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雪の日の殺人

 この話に登場する怪人:境間(さかいま)

 悪の組織、『村』の怪人。笛吹きの子孫。

 動物使い。

 幻術も嗜む。

 助役として悪の組織を取り仕切る彼の業務は多岐にわたる。

 しかし嫌な顔一つ見せないで仕事に励む働き者である。

 特に熱心に取り組むのは強者のヘッドハンティング。

 だが彼の眼鏡にかなう者は滅多に現れない。


※※※


 -30年前-


「なんでさあ。賢太ってなんでもかんでもうまくやれない、わけ?」

「え、と」

「え、と、てなんだよ。えっとだろ。そういうのを吃音(きつおん)て言うんだってさ」

「き、っ、おん?」

「き、つ、お、ん!頭悪いよな。賢太ってさ。頭悪い賢太に賢いとか名前つけちゃうお前の親ってさ。絶対頭悪いよな」

 そう言って、時雄、当時10歳は笑った。


 隣の純とその向こうの一悟も、間を合わせるように笑う。


 賢太も困ったようにして笑った。


 その顔に時雄は、かちん、ときた。


「親馬鹿にされて何愛想笑いしてんだよっ‼」

 声を荒げる。


 すると賢太はきょとんとした。


 笑いに笑いを合わせることしか知らない。

 言葉の意味を考えない。

 共同作業ではいつも足を引っ張る。

 共同の意味を考えないからだ。

 合唱会では音程をはずす。

 学芸会では竹のくせにかぐや姫を転ばせる。

 運動会ではリレーで隣のクラスにバトンをする。

 最悪だ。


 最悪なくせに絵以外の成績は時雄達よりいい。

 生意気だ。

 生意気なくせに親を馬鹿にされても笑う。


 ここに時雄の正義感は刺激される。

 

 そして、こんな奴なら(いじ)めても良いと思う。


 それに時雄は賢太を苛めるとスカッとするのだ。


 賢太にムカッとされられたのだから、スカッとさせてくれるのは賢太でなくちゃな、とも思う。


 時雄は賢太のみぞおちに右手のひらを突き出した。


 賢太は、けほっ、と声を漏らす。

 一度溶けてから凍り直した雪道の滑らかさも相まって、尻もちをつく。


 間をおかずに時雄は長靴の先で、賢太の顎を蹴り上げる。

 サッカー少年団所属の時雄の蹴りはそれなりに強烈だった。


 賢太は舌を噛んだ。

 口元を両手で抑えて涙目である。


 見下ろす時雄は冷たく言う。


「笑ってみせろよ」


 賢太の眼は大きく開かれる。


「はやくしろよ」

「……え、と」

「遅い」

 時雄は再び賢太の顔面を蹴り上げる。

 今度は鼻に当たった。


 いじめられっ子は両手で鼻を押さえた。

 そのまま泣き出す。

 手袋の下に赤がにじんだ。


「やりすぎだよ」

 純が後ろから言ってくるので、時雄は凄んだ。


「ああ? こいつだろ? おっそいし。イライラするし」

「いや、顔蹴ったらばれるって。さすがに親ばれしたらやばいって」

 一悟も純に加勢する。


 親ばれという言葉に時雄はひるんだ。

 その勢いは下火になる。

 が、引けない。


「だってさあ」

 おさまりのつかない時雄にため息をついて、一悟はしばし考える。


 ちなみに一悟はとても頭がいい。

 よく回りを見ることができる。

 成績も賢太に張り合っている。

 くせは、何か思いついたときに指を鳴らす。

 少しきざだ。


 その日。

 3月も末季節外れの大雪の道端で、一悟はいつもどおり、指をぱちんと鳴らして、静かに言った。


「……じゃあさあ。こいつ、埋めちゃわね?」

「え?死んじゃうよ」

 純が不安げに口をはさむが一悟は気にしない。


「大丈夫だって。雪に埋めてさ。エスキモーがかまくら作るみたいに首のまわりに、雪の塊作っとくの。空気だって隙間から入るし、雪だってやむ予報だからさ」

「大丈夫かなあ」 

 純の不安は去らない。


「大丈夫だって。除雪車だってここら辺は後回しだからさ。来るのだって明日じゃん。頑張れば抜け出せるくらいで埋めとけば、おやっさん帰る前に帰るしょ。……時雄、どう?」

 一悟は視線を時雄に向けた。


 この時、時雄は正体の分からない影のようなものを胸に覚えた。自然と黙り込む。


 だが結局、名案を潰されたくない一悟の

「埋めとけば、鼻血もひくし、賢太だって反省できるんじゃね? 多分、何にもわかってないよこいつ」

 という言葉に背中を押されて、賢太雪埋計画(けんたゆきうめ)は実行に移された。



 ……翌朝の全校集会で、彼らは賢太の死亡を知る。


 賢太の雪埋が行われた晩、午後7時30分に除雪車は雪山に入った。

 いつもなら大雪の翌日に行われる除雪がその晩になったのは、地域の住民から『除雪が遅い‼』とのクレームが、以前から入っていたためだ。

 

 この車輌はそのまま前輪のミキサーで、雪山に埋まった10歳児の肉体を()いた。


 雪は予報を違えて降り続き、操作者の視界を覆っていたこと。

 赤く染まる雪に誘導者が止めをかけた時にはすでに男児の頭蓋骨は砕かれて、眼球も(えぐ)られていたこと。


 こういうたぐいの情報は、軒をつたう春の雪解けの(しずく)のように周囲をつたう。

 そして時雄の背筋を濡らす。

 

 が、濡らすだけだった。

 誰も彼と、一悟、純の事を責める者はいない。


 賢太の死は北陸によくある事故として片づけられた。


 もちろん季節が春を過ぎても、怯えの感覚は時雄を浸し続ける。

 特にそれは変電所の作業員である賢太の父、伊勢を遠目に見る時が酷かった。

 が、彼はこの感覚に抵抗を試み続ける。


 梅雨も過ぎた夏の事だ。


 時雄は道路の向いに賢太の父の姿を認めて、びくりとした。

 伊勢がこちらを凝視していたのだ。

 その目は充血していた。


 時雄は心臓をつかまれた気がした。

 賢太にしていたいじめが伝わったのかも知れないと思い、罵声も覚悟する。

 が、伊勢は時雄を睨んでくるばかりだ。


 少年は伊勢が何もしてこない事にほっとした。

 それから強く睨み返す。それは罪悪感に対する抵抗だった。

 


 しばらくしてから伊勢は急に視線をそらす。

 そして重たい足取りで去っていった。


 その後ろ姿を眺めながら時雄は思い出す。

 前の日、伊勢が働く変電所の近くで停電が起こったのだ。


― あのおっさん、やけになってやったのかもな。 ―


 彼は思ったがその事に罪悪感を覚えるには、10歳という年齢は若すぎた。

 時雄はそれ以上何も思わなかった。



 賢太の死は時雄を怯えさせたし、時雄と一純のトリオは気まずさ解散になった。

 が、それだけだった。

 

 彼らは全員が全員、つつがなくその後の人生を歩んだ。……少なくとも15年前までは。


 ※※※



 一悟は東京の有名私立大学を受験して失敗し、地元の国立大学の経済学科に進んだ。

 そして県庁職員として晴れてお役所人生を始め、結婚をし、息子をさずかる。

 それが15年前のことだった。


 


 純は2浪をした後で実家の作り酒屋をついで、パートの女性と結婚。

 そして彼の妻は娘を授かる。それが9年前のことだった。


 時雄の結婚が一番遅かった。

 それは性格上の問題がある。気が荒い。

 加えて忙しかった。

 彼は東京の美大を出て、グラフィックデザイナーとして勤め始める。

 就職先の大手広告代理店は激務だった。

 が、持ち前の負けん気の強さで時雄はこれを乗り切り、がむしゃらに働いているうちに才能が認められるようになる。

 いくつかのプロジェクトを任され、その1つを補佐してくれた後輩と良い仲になった。

 後輩の妊娠をきっかけに、彼は結婚をする。

 これに加えて、体調が悪化していた両親の面倒を看るために、彼は代理店をやめた。

 地元に戻り同業種に再就職先を見つける。


 地元に戻って数年後、息子の祐也に賢太と同じ吃音が発現した。

 その事が時雄を随分と悩ませたが、彼は時間をかけて受け入れる。


 一悟と純は生活の過程で、賢太に対する罪悪感の残り(かす)すら記憶の向こうにほうり捨てていた。

 時雄は祐也の吃音に悩みながらも、愛情により受け入れ続けた。


 違いはあれど、皆等しく幸福と不満の生を歩み続ける。


 ……予定だった。



 -10年前-


 それは前触れもなく来た。


 近年の温暖化の影響もあって雪も早めに解けかけた3月の末、季節外れの大雪の日である。


 帰宅の遅かった一悟の長男が除雪車に巻き込まれて死亡した。


 雪解けの雪がごっそり融け落ちる軒下を歩いていて、雪に埋まったのが原因である。


 午後7時30分に除雪車は一悟の息子の埋まった道端である雪山に入った。

 この車輌はそのまま、前輪のミキサーで10歳児の肉体を()く。


 雪は予報を違えて降り続き操作者の視界を覆っていた。

 赤く染まる雪に誘導者が止めをかけた時にはすでに、男児の頭蓋骨は砕かれて、眼球も(えぐ)られていた。


その享年は10歳だった。

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