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第十話:悪役



 横薙ぎに振られる剣をギリギリの所で躱す。返す流れで振り下ろされた剣も横に飛んで避けながら、お返しとばかりに剣先を刃を潰して鈍器と化した片手剣で掬い上げた。

 堪らず後方に大きく飛んで逃げる小林君を、深追いせずに見送る。


 やはり、連携はまったくできないようだ。今の間に魔法の一つ二つ、飛ばすぐらいの隙はあったのに、大友君達はこちらを見ているだけで手出しをしてこない。援護したくても誤射が怖くて援護ができない人が一名と、興味がない為観戦モードなのが二名という所だろうか。

 私にとってはラクでいいのだけど……本当に、よくこんな状態で城から出てこようと思ったものだ。


「クソッ、ちょこまかと躱しやがって」

 忌々しいと言わんばかりの視線で小林君に睨み付けられて、私は軽く肩を竦める。

「オーホッホッホ、私の下僕相手に手も足も出ないとは、勇者なんて恐れるに足りないですわね」

 後ろからヴァリエが煽る。流れに身を任そうとは思ったけれど、もうちょっと打ち合わせしておけば良かっただろうか。

 小林君の放つ殺気、というよりも怒気が膨らむのを感じる。

「おいおい、小林。魔王なんてラクショーなんじゃなかったのかよ。部下の下僕だとかいうやつに押されてんじゃねーか」

 河野君のヤジに、小林君が不機嫌そうに睨み返す。

「押されてねーよ。アイツだって、ほとんど避けるだけじゃねーか」

「いやいや、流石に俺らも軍団長さんに習ってるから分かるんだよ。さっきから、ギリギリで躱されまくってんのは完全に見切られてるんだろ? 俺らも軍団長さんに一ミリ単位で避けられるからな。あれ、遊ばれてんだろ?」

 アレキスってばそんな事してたのか、と内心呆れていると、忌々しそうに顔を歪めた小林君は口を引き結ぶ。彼にも私の意図は通じているようだ。

「舐めやがって」

 小林君が、再度剣を構える。そして全身に魔力を巡らせる。どうやら付与魔法で身体強化をしようという事なのだろうが、すでにこちらに転移させられた異世界者特典の身体能力強化によって、彼は力に振り回されている所がある。

 アレキスも言っていたが、まだ身体と力のバランスがとれていないのだろう。

 そんなところに魔力で更に身体能力を向上させるなんて、素人がアクセル踏み込んでカーブに突っ込む様なものだ。


 まさしく弾丸のようなスピードで、小林君が突っ込んでくる。確かに先程よりも数段早い。

 だが、早いだけだ。

 動きは直線的だし、何より身体がスピードについて行けていないので、スピードに負けて型が崩れている。剣が地面と平行に浮き上がり、剣先はぶれ動く。

 何度か打ち合って分かった彼の剣の癖も持ち味も、全て消えてなくなっている事に、本人は気づいているのだろうか。


 避けるとうっかりヴァリエに突っ込まれかねないので、迎え撃つしかない。

 下手に剣を使うと深手を負わせかねないので、剣はしまう。それから飛びかかってくる小林君に、こちらも身体強化を施して突っ込む。

 彼の剣を握る手をひねり上げて剣を奪い取り、足払いを仕掛ければ凄い勢いでヴァリエの隣に立つ木に顔面から激突した。

 咄嗟にクッションとして風魔法をねじ込んだので、そこまで重症ではないだろうがかなり大きな音が森を震わせる。

 ヴァリエの顔に浮かぶ笑みが、ひきつっていた。アクセル全開の車の先に、バナナの皮を落とすような選択をしてしまったなと、ちょっと反省する。

「小林君!」

 飛び出しかけた大友君を、河野君が押しとどめる。千羽さんがヴァリエに向かって火球を飛ばすが、危なげなくそれを躱した。私もヴァリエを庇う位置に移動する振りをして、大友君達が躊躇いなく行けるように小林君への道を開ける。

 大友君が、河野君を振り切って駆け寄る。河野君と千羽さんも、こちらを警戒しながら彼に続く。

「千羽さん、回復魔法を!」

 大友君に言われて、千羽さんが回復魔法を唱える。その回復魔法にこっそり干渉して、小林君の怪我を治す。見る間に小林君の怪我が消えたのを、千羽さんが訝し気に見ていた。

「っ――」

「小林君、無茶しない方が」

「うるせぇんだよッ」

 急に起き上がろうとした小林君に差し伸べた大友君の手を、小林君が払いのける。河野君と千羽さんの空気がピリつく。

「なんっなんだよ、聞いてねーよこんなん! 魔王なんて弱いって王様言ってたじゃねーかよ、なのにただのクソ雑魚相手に、なんで俺が遊ばれなきゃなんねーんだよ!」

 どうやら小林君を煽っていたのは、王様らしい。つくづく、私に喧嘩を売ってくる人である。

「部下だか下僕だか知らねーが、お前等なんてさっさと勇者の踏み台になってりゃいいんだよ! こんなゲーム、クソつまんねぇじゃねーか!」

 武器もなく、素手で小林君が飛び込んでくるのを、私も素手で迎え撃つ。繰り出された拳を躱して掴み、ひねり上げてそのまま傍の木に思いっきり叩きつける。今度はクッションの魔法なんて挟まなかった。


 ゲホゲホと苦し気に咳き込んで、痛みに身体を震わせる小林君の隣に立って、見下ろす。

 一度深呼吸をする。私と小林君を、結界魔法で包む。

「帰りたい?」

 痛みで涙の滲む目を向けられる。その瞳の空っぽさに、眉を寄せる。

「苦しいのも、痛いのも、嫌なのでしょう? 帰りたい?」

「かえ……りたい……帰り、たい……もう、嫌だ……こんな所、もう、帰りたい……」

「わかった」

 右掌を彼に向け、呪文を唱える。白い光が辺りを包む。眩しさに目を眇めて、それでも詠唱を続ける。


 光が収まった後、小林君の姿は無くなっていた。

「小林、君……?」

 大友君の、呆然とした呟きを聞きながら背を向ける。

「帰ろう」

 ぼそりと、ヴァリエに伝える。彼女は不満そうに唇を尖らせて、しかし大人しく空に飛びあがる。私もその後を追う。

 大友君の叫び声が地上から聞こえて、チクリと胸が痛んだ。



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