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第十一話:一緒に



 城に戻り、誰にも見つからないよう気配を読みながら廊下を歩く。まだ大友君達は帰っていないのか、城内は静かだった。

 部屋に戻り、そのままベッドにダイブする。スプリングの効いた無駄に広いベッドは、両手を広げて寝ころんだって余裕がある。

 ふかふかの枕に顔を押し付けて、深呼吸を繰り返す。


 私がやったのは、送還魔法だ。決して、小林君を殺した訳ではない。

 それでも、そう見えるようにわざとやった。


 最悪だ。やはり流れになんて身を任す者ではない。前回の召喚で懲りたはずなのに、私の脳筋頭は物を覚えていられないようだ。

 あの時の私は、たぶん、キレていた、と思う。

 冷静になろうと、深呼吸をした。けれどできたのは、会話を聞かれないようにと施した結界魔法ぐらいだ。

 私は、酷く暴力的な気分になって小林君を木に叩きつけた。彼が着けていた防具が良いものだったのか致命傷にならなかっただけで、あの時の私はほとんど手加減という物をしていなかった。


 私は、許せなかった。

 この世界を、“ゲーム”だと言いきった彼を、いち早くこの世界から追い出したかった。


 わかりきっていたのに。残った彼が、この世界を正しく現実として認識していない事は。なのに、改めて言葉にされて気付いたのだ。

 あのまま彼がこの世界にいたとして、何も考えずに魔族の命を奪うだろう。そしてゲームのように経験値も得られないし、亡くなった遺体は光となって消えない、その事を面倒くさいゲームだな、で流して次を求めて魔王城に向かうのだ。殺した魔族に、家族や、友人がいるかもしれないと、考えないで。

 なんて、おぞましい。



 控えめなノック音が、耳に届く。

 枕から顔を上げて、返事をしながらベッドから降りる。扉を開けて入ってきたのは、ユリアーヌだった。

「随分早く帰ってきたのだな? 何かあったのか?」

「……何の事、と言っても誤魔化しきれないくらい、確信がありそうね」

「マリネの魔力は大きすぎて、城内に居るかいないかくらいは分かる」

「あぁなるほど、だからこの間も部屋に居ると思って入ってきたのか」

「ッ――す、すまない!」

「忘れてと言ったのは私なのに、ほじくり返したんだから私が悪いのよ」

 部屋に備え付けられているソファに座る。ユリアーヌは、正面に座った。

「彼らの後を、ついて行ったのだろう? 何があったんだ?」

「小林君を、帰したわ。おそらく、他の三人はこちらにまっすぐ帰ってくると思うけど、その後帰りたいと言いだすかもしれない」

 そう思うように、わざとあんな風に仕向けて小林君を送還したのだ。思ってくれなきゃ困る。まさか、大友君までこの世界をゲームの世界だとは認識していないだろう。キチンと危険性を理解して、帰ろうと全員を説得してくれるはずだ。

「マリネ……何が、あったんだい? 顔色が、良くない」

「自分の馬鹿さ加減に腹が立っているだけだから、気にしないで」

 ユリアーヌが、秀麗な顔を歪める。よっぽど私の顔色は良くないらしい。前回の召喚時に、私が魔力切れを起こして胃の中のものを全て吐き出してしまった時と同じ顔をしている。

「私には、力がある。この国の問題を解決するだけの、武力が。けれど、それをした所で一時しのぎにしかならない事は、私が今ここにいる事が証明してる。ユリア、私はどうすればいいの? どうすれば、皆が幸せになれるの?」

 本当にこの世界がゲームなら、誰もが幸せになれるハッピーエンドがあるはずだ。

 でも、ここはゲームじゃない。目の前のユリアも、打ち込まれたプログラムじゃなくて、自分で考えて、感じて、動いている人間だ。


 現実では、誰もが幸せになれるハッピーエンドはあり得ないの?


「私は、ユリアにも、アレキスにも、人間にも、魔族にも、幸せになって欲しい。傲慢な願いかもしれないけど……それができるのが、勇者じゃないの?」


 私は知ってしまった。人間も、魔族も、何も変わらない。

 ただ、その身に魔力が多いかどうか、長生きするのかどうか、その違いだけ。

 笑って、泣いて、怒って。喜怒哀楽を感じる心に、人間も魔族も違いはない。


 前回の召喚時、平和的解決を望んだ私は魔王だったダルと話をした。ダルは一定の理解は示してくれた。けれども、人間との和解は難しいと断られた。

 勇者の召喚が行われるずっと前に、魔族と人間はお互いに死者が出るような争いを行っている。大切な人を奪われた恨みは、特に寿命が長い魔族にとっては、人間が忘れてしまうような昔も昔じゃない。子供の頃から植え込まれた敵愾心は、そう簡単にひっくり返らない、と。


「私は、誰も殺したくなんて、ない。あんなに、死ぬ思いで手に入れた力は、結局、何の役にも立たない。あの日々は……努力は、何だったの……」

 鼻の奥が、ツンと痛む。顔を伏せれば、ぽたりと太ももの上に水滴が落ちる。

「どう頑張ればいいのか、分からないよ」

「――マリネ」

 思っていたよりも、近くから声が聞こえて咄嗟に顔を上げる。ソファから腰を上げて、整った顔を傍に寄せるユリアーヌが、真摯な瞳でマリネを見ている。

「マリネ、ありがとう。マリネの気持ちは、とても嬉しい。だから」

 ユリアーヌの指が、頬を流れる涙を拭う。


「だから、今度は私も一緒に頑張らせてくれないか?」



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