりマリネを目の敵にしそうな雰囲気だったが」
「マリネが負ける事はありえないだろうし、別にいいんじゃないか?」
「他人事だと思って」
ユリアーヌまで、私と同じ言葉を言って天を仰ぐ。
*
結局アレキスに助けを求めたのは間違いだったと、早々に退散する。
碌な解決策も思い浮かばないまま、今度の遠征準備があるという事でユリアーヌとも別れた。三人寄れば文殊の知恵だった筈なのだが……。
宛がわれている客室に戻るために、独り長い廊下を歩く。ようやく城内は落ち着きを取り戻し、駆け回る兵士達によって読みにくかった魔力の流れも幾分か感覚を掴みやすくなった。
その中で、見知った気配が近づいてくる事に気付き、丁度庭園に差し掛かっていたので小走りに庭に出て低木の陰に隠れる。隠れるついでに、咲いている花を観察してみた。赤い花弁が幾重にも折り重なり、芳しい香りを放つ。読んだはずの植物事典から名前を思い出そうとするが、脳筋仕様の私の頭からは出てこない。この国ではそこまで珍しい花ではなかったはずだが、何だったか。
バラみたいな見た目なのに、バラ感が全くなくて、このクレイオパス国と似た感じの名前で――。
「その花、クリオっていう名前なんだって」
心の内を読んだような背後からの声に、慌てて振り返る。そこに立っていたのは、さっき魔力を見つけて避けたはずの、大友君だった。
「この国では幸福の花として、お祝い事には欠かせない花らしいよ?」
「そう、なんだ……詳しいんだね?」
庭木の陰に隠れて安心して魔力を確認していなかったので、声をかけられるまで気付いていなかった。前回の召喚から一年のブランクで、身体がなまってしまっているのかもしれない。
「以前訓練の合間に、団長が教えてくれたんだよ。その花で花冠を作って、プロポーズをしたんだって」
顔に似合わず中々ロマンチックな事をしている。
「それで、倉賀野さん。あの、小野田さんに聞いたのだけど……」
言いずらそうに視線を逸らす大友君に、小野田さんの行動力の速さを感じた。
「えっと、あれは……」
勘違いを訂正しておいた方がいいのか、アレキスの言う通りに利用してしまおうか、悩んで言葉がうまく出て来ない。
お互いに気まずい沈黙が流れる。
先に動いたのは大友君だった。
「知らなかったとはいえ、倉賀野さんには辛い選択をさせてしまったんだなって、すごく、すごく後悔した。小林君の事があって、気が動転してしまって、一刻も早く皆で帰らなきゃならないと思って、一人一人の事情や思いまで考えられなかった。だから、倉賀野さんがどんな思いで帰ると言ったのか、僕は何も気づけなかった。本当に……ごめんなさい」
深く頭を下げる大友君に、慌てて顔を上げてくれと頼む。彼が考えているような事は一切ないので、謝れると胸がチクチクと痛む。
というか、ここまで大友君が小野田さんの話をすんなり信じるとは思わなかった。大友君も私がユリアーヌと接点が無いと思っていただろうから、名前呼びが相当な衝撃だったのだろうか。
肩を落とす大友君を見ていると、勘違いを訂正したくなってくるが、アレキスの言う通り、私がこの国に残りたいという言い分にはなるだろう。
大友君達が帰った後、小野田さんがどれ程頑張るつもりか分からないが、魔王討伐の意思が無い小野田さんが残った所で、王様がいくら焚き付けようとも彼女は我が強そうだし、振り回されずに自分の目標に向かって突っ走りそうな気がする。
その目標が打倒私、とかだったらちょっと面倒くさそうだけども、一朝一夕で彼女が私よりも強くなるとも思えない。そう思える程度には、私は努力をした自信がある。
三人寄れば文殊の知恵とは、流石であった。アレキス案で行こうと私が決めた所で、大友君の真摯な瞳と視線が交わる。
「それで、考えたんだけれども……僕もこの国に残ろうと思う」
「――えっ?!」
「そして、僕が魔王を倒すよ。もう、誰も悲しんで欲しくないから、僕がやる。それが、僕が勇者になった理由だと思うから」
拳を白くなるまで固く握り、覚悟の灯った瞳でこちらを見てくる大友君に、私はぽかんと間抜けに口を開けるしかできない。
どうしてこうなった。