転生したら魔女になりましたが転生前の自分に口説かれてます!【第一回書き出し祭り投稿版】
肥前文俊先生主宰の【第一回書き出し祭り】に投稿・掲載されているものをそのままこちらにも投稿してあります。
これをそのまま、なのですが連載版と見比べて楽しんでいただければと思います。
書き出し祭り楽しかったのですよ!(/・ω・)/
同じものをツギクルさんにも登録してみました。
ライフルから排莢して、男は静かに息を吐いた。残弾も残りわずかだ。乾燥した空気の中に土埃と硝煙の臭いが漂い、どこかで破壊された車両から漏れ出しているのかガソリンの臭いが鼻につく。遠くまだ発砲音らしき破裂音が聞こえてくる。男は暗視装置越しに油断なく警戒しつつ、残敵を探す。
黒く焼け焦げた建物の外壁に隠れるようにして、そっと様子を窺っていたものの、遠くに爆発音が聞こえはするが男の周りは静かなものだ。息を密やかに吐き、軍靴のつま先で探るようにしながら一歩踏み出した途端男の耳にかちり、と小さな音が聞こえ次いで全身を吹き飛ばす衝撃が襲った。
しまった、と思ってももう遅い。建物の傍だったから、地雷が仕掛けられている可能性は少ないだろうと先入観を抱いてしまった。全身が激しく何かにぶつかったと思ったら息がつまり、すぅっと周りの気温が下がったような気がした。男は視界が暗くなり音すらも段々と聞こえなくなるのを感じていた。
踏んだのが地雷だったのか、不発弾だったのかまではわからない。しかし足元を確かめずに一歩を踏み出したのは迂闊だった、と思いながら男の意識は闇に沈んだ。
ボン、と小さな爆発音がして、エーファの持った試験管から小さな煙があがると同時にきらきらとした虹色の何かが底で小さく渦を巻き始めた。
「よしよし……まずは成功」
にんまりとした笑みを浮かべるのは、柔らかそうな銀色の長い髪を無造作にまとめ上げ、眼鏡を掛けた少女。特徴的な長い耳が揺れ、ちりん、と耳の先に着けられた装飾品が小さな音を奏でる。眼鏡の奥には若葉色の理知的な瞳が嬉しそうに弧を描いた。
「あとはこれを入れて、と」
試験管に更に別の試験管から試薬を流し込んで緩く底が円を描くように振る事しばし。試験管の底光っていたモノが段々と凝縮し、ころんと小さな宝石が転がった。それを試験管を傾けて手のひらで受け、窓から射しこむ陽光にかざしつつひっくり返して、片目を眇めて内容物や気泡などを確認する。
「うん、上出来。気泡も亀裂もないし材料が溶け切れてないところもない。これだったら魔石屋も高く引き取ってくれるでしょ!」
にんまりとした笑いを浮かべつつ、手のひらに転がした、少女が【魔石】と呼んだ内部からふんわりとした光を放つ宝石を布袋にしまい込む。
「さて、これを売りに行ってあとは調味料とか買って……」
纏っていた真っ黒なワンピースを脱いで、ディアンドルに似た若い娘用の服を身に着ける。防寒用に何枚か重ね着をして、最後に毛皮で作ったフード付きのマントを着込み、しっかりとその特徴的な耳を隠せば完成だ。小さな小屋の建てつけの悪い扉を開けて、外から鍵を掛ける。こんな森の中だから、留守中に入ってくる輩はいないだろうけれども念の為だ。中には調合の為の機材や薬草や鉱物、毒物などが満載なのだからそれはマナー、と言うモノである。
重い木の扉を開けて、いざ行かんと雪の上に一歩足を踏み出したところで、異変は起きた。エーファの目の前に小さな光が集まり、徐々に大きくなって空気をひずませる。空気が軋んで景色が歪み、何とも言いようのない脳に直接響くような音が鳴ったと思ったら、エーファの視線の高さにあったその光は膨張しながら雪の上に質量をともなって落ちた。明滅しながらその何かは大きくなり形をはっきりとさせていく。そしてある程度の大きさになると膨張をやめ、色づいていく。じっと見つめていると、それは人型の生物のようだった。大柄な、暗い色をした髪。そしてこちらの世界では見かけたことのない複雑な形状をした金属の棒。見たことのない材質の衣服など。けれど、その装備にも顔にも見覚えがあった。
「これ・・・前世のわたし!?」
驚きの余り、片手で思わず口を抑える。何故、こんなところに。前世の記憶は持ってはいるが、亡くなった時の光景は曖昧だ。
どうやって、死んだんだっけ。
そもそも記憶を持って生まれては来たが、こちらではエルフの子として産まれ、持ち前の魔力の高さと好奇心の強さから生まれ育った森を出て、人里近くの森の中に小屋を建ててそこで錬金術で魔石を作ったり薬草・薬石を調合して薬を作って麓の街へ卸したりして生計を立てている。エルフは希少な民で、見つかれば捕獲されて奴隷として売り飛ばされることも少なくない。だから、できるだけひっそりと暮らしている。前世の記憶や技術などを活かせるものはあまりなく、精々この小屋のトイレとお風呂、冷暖房とキッチンを前世の知識で魔改造したくらいのものである。
前世では傭兵業に就いていたから、死体なぞそれこそいくらでも見たことがあるが、今は転生してまっとうなエルフの自称美少女、として生きているのだ。死体なぞ余りお目にかかるものでもない。麓の村や町へ行けば、それなりに病気や怪我、寿命を迎えてぱたぱたと人は亡くなっていくが、エルフは病にも怪我にも強い。少なくとも現世に於いては、余りある好奇心を追求して錬金術と薬草術を収めた結果、魔女と呼ばれることもあるけれども至って普通の女の子なのだ。
だから。
今、とっても動揺している。あわわ、と文字通りおろおろしてはいるのだが、目の前に転がった男の死体(仮)は土と他の何か(考えたくもない)で真っ黒に汚れているし、真っ白だった新雪も男の身体からじわじわと広がる血で赤く染められていく。これは治療しなきゃならないのかそれとも森の奥にでも埋めて弔ってやらねばならないのか、若干二百歳程度のエルフの小娘に過ぎないエーファにはなかなか荷が重かったのである。
どうしよう、どうしようと内心あわあわしていると男が「う……」と呻き声をあげた。
「えっ!?生きてる!?」
前世の自分ならもう既に死んでいるんだから別人なのかとか、そう言う事を考える一方、とにかく今は生きているらしいこの怪我人を一刻も早く家の中に入れて治療に当たらねばならない。エーファは肚を括ると、すっと目を閉じて集中して見開いた。空気中に漂うマナ、と呼ばれる魔力の元となるものがきらきらと光を放ちつつ、エーファのかざした手のひらに集まってくる。それを握り、エーファが信仰する錬金術と医療を司る神、ヘルメス・トリスメギストスに祈りを捧げて目の前に横たわる男の怪我をその恩寵を持って回復するように祈願する。それを行ってから、治療にかかるのがエーファのやり方だ。祈りを捧げるのと捧げないのとでは格段に治療の難易度が違うし予後も違ってくるからだ。
一通り神への祈りを終えると、エーファは男を屋内に運び入れるべく、抱き起そうとした。だが相手は鍛え上げられた筋肉の塊である。いくら長命種のエルフとは言え、小娘が抱え上げることなぞ出来はしない。できそうなのも居ないわけではないが、今この場にはエーファ一人しかいないのだ。出血と低体温によるショック症状がとにかく心配だった。着ている衣類は埃や泥やらで汚れているから、それらからのウィルスや細菌による感染も怖い。前世とは違い、ここには死神や疫病を司る神だっているのだ。とにかく、運び込んで、温めて治療せねばならぬ。
男を雪の上から抱き起し、腕を自らの首に回して片腕を男の腰に巻き付けるようにして、腰のベルトを掴み同時に腕を掴んで立ち上がる。男に密着するとなにやらぺたりと肌が濡れたような感触がして、汗と鉄さびの臭いが鼻についた。余りの重さによろよろとよろけはするが、小屋の扉まではわずかな距離を男を担いで歩き、ガクガクと足を震わせながらも扉の前に立つと、開錠の呪文を口早に唱える。かちり、と小さな音がして先ほどまであんなに開け閉めに苦労した木製の扉が音もなくすっと開いた。
それには目もくれず、扉をくぐり、自室のベッドまで運んで、男を横たわらせた。手に掴んだままの銃は外して安全装置を掛け直し、防弾ベストやら弾帯やらは慎重に外して共に籠に入れていく。軍靴とズボンを脱がせてみれば、男の下肢を中心に酷い出血をしているのがわかる。洗浄と傷口の消毒を兼ねた水の治癒術を掛けつつ止血を行い、魔力を添加して効力を高めた薬草の粉末を掛けて再度治癒術を施す。あとは包帯を巻いて低体温とショック症状に気を付ければいい。手早く処置を進める中で、エーファは男の太ももにある痣に気が付いた。これは前世の自分にもあった痣だ。いまの生を生きる自分と前世の自分そっくりの容姿を持つ男の事でエーファは複雑な心境になった。だが、すべては処置を終えてからだ、と頭を切り替えて治療に専念する。
ひと通りの処置を終えて、エーファはほっと息を着いた。先ほど脱ぎ捨てた毛皮のマントに付着した血や泥汚れを浄化の魔術で落として、暖炉に薪を放り込んで気温をあげていく。輸血と言う手段が取れないのでとにかく鉄分やタンパク質、水分を補給させねばならないが、男が目覚めない事にはどうにもならない。
自らが普段使っているベッドは男には少し小さいようで、窮屈そうではあるが寒いよりはマシだろう。発熱していないだろうか、と額に手を当てるとわずかに呻いて男が目を開けた。
その瞼の下の紫色の瞳に、やはりと思った自分がいる。前世の自分は黒い髪に紫色の瞳をしていたのだ、と懐かしく思った。男の額は熱い。やはり熱が出たかと不安になる。水が飲めるかどうか問うと、頷いたので鉄瓶で沸かしていたお湯を雪で冷まして木製のカップに注いで男に飲ませる。ひとしきり飲み終わると、男は熱でぼうっとしながら、エーファの顔を見つめていた。何かしてほしいことがあるのかと思い、傍によると手を握られる。
「ねーちゃん、可愛いな。一発ヤらしてくんない?」
思わず、ぶん殴った。不可抗力です。