力なき親
「何から話したら良いのか。時雄君、君が来てくれたらちゃんと話せるように、ずっと考えていたはずなんだけどね。いざ、君を前にすると、言葉が出てこないものだ。……僕はとても臆病だ」
と言って、正一は自らの人差し指の先で、脂分が乾いて久しいこめかみの皮膚をつついた。
「……ここの奥に、こぶ、が出来ている。腫瘍というやつでね。長くもない老い先に、止めをくれるらしい。そうなったらもう、怖いものなんかないはずなのに、ね。この期に及んで、怖がっている。色々な事に恐れを抱いている。……賢太、を、殺し、たのは、君たち、だろう?」
「はい」
時雄は目に力を込めて答えた。
「……だろうね。いや、知っていたんだ。君たちの事は知っていた。
保育園からの幼馴染で、送り迎えで、君たちの親御さんとあいさつもしたし、仕事が早めに上がった時には砂場で賢太と遊んでくれる君たちを柵の向こうから覗きながらとても感謝をしたものだ。
だから、ね。賢太が誰かに苛められている事は知っていたけれど、まさか、君たちで、まさか、どもり癖だとか、それが原因だとは思わなかったよ。
……あの子は僕の前では、ほとんどどもらなかったからね。
けれど、10歳になった頃からかな。傷を作って帰ってくることが多くなった。
まあ、親から見てもペースの変わった子だったからね。
僕はそれよりも、僕が片親であることが原因でいじめにあっているんじゃないかと思ってね。
学校に乗り込むことすらできなかった。騒いでも、騒ぐことがあの子を傷つけるんじゃないか、とね。……けれど、あの子を守るために、全力を尽くす覚悟があった。
つまり、引っ越しをして、教師の目が行き届く私立に入れなおそうと思って、実際転校届は出していた。
仕事先は変えれないから、通勤時間は長くなるけれど、賢太のためなら些細な話だ。
そもそも、乗り込んで騒いで賢太を傷つけることすら、あの子の命を考えたら、些細な話だった。
30年前の3月の末、雪の日にあの子が死んで、ね。僕の魂も、持っていかれたみたいにふぬけていたら、
あの子の同級生の女の子が何人も訪ねてくれてね。
泣いてくれたよ。
優しいこだったって。
算数を教えてくれたって。
塾の先生よりも分かりやすかったってきいて
さすがは我が子だと、僕は鼻が高かった。
女の子が問題が解けると、とても嬉しそうに笑ってくれたって聞いたときは、あの子のふくふくとした、はにかみ笑いを思い出した。
今でも、思い出すと、目が潤む。
はじめは、そういう話だったんだ。
彼らが話してくれたのは。
それから、ぽつりぽつりと賢太が君たちに、どもり癖で苛められていたことを、話してくれた。
僕は、叩き落されたよ。
ふ抜けていた時を幸せに感じるほど、辛かった。
我が子が死ぬのと、殺されるのなら、殺された方が辛い。
恨んでしまう。
何故、君たちなんだという疑問。
その苦しみは地獄でね。
けれど、僕は君たちに、何もできなかった。
つまり、そんな事をしても賢太は喜ばない。
むしろ泣くと思ったんだ。
それで、どうしようもなく。
仕事が終わると、毎晩。
あの子と妻の墓前に立っていたら、声をかけられた。
1人の若い男に、ね。
ああ、いや、人なのかな?
今でもわからないんだ。
あれが、ひとなのか」