炎龍王イフリート
深紅色の鱗を纏い、圧倒的な威厳を放つドラゴン。対峙していた2体のドラゴンが後ろに控える様子を見るに、彼が炎龍王イフリートなのは間違いなさそうだ。
「強大な力を持ち古来より語り継がれてきた貴殿らドラゴンという種族。その力を何のため使ってきたのか。その行動理念を知りたく参上した。」
『何故か。』
イフリートから放たれる気がさらに強くなる。なるほど、試されているわけか。
「私は人間だ。だが、どうやら人の身を超えた力を手に入れたようだ。正直なところ、その使い道に迷っている。そこで先人である貴殿らに教えを請いたいと考えている。」
瞬間イフリートの後ろに控えていたドラゴンから殺気が放たれる。
『フッ。先ほどの戦い、なるほど確かに普通の人間ではありえない力を持っているようだ。だが、我らと同等と考えるとは大きく出たな、小さきものよ。』
「ならば、試してみてはいかがだろうか。言葉は示した。次は力で示そう。」
俺は挑発する。きっと乗ってくるはず。
どうも力がある種族は、やはり力を持つものを認める傾向が強い。それはこの6年間いやというほど学んだことだ。
『我に臆せず向かってきた人間は数えるほどだ。面白い、試してやろう。ただし死んでも責任はとらんがな。』
「願ってもない。ただ一言進言させて頂こう、ドラゴンの王よ。」
一呼吸を置く。だめ押しでもう一言。
「全力でこい。負けた言い訳にされては敵わないからな。」
『驕るな人間が!!』
イフリートから放たれる全力のオーラが山全体を震わせている。
思わず笑いがこぼれる、これほどの強者と対峙するするのは初めてだ。やはりたった6年で経験できたのはこの世界の一部だけのようだ。
まだまだ、知らない世界がある。これからに期待が膨らむ。
『≪地獄の業火≫』
触れるものすべてを溶かし尽くし、死の炎が向かってくる。俺は後方に飛び、ロングボウを取り出す。
それは刹那の動き、ドラゴンの王でさえアジュールの動きを全く追えなかった。
ギフト【九死に一生】発動
「悪いが"一撃"で終わらせる。弓技≪五月雨撃ち≫」
ロングボウから放たれる矢が一つが二つ、二つが四つと増える。無数の矢は≪地獄の業火≫を飲み込み、彼らに降り注ぐ。
暴力の嵐が3体のドラゴンを蹂躙する。一撃ごとに大地が抉れ、爆音が響く。嵐が止んだ時、そこには倒れ伏すドラゴンたちの姿があった。
『なんだ! なんなのだこれは!』
イフリートは狼狽する。なぜ人間がこれほどの力を!? そしてなによりなぜ私は生きているのだ!?
【九死に一生】このギフトは二つの力を持っている。
一つは自身が即死するほどのダメージを受ける際に体力を一割残す。
一つは自身の攻撃を受けた相手が即死するほどのダメージを受ける際に体力を一割残す。
アジュールが放った矢はそれぞれが一撃必殺。そのすべてが【九死に一生】よって耐えることができた。
言い換えれば、彼らは今無数の死を体験したのだ。
「まだ、やるか?」
『……フッフフフハハハ。いや十分だ、我らでは決して到達できぬ高みにいるようだ。大きいものよ、数々の非礼どうか許して貰えないだろうか。』
ボロボロの体で頭を下げるイフリート。自分たちの王の姿を見て2体のドラゴンもショックから回復し、頭を下げる。
「もともと非礼をしたのはこちらの方だ、問題ないさ。まずは傷を癒そう。≪フィールド・ヒール≫」
ドラゴンたちの傷を癒す。剥がれ落ちた鱗や穴が開いた翼はその輝きを取り戻す。
「さて、貴殿らの住処へ案内して貰えないか。」
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ローグ火山の奥深く、周りを溶岩に囲まれたその地。一人の人間の前に15体のドラゴンが姿を現していた。
先頭のイフリートをはじめすべてのドラゴンが頭を下げ、敬意を表している。
「イフリート殿から話はすでに聞いているだろうが、改めてお願いする。俺の名はアジュール。しばらくの間此の地で貴殿らとともに過ごしたいと考えている。迷惑をかけるだろうが、よろしく頼む。」
俺は彼らを見渡し告げる。大小さまざまなドラゴンがいるがそのすべてが力に満ち溢れている。
その中で一際輝きを放つ、白いドラゴンの姿があった。他のものより幼いドラゴンであったが白銀に輝く鱗、気品を感じさせる赤い瞳。
「(なんて綺麗なんだ。)」
魅了の魔法にでもかかってしまったようだ。彼女から目が離せない。
『アジュール殿は人の身でありながら我らドラゴンを遥かに凌ぐ力を持ったお方。皆最大限の礼を尽くすのだ。』
『『『ハッ!』』』
『さて、アジュール殿はこれからどうなさいますか? アジュール殿?』
白いドラゴンに見惚れてしまい固まってしまっていたアジュールだが、イフリートの声を受け意識を戻す。
「あ、ああ、すまない。……少し伺いたいのだが彼女はいったい? ここは炎龍以外のドラゴンもいるのか?」
『いえ、ここは火山、炎龍以外はおりません。彼女は私の娘、名はミスティラーグ。炎の力だけでなく神聖の力を持ち、神聖の力の強さゆえ白い鱗をいるのですよ。』
イフリートの口調は敬語へと変わっている。なるほど、イフリート殿の娘だったのか。道理で気品にあふれている。
「では彼女の母親が神聖の力を?」
俺の問いに、イフリートは視線を空に向ける。その瞳には哀愁が漂っている。
『おっしゃる通り。妻は神聖の力を持っておりました。』
イフリートは視線を戻すと言葉をつなぐ。
『ここより北にセレスティア王国という人間の国があります。そこでは100年に一度、我らに巫女を生贄に捧げる儀式が行われております。』
「生贄か。理解はできるが、あまり気分のいい話ではないな。」
『気分を害し、申し訳ありません。しかしドラゴンが無償で力を貸すとなると、人間の世で余計ないざこざを生むのも事実。まあ積極的に人間に関わる馬鹿もおりますが。』
『あやつの母は今より14年前此の地へ生贄に捧げられた巫女でございました。人間でありながら我らに対して臆さず堂々とした振る舞い、その気丈な姿は大変美しくそれで……』
「それで……?」
『口説き落としました。』
ハハハハハとイフリートは笑う。
その一方俺は唖然するしかなかった。偉大なるドラゴンの王ともあろう男が、見惚れた人間を口説くなんて。それこそ人間とまるで変わらないじゃないか。
『ハハハ、アジュール殿は失望してしまいましたか? ドラゴンは守護者としての立ち位置はありますが、私どもも生物。魅力的な雌がいれば一人の雄に戻ります。』
確かに。そもそもそうでなければ種が滅ぶのだから、生殖本能はあってしかるべきだ。
「申し訳ない。ふふっ、いやいやここに来たのは正解だった。やはり直接聞いてみなくては物事は分からないものだ。」
きてよかった。心の底から思える。
「是非その方とも話してみたいが、その様子を見るにもういないのだな?」
『はい。ミストレス、妻はミスティを産んで3年後病で亡くなりました。もともと体が弱く、ミスティを無事産めたことも奇跡でした。』
「そうか、すまない。」
ふとある一つの考えが浮かぶ。
イフリート殿の惚気話を聞いて俗っぽいと考えてしまったが、俺も人のことは言えないな。
ミスティラーグは幼い頃に母を亡くし、辛い思いをしてきたはず。ならばそれを解消してやりたい。
さて、問題は受け入れてもらえるかどうかだ。
「イフリート殿、一つ提案があるのだが。」