第九話:自称第一の部下ヴァリエ
「まぁ、予定が早まっただけと思えばいいか」
ユリアーヌから話を聞き、とりあえず夕食を用意してもらい食べ終わった後はまた魔王城に飛ぶ。
嫌そうな顔をして出迎えてくれたディーに、勇者達が動き出したことを報告したらすぐに表情を引き締めた辺り、ちゃんと魔王っぽいなと少し見直した。
とりあえず用意して欲しい物をいくつか頼むと、こいつマジで勇者と戦うつもりかよ、という表情でドン引きしていたので軽くデコピンしたら痛みでもんどり打っていた。そんなに力入れていないのに……。
翌日、聞いていた通り小野田さんを除く全員が、魔王討伐の為に城を出ていった。アレキスに詳しく話を聞いたら、全員での連携練習などもしていないらしく、完全に個人プレイで突っ走る未来しかみえない。しかもユリアーヌ曰く、回復魔法は千羽さんが浅い傷を治す程度らしく、そこも不安しかない。
王国の兵士達も、心配そうな顔で見送っている。反して、クラスメート達は意気軒昂だったが、大友君だけは心配そうに小林君を見ていた。
残留組の一人、小林君は実家が古武術の道場を開いているらしく、最初から並の兵士程度の実力があった。そこに更に、異世界人特典なのか、身体能力の向上である。
図に乗る、というと言葉に棘があるが、そういう状態らしい。
特に、クラスメートは兵士達とは別にアキレスだけで面倒を見ていた為、彼が比べるのは一緒に召喚された、武術なんてやった事もない大友君や川野君、千羽さんである。ぐんぐんと彼は自分の鼻を長く伸ばしてしまったそうだ。
だが、これは私の責任もあるだろう。アレキスに優しくして欲しいと伝えたので、かなり手を抜いて彼らを指導してくれたらしく、余計に拍車をかけさせてしまった感が否めない。
ここは、私が責任を持って、その鼻っ柱、へし折ってやらなければならないだろう。
彼らが出発したのを見送ってから、私も彼らの後を付いて行くと伝えて城を出発する。そして城下町から離れた所で、一度彼らの追跡から離れる。
ディーと約束してた場所に行くと、不貞腐れた顔をした同い年ぐらいの女の子が立っていた。真っ赤なロングストレートの神をポニーテールでひとまとめに括り、猫のようにくりっとした目が私を見つけて鋭く尖る。彼女は手に持っていた、自分と同じ黒いローブを、私に向かって放り投げた。
「ディー様のお願いだから、今回だけアンタの言う事は聞いてあげる。私はヴァリエノマスゼス、ディー様の一番の部下よ」
「ヴァリエね、よろしく」
「馴れ馴れしく呼ばないで! ヴァリエ様と呼びなさい!」
「ヴァリエね、よろしく」
改める気の無い私の返答に、ヴァリエは憤慨したように地団太を踏んで、しかしすぐにそっぽを向いた。
ヴァリエにもらったローブを広げると、上着とアイマスクが出てきた。ベネチアンマスクのような繊細な装飾が施されたマスクは、ちょっと恥ずかしい。なんだかディーの悪意を感じた。
代わりを用意してもらう暇もないので、手早く装備する。
「それじゃ、行きましょうか」
「私に命令しないでちょうだい!」
「はいはい、わかったわかった」
飛行魔法で空へと浮き上がる。ディーには「飛行魔法ができて扱いやすい子」とお願いしてあるので、ヴァリエも空は飛べる筈である。扱いやすいかはかなり疑問ではあるが。
「見失いたくないから、ちょっと急ぐよ」
クラスメートの魔力を探りながら、急いで追いかける。遅れて後ろをついてくるヴァリエの魔力を気にしながら、さてどうしようかなと考える。
追い返すのは簡単だ。
悪いけれども、万が一にも私が彼らに負けるとは思わない。あの地獄のような日々は、そう思うだけの自信を私に与えてくれた。
なら、適当に痛めつけて追い払う? しかし、変に優しくして希望を持たれるのも面倒くさい。
いっそ、こてんぱんにやっつけて、帰りたいと思わせる、か。
正直、彼らのお遊び気分での魔王討伐旅は、頭に来ている。
ここは、ゲームの世界ではない。怪我を負えば痛いし、セーブしてやり直しもできない。
魔獣はすぐに湧き続ける訳ではないし、倒せば光となって消え去る訳でもない。
ここは、非現実的な現実なのだ。
ただ、彼らがこの世界をゲームと思ってくれるなら、それでもいいかなと思う気持ちもある。
あんな、地獄のような苦しみと、誰かの命を奪わねばならない悩みを抱えて涙して欲しくはない。
身勝手だな、と心底思う。
あれもヤダ、これもヤダ、でクラスメートを振り回しているのは、この世界に召喚したユリアでも召喚を決めた国王でもなく、私だろう。
真に彼らを思うなら、召喚された時に無理やり全員帰してしまえば良かったのだ。それをしなかった時点で、私が彼らに何かをしてあげよう、という上から目線はエゴの塊だ。
「ほんと、嫌な奴だよ」
思わず声に出てしまい、喉の奥で笑う。
私は小学校高学年の頃、クラスメートからハブられていた。
いじめ、ではないと思う。あの時の私は、そう感じていなかった。
ただ、今までグループで課題をやろうという時は一緒にやっていた女の子から、唐突に言われたのだ。
「万里音ちゃんって、性格悪いよね」と。私はびっくりして何も言えなかった。
その日からその子とは疎遠になり、他の子も積極的に私に話しかけてくる事もなく、私もアプローチする事なく、気付けば挨拶する子もいなくなり、グループを進んで組んでくれる子もいなくなった。
中学校に進学しても状況は変わらず、ただ、私はその状況を気にしていなかった。
別に暴力を振るわれる訳でも、シカトされる訳でもなかった。私が声をかければ話してくれたし、一緒のグループになれば共に課題をこなした。
ただ、私に話しかける用事が無いから、誰も私に話しかけないだけで。
高校生になって、同じ小学校の人達が格段に減り、そうしてようやく何人か挨拶を交わす程度の交友関係はできたが、親友と呼べるほどの友達は未だにいない。
それは、私の性格が悪いからだ。
きっと、私は誰かを不幸にさせている。でも、私にはその理由が分からない。
クラスメートの魔力に近づいたので、気づかれる前に地上に降りる。
丁度森に入った所で、周りに巻き込んでしまいそうな人たちの姿もない。迎え撃つならここが良いだろうと、先回りして待ち構える。
「それで貴方、どうするつもりなの?」
「とりあえず、流れに身を任せてみる。私は喋れないから、お話は任せる。けど、彼らがやる気なら私が相手するから、ヴァリエは下がってて」
「随分無計画ね」
「頭を使うのは苦手なの」
ガサリと、草を踏みしめる音が微かに聞こえた。
クラスメートが近づいてくるのを感じて、私は口角をあげる。
そうだ、私如きがうだうだ考えた所で良い案は出てこない。なら、流れに身を任せるのも一興だろう。
木々の間から、クラスメートが現れる。彼らは突然現れた私達に目を見張り、そして向けられる殺気を感じてか身体を強張らせる。
「こんにちは、勇者様方。私、魔王様の第一部下、ヴァリエノマスゼスですわ。覚えなくても結構よ。どうせ貴方達とは、ここでお別れですから」
ヴァリエの見事な悪役染みたセリフに、心の中で拍手を送る。
完全に喧嘩売っているヴァリエに釣られ、彼らは持っていた剣を構えた。その構えは、中々様になっている。
「魔王の部下か、腕試しには丁度いいじゃねーか」
「油断しないで、小林君。相手は二人だよ」
「だから何だってんだよ、この俺が負ける訳がないッ」
地を蹴って駆け出してくる小林君を見て、ヴァリエを下がらせ持ってきていた刃を潰してただの鈍器になった剣を手に持つ。
まぁ、こうなるよなぁ。