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形を与える悪魔

「若い男にみえるものが立っていた。

 歳は二十歳(はたち)もそこそこかな。

 とても整った顔立ちでね。

 ほほ笑んでいたよ。

 瞳が印象的で、とても柔らかい光があって、よく見たら潤んでいた。

 僕はぽかんとした。


『悲しいですね』


 とあれは言った。

 こんばんわ、ではなかった。

 僕は

『はい』

 と答えた。

 あれはうなずいた。


『死は、悲しいものです。それが殺人なら、特に』


 と言われて、僕は、心臓を急につかまれたようになって、息ができなくなって石畳に両膝をついてしまった。

 それはそんな僕にしゃがみ込んで、僕の肩甲骨をさすりながら、話し始めた。


『賢太君は、殺されました。この子の幼馴染の、時雄君と、一悟君と、純君に。

 まあ、故意ではありませんが、未必(みひつ)の故意ですね。

 除雪車が来ることは分かっていた。

 どのみち雪が降り続けば息もできなくなって窒息死、良くて凍死です。

 彼らは、それをした。

 なのに、彼らはその(あたい)を知らない。

 苦しむのは、貴方だけです。

 何故なら、貴方は何もできない。

 そうでしょう?』


 ……30年たっても一字一句覚えているよ。

 それくらい、それの言葉は僕に刺さった。

 僕は息を回復していたけれど、動くことができなかった。

 それ、のしたいことが分からなくて、とても混乱したんだ。


するとネズミが一匹、墓石の影から顔を出して、僕の顔の下まできて、目が合ったんだ。


……ネズミは


『デキナイ』


といった。

ああ、そういう顔をしたいのも分かる。

聴いてほしい。

あのネズミは、黒目ばっかりの瞳をきらきらさせて


『デキナイ』

 と、また言った。


 僕に語り掛ける男の形をした、あれは、ネズミに構わずに続けた。


『貴方は優しい。そして、人を傷つける痛みに弱い』


 ネズミは復唱した。

『イタミニヨワイ』

 カラスが飛んできて、墓石の上に留まった。

『ヤサシイ』


 僕は夢を見ているのかと思ったよ。

 カラスは、かあ、でも、があでもなく、最大限譲歩して、ぴゅーい、とかそういう鳥の鳴き方じゃなくて、オウムのように


『ヤサシイ』


と、はっきり言ったんだ。


 あれは、驚く僕に構わずに続けた。


『それは仕方のないことです。

 家族を殺されたものが、みんながみんな死に死を返したら、世の中はめちゃくちゃになってしまう。

 でも、あなたは寂しいですよね』


 ネズミは増えていた。

 野良猫もやってきた。

 カラスは僕から視線をはずさない。

 それぞれが、それぞれの声色で、合唱した。

『サビシイ』

『サビシイ』

『サビシイ』

『サビシイ』

『サビシイ』


 僕はめまいがした。

 気が、狂ってしまったのかと思った。


 あれ、は苦笑した。


『いいえ。

 貴方の(しん)は強いので、狂うことはできません。

 それもそれで、(むご)い事ですけどね。

 貴方ほど強くない彼らは、貴方の痛みも知らずに、生きていきます。

 賢太君を殺した、そういう意味で、最も貴方に近い間柄の彼らは貴方の痛みなど知らずに、その生を編む。

 とても、寂しいことです。』


『フコウヘイ』

『フコウヘイ』

『フコウヘイ』

『フコウヘイ』

『フコウヘイ』

『フコウヘイ』

『フコウヘイ』

『フコウヘイ』

……


 僕は犬や猫や、はたまた蛇やらネズミやらに囲まれていた。

 市内の動物が全部集まっているみたいだった。

 陽が沈んだ空は、まだ明るいはずなのにカラスで真っ黒に覆いつくされていた。

 酷い大合唱でね。

 救急車のサイレンに耳が痛くなるみたいに、三半規管の産毛(うぶげ)がめちゃくちゃにされるのを感じた。


 あれはそんな事などお構いなしに、僕に(ささや)いたんだ。

 不思議と、いや、不思議なことばかりだけれども、あれの声は、轟音(ごうおん)の中でもよく通った。


『彼らと和解したいでしょう。』


 そう言ったんだ。

 僕は目を見張った。


 それは、どんな怪奇現象よりも、怪異だった。

 僕の心の奥の、(かわ)きを、正確に言葉にしていたからだ。

 無意識の、奥の奥の願望という、母親の胎のようなところにうずくまっていたそれに、形を与えて、世界に生み出してくれた。

 何故か僕は、加代子が賢太を産んでくれた時を思い出したよ。

 彼女は、命と引き換えに、僕に賢太を託してくれた。

 あれ、は、痛みと引き換えに、僕の感情に、言葉をくれたんだ。

『あの子供たちが、今貴方に謝っても、それは心からではありません。

 罰への恐れ、でしかない。

 だから、貴方は本当の意味で、彼らを許すことはできない。

 それは、寂しいことです』


 動物たちは墓地を埋め尽くすのに飽き足らず、市内全部のそこかしこに溢れかえっている様相(ようそう)でね。

 好き勝手に


『サビシイ』

『サビシイ』

『サビシイ』

『サビシイ』

だの

『ツライ』

『ツライ』

『ツライ』

『ツライ』

だの

『カナシイ』

『カナシイ』

『カナシイ』

『カナシイ』

だの

『イヤダ』

『イヤダ』

『イヤダ』

『イヤダ』

だのわめきたてていて、もう、何が何だかわからなかった。


あれ、は、目じりに涙を浮かべて、ぽろぽろと、飼っていた金魚が死んでしまった時に息子が流したみたいに、綺麗な涙の滴をいくつも頬に流してね。

言ったんだ。


『私が、魔法を彼らにかければ、あの子たちは、貴方のお心を知るようになります。

とても、遠い未来の話ですが。

でも、ね。

未来など、一瞬ですよ。

その未来、彼らは、賢太君の価値を知ることでしょう。

それを、望みますか』


僕は、うなずけなかった。

それが、どういうことか、くどいほどに遠まわしで芝居掛かった言い回しが意味することが、分かったからだ。


代わりに僕は硬直した。

そして、動物たちは沈黙した。


不自然なほどの沈黙。

カラスは相変わらず空を黒くして渦巻いていた。

彼らは口をつぐんで僕を上空から、じっとみていた。

猫もネズミも犬も蛇も何から何まで、僕に眼を凝らしていた。


それ、は苦笑いした。


『そんなに、怖がらないでください。ただ、私の話をよく聞いてください。

もしも貴方が、魔法を望むなら、きいていただきたい願いが1つあります』


『オネガイ』

『オネガイ』

『オネガイ』

『オネガイ』

『オネガイ』

『オネガイ』


動物たちはまたわめきだした。


それは構わずに続けた。


『貴方のお勤めする交換所。

随分と施設が古いですね。

ええ。

貴方は真面目ですから、マニュアル以外のチェックで、お気づきでしょう。

もうすぐ停電が起きますね。

優秀ですからおわかりでしょう。

いつ、起きますか?』


僕は震えた。

それの言う通りだったからだ。

僕は質問に答えた。


『7月10日』


それ、は満足そうに微笑んだ。


『その通りです。

貴方は停電を防ぐために、修復を考えている。

交換器材の購入申請も出す予定ですね』


僕はうなずいた。

それは、悪戯でもたくらむ子供のように笑った。


『器材は間に合いません。

トラブルが起きますからね。

停電は起きます。

貴方は復旧しますか?』


僕はうなずいた。


『それが貴方のお仕事ですからね。

何分でできますか?』


『50分』


僕は答えた。

それは、困ったように眉をしかめた。


『速すぎます。

平均は90分です。

90分かけてしてください。

これが私の希望です。』


僕は、怖かったけれど、きいてしまった。


『もし、50分で直したら?』


『貴方は気が進まなかった。

それだけですよ。

他の誰かに、お願いするだけです。

90分なら、貴方は私の希望を叶え、私たちには、契約が成立する。

どうです?

良い話でしょう。』


僕は何も言えなかった。


そんな僕に、それは苦笑して

首を90度に曲げた。


死人みたいな曲がりかただったよ。


『できれば、貴方に契約してほしいんですけどねえ。

賢太君の死は、私もカナシイですし。

あの子は、生きていた時。

私に傘をくれたんです。

私は雨というか、水が苦手でしてね。

通り雨に途方にくれてたら、

お兄、さん、こ、れって、恥ずかしそうにね。

とても嬉しくて、あの時は救われました』


それ、は寂しそうに言って、懐から鳩を取り出した。

手品でよくやる、あれみたいにね。


一羽でたら次々とサイダーの泡みたいに出てきて、それを覆って、空に飛んで行って、全部飛び去った時には、それ、は消えていた。


 動物たちもね。


 僕は狐に包まれたみたいに、辺りを見回したら、声だけが響いたんだ。


『7月10日をお待ちしています。契約の呪文は、チチンプイプイですよ。

 忘れないでくださいね。

それが、私、村人である

境間(さかいま)との、初めのお約束、です』


ふざけている、と思った。


それから、酷い震えが来たんだ。


人ではない、何かに凝視されていた、そんな感じでね。


その感覚は続いた。

夜も、ただでさえ賢太が死んでから

眠れなかったのに、まるっきり眠れなくなってね。


動物が怖くてしかたなくなった。

それは今でもだけどね。

そうこうするうちに、来たんだよ。

7月10日がね』

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