第十三話:嘘
話がまとまった所で、一度解散する。
大騒ぎの城内を放置してしまっていたので、ユリアーヌもアレキスも小走りで戻っていった。
今回の勘違いは、城内の人達には真実を明かす方向になった。そうじゃないと、魔族に対する禍根を残すと言われて、それもそうだなと自分の短慮を反省した。
しかし、他のクラスメートには隠しておいた方がいいだろうとユリアーヌに言われた。
「マリネは彼らに、自分が勇者だという事を知られたくないのだろう?」
「そう、ね。だったらお前がさっさと魔王を倒せと、思われたくないから」
「なら彼らがこの世界に残るのはデメリットしかないが……彼らを強制送還は、したくないのだろう?」
「無理やり呼び出されて、やっぱ邪魔だから帰って、というのは、私がイヤなの」
「だったら酷かもしれないけれど、彼らには今回の事は勘違いさせたままがいいだろう。覚悟がなければ、自然と自分達から帰りたいと言い出すはずだから」
「……そういう風に仕向けておいて、強制はしたくないなんて、ムシの良い話よね」
「そうかぁ? ユリアも言ってるが、最初からそういう事があるってのは、俺らは話をしてるぜ? それなのに、実際に起こったらやっぱり怖いから帰るって言うのは、俺らからしたら失笑もんだけどな。今回の一件は、あいつらに考える良いきっかけになるだろう」
アレキスにしては珍しく辛辣な口調に、首をかしげる。
「私達はマリネを見てしまっているからね。彼らの態度に、思う所がない訳ではないんだよ」
「特に勇者コバヤシはなぁ」
ガリガリと頭を掻くアレキスは、それから肩を竦める。
「帰るって選択したのは、まぁ納得だな。勇者オオトモは、真面目で良かったけど、他の奴らが帰ると言えば帰るだろう」
「大友君はきっとそうだと思うし、河野君と千羽さんは大友君が帰るなら帰ると思う。後は――」
「勇者オノダ、か」
小野田さんは、ユリアーヌから魔法を教わっているが、剣はまったく触っていないと聞いている。思案気に考え込むユリアーヌを見たが、彼は少しして首を振った。
「彼女は……ちょっと違う気がするから、今回の件では帰らないかもしれない、かな」
「違う?」
「まぁ、私に任せてくれ」
小野田さんとはほとんど会話した事もないし、ユリアーヌもそう言うので任せるしかないだろう。
窓から聞こえる城内の騒ぎは、だいぶ落ち着いてきたようだ。
窓辺にたって、王都を見下ろす。赤茶けた屋根が整然と並んでいる町並みを見ながら、息を吐き出す。
一人になると、途端に弱気の虫が騒ぎ出す。私なんかにできるのだろうか、高慢になっていないだろうか――。
そんな時、控えめなノック音が聞こえて、いつの間にか窓に持たれかかっていた身体を起こす。返事を返しながら扉を開ければ、疲れた顔の大友君が立っていた。
「話が、あるんだ」
「……わかった、入って」
部屋の中に促し、ソファをすすめる。大友君が座ったのを確認して、向かいに腰かえた。
「さっき帰ってきたところなんだけど、その……」
「話は聞いてる。小林君が……」
なんて言っていいのか分からなくて、二人とも黙り込んでしまう。
ちらりと伺い見た大友君の憔悴している顔に、本当の事を言ってあげたい気持ちになったが、私はぐっと飲みこんだ。
「そう、か。だったら、僕の話は想像がついているかもしれないけど、元の世界に帰らないかと誘いに来たんだ」
「……他の人達は、なんて?」
「河野と千羽さんは、僕と一緒に帰ると。ただ、小野田さんは……帰る気はないみたいだ」
「そう……」
ユリアーヌが言っていた通りだな、と思っていると、大友君は少し言いにくそうに声を落とす。
「ただ彼女は魔王を討伐する気はなくて、その……僕達を召喚したユリアーヌ先生は覚えているかな?」
「えぇ、一応」
「僕達に魔法を教えてくれているんだけど、彼女はその……ユリアーヌ先生が、好きになったみたいで」
「えっ」
「ユリアーヌ先生は勇者召喚の張本人だし、おそらく僕達が全員帰ってしまうのは困るだろうから、小野田さんが残ると言えば、彼女を邪険にする事もないだろうし、好意を無下にできないんじゃないかな。だから彼女だけが残っても、小林君の事もあるし、そう酷い事にはならないとは思うんだけど……」
歯切れの悪い大友君の言葉に、彼女の説得に相当苦労して、そしてできなかったのだというのが垣間見える。
ユリアーヌが任せてくれと言っていたのは、こういう事かと納得した。
確かにユリアーヌは顔が整っているし、物腰も柔らかいし、優しい所もある。
だが前回召喚された時は、おそらく近い年齢だったろうがあれから十五年。もし二十歳だったなら、今は三十五歳くらい。結構な歳の差だが、小野田さんは気にしていないのだろう。
しかし、三十五といえば結婚している可能性も高いが、ユリアーヌにそう言った気配がない。継ぐ気は無いらしいが、王族の、しかも第一王子だし、いないのだろうか?
そう言えば、そんな話はユリアーヌとした事がなかったなと、改めて思い出した。
「それで、倉賀野さんはどうする?」
大友君は、優しいなと思う。多分彼は、真剣に周りの事を考えて、そして心配してくれている。
私は、小野田さんが残る限り帰る事はできない。ただ、私が帰らないと言えば彼も残ってしまいそうな気がする。だから、一緒に帰ると言って、彼らだけ送還してしまえばいい。
ただ、彼に嘘を吐く事になるけれど。
「……わかった。私も、帰るよ」
あからさまにほっとした顔をする大友君を見て、胸が痛む。
聡い彼に気づかれない様に、私は顔を俯けた。