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子供たち

 一悟の息子は大悟といって、顔立ちは母親の80%コピーだった。

 が、利発さは100%一悟譲りの少年で、その利発さ故に、(いじ)めという単語からは最も遠いと思われる少年だった。

 

 という話を、時雄は彼の通夜に向かう前に、代理店の同僚のTさんから聴いた。

 「うちの子がね、大悟君と同級生でね。……事故って本当にきついわ。親の身になると、特に、ね。」

 業務用の資料を手際よく会議机上に並べながら、Tさんがそう言ったとき、時雄はその胸中に影を覚えた。


 ― (いじ)めがあったのだな。 ―

 

 そう思ってしまったのは、もちろん彼と、二人の旧友が賢太を殺したからである。


 運命の皮肉なのか、ジグソーパズルのようなぴったり加減で、現代の苛めをたしなんでいた加害者たちは大悟を殺した。

 条件、年齢、色々な偶然を導く条件が、25年前のあの日に酷似している。


 時雄はため息をこらえつつ思う。


 ― 苛めをやる奴らは、加減を知らない。それは、いつの時代も。 ―


 ふと、喪服に合わせる黒ネクタイを襟の前で結ぶ時雄のこめかみに、1つの単語が浮かび、それは彼の胸にある影を濃くした。

(たた)り』


 その響きに不快を覚えながら、1歳の裕也が眠る乳母車に保温ブランケットをかける。

 

 北陸の3月は寒い。

 時雄は、この寒さとは種類の違う悪寒を背筋に感じて、康子の後ろ姿、主にしゃがむ尻の丸みに視線を投げ、気を紛らわそうとする。

 

 こめかみから祟りという言葉も払おうとするが、それは頭蓋の内側にこびりついたままで、むしろ彼の胸の影だけが、不快な濃さを増していく。



 裕也を親に預け、葬場に出発。

 冷えたハンドルを握る。

 フロントガラスに、3月の闇が、雪を吹き付けてくる。


 到着して、時雄は、黒の喪服に身を包む一悟の姿を遠くから眺めた。

 弔問客にひたすら腰をかがめている。


 時雄は小さくため息をついた。


― 老け込んだな。小さく。 ―


 35歳であるのに、耳の上あたりに目立つ白髪が、異彩を放っている。

 淡々とした面持ちは、子供の頃と変わらない。


 かすかな郷愁に胸中を複雑にしつつ、配給を待つように列をなす弔問客に加わり、色々考えあぐねているうちに、彼は喪主の前まで到着してしまった。


 一悟と視線が合う。


「なんで、お前が来るんだよ? 俺に思い出させて、何がしたいんだ? 俺もお前も人殺しだ。大悟は賢太と同じ死に方をした。それは俺たちのした殺しとは関係がないはずだ。けど、な。お前がきたら、関係があるんだ、よ。……俺をえぐって、何がしたいんだ? 何を考えようがお前の勝手だけどさ、今晩、くらい、は、ほっといてくれよ。……大悟が、落ち着いて寝れないじゃない、か」


 罵倒の錯覚。

 が、それはあくまでも錯覚に過ぎない。

 

 実際は、表情も言葉も無かった。

 静かに上半身をかがめる、一悟の一連の対応は他の弔問客にあたるものと丸っきり差がない。

 その所作には虚無しかない。

 そして、虚無は叫びだ。


 一悟のこの叫びは、時雄の胸の影を濃くした。

 それは胸骨を満たして、背筋を這いずり回り、ゆるやかに、急速に彼を浸していく。

 この感覚に彼の手指は震えるが、面持ちと姿勢を正して、喪主に礼をする。

 それから焼香を済ませ、足早に通夜の本会場を出ると、純に出くわした。

 目が合う。


 10歳の頃より随分と肥っているが、つぶらな瞳は変わらない。

 時雄が胸に複雑を覚えていると、

 「よっ」

 と純が右手を挙げた。

 タクシーを呼ぶみたいだ。

 不謹慎なほどに笑顔が軽く、温かいので、時雄の中で何かがほぐれる。


 「おう。久しぶりだな。……肥えたな。特に腹回りが」

 「そうか? ま、結婚もするとさ、お姉ちゃんたちの目とか気にしなくなるしな。で、食い物しか楽しみがなくなるから、自然っちゃあ自然だよな」

「馬鹿野郎。奥さんだって、お姉ちゃんの一種だろうがよ」


 時雄は極力抑えた音声で笑った。

 純の隣に控えるやせぎすの夫人と目が合う。

 ネックレスとして胸元にぶら下がる黒真珠の粒が大きい。


「ああ。妻の美恵だ」

 という純の声に合わせて、苦笑と会釈をする。

 その刹那、夫人のすれっからしのカカシのような二の足の隙間から、幼い顔がのぞくのが見えたので、時雄はその口角を上げた。

 純に視線を戻す。


「可愛いな」

「だろ? 美葉(みわ)だ。今5歳だよ。……嫁にはやらんぞ」

「馬鹿野郎。俺も年貢は去年納めた。ほら、あいつが妻だ」


 と笑いを言葉にこめつつ、時雄はあごの先で、通路の奥をさす。

 妻の康子が歩いてくる。

 純と目が合い、2人はお互いに会釈をした。


「美人じゃないか。面食いめ」

「三日で飽きたけどな」

 純が冷たい目をする。

 と、彼の娘が駆け寄ってきた。


「美葉あ。駄目だぞー。こういう感じの男にひっかかっちゃなあ。パパは心配すぎるぞお」


 と、語り掛けつつ、肥えた父はその娘を抱き上げる。

 その姿に、


 ― 幸せそうだな。 ―


 と時雄が和んだ刹那、ぽつりと純は言葉を漏らした。


 「……いつの時代もさ、変わんないよな。馬鹿が起こすことって、さ」


  時雄は、はっ、として純を直視したが、旧友は彼に視線を合わせずに、彼の腕に抱き上げられている娘、美葉のふくふくとした頬を凝視している。


 その美葉は、その通夜からきっかり5年後。


 雪も早めに解けかけ3月の末、季節外れの大雪の日。


 帰宅の遅かった彼女は、除雪車に巻き込まれて死亡する。


 雪解けの雪がごっそり融けかたまっている歩道脇の雪山の上を歩いていて、固まり方の緩い雪に埋まったのが原因である。


 午後7時30分に除雪車は、美葉の埋まった道端である雪山に入った。

 この車輌はそのまま、前輪のミキサーで10歳児の肉体を挽ひいた。


 雪は予報を違えて降り続き操作者の視界を覆っていたこと。

 赤く染まる雪に、誘導者が止めをかけた時にはすでに女児の頭蓋骨は砕かれて、眼球も抉えぐられていた。



 その享年は10歳だった。

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