旅立ち4
「いやああああああああああああああああああ」
孤児院に隠れていたマリアは山賊どもに連れられ、外に出た。自分を守ろうとした母、自分が守ろうとした弟たちが、無残に殺され、悲しみが頂点に達していた。いや、達していたはずだった。
山賊どもが孤児院に入ってくる、その意味を頭の片隅では理解はしていた、でも心は理解出来なかった。だがそれは絶望というスパイスを添えて、マリアに襲いかかった。
「あ・・あ・・・ああああああああああああああああああああああああああああああ」
目の前には右腕が切り取られ、血の海に沈んだ最愛の夫カイトの姿。そして、腹部から大量の血を流して横たえている弟アジュールの姿。
残酷な現実が目の前に広がっていた。
「許さない。あなたたち絶対に殺してやる!」
マリアはその呪いを吐く。この後どんな仕打ちを受けても、絶対に復讐してやる。そんな思いが込められていた。
「ははは、生きのいい女だ。お前のような女はいままでいくらでも見てきた。けど、最後には魂が抜けたただのガラクタになるのさ。」
さぞおかしそうに笑いながら、バルトロはアジュールを蹴り上げる。
「おい、起きろ。お前を生かしてるのは、守ろうとしたものを奪われながら死んでいく、その絶望の表情を見るためなんだぜ?」
バルトロは再度蹴り上げる。
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「ぐはっ。」
たまらず血を吐きだす。気付くと目の前には血だらけでピクリとも動かない、兄の姿。そして山賊どもに連れて行かれる姉の姿があった。
「ま・・りあ・・ねえちゃん・・・逃げ・・て・・・・」
声を振り絞る。無理だとわかっている、でも言わずにはいられない。せめて、生き残った姉だけでも助かってほしいと。
「無理に決まってんだろ。周りを見てみろ、俺を含め、10人いる。お前たちの大好きなお姉ちゃんは俺たちが犯し抜いた後、ゴミのように殺してやるよ。」
バルトロが言うと「ぎゃははは」と笑いながら周りの山賊がさぞおかしそうに笑う。
さっきのが全員じゃなかったんだ。村のみんなを殺して、残りの奴らも集まってきたんだ。
くそ、動け。けど動かない。全身の力が入らない。動け動け動け動け動け動け動け動け動け!
どんなに願っても体は命令を拒否する。もう無理だと。動けないと、全身が悲鳴をあげる。
「さて、あばよボウズ。」
バルトロが斧を振り下ろす。死が目の前に向かってきた。畜生、こんなやつらに、何もできないまま、僕は死ぬのか。今出来ないなら、死んだあとでもいい、こいつらを皆殺しにする力を。この屑どもからマリア姉ちゃんを守る力を。
どうか―――。
ギフト【創造主】発動:クリエイトギフト【狂戦士化】
「なにっ!?」
声を上げたのはバルトロだった。斧を振り下ろした先に、アジュールが消えていたからだ。あれだけの傷、動けるはずがない。いったいどこへ?
「ぐへっ」
見渡すと、マリアの隣にアジュールは立っていた。しかし様子がおかしい。全身からは目に見える程のおぞましい気、殺気が溢れている。目、いわゆる白目は黒色に変色しており、瞳は真っ赤。そして、マリアを連れてきた仲間の心臓を左手で貫いている。
「あ、アジュール?」
マリアも戸惑いを隠せない。アジュールと一緒に暮らしてきたがこんなことができるなんて見たことも聞いたこともなかった。
ギフト【創造主】発動:クリエイトギフト【自動再生】
「な、なんなんだこいつは・・・」
山賊の1人がつぶやく。無理もない、先ほどから大量の血を流していた腹部の傷や、左腕の傷があっという間に塞がっていく。治癒魔法を使ったわけでもなく傷が癒えるなど、彼らは見たことがなかった。
「まさかこいつ、ギフト持ちか!?」
バルトロの表情が険しくなる。「ちっ藪蛇をつついてしまったか。」そうつぶやく。
「ありえねえですぜリーダー。ギフト持ちなんて1万人に1人と言われてるんですぜ。こんな辺鄙な村にいるはずがねぇ!」
「馬鹿が! 現実を見ろ。こんな芸当ギフト持ちでもなきゃできるはずがねえ。お前ら気を引き締めろ、所詮相手はボウズ1人だ、全員で囲んで殺せ。」
ギフト持ちは確かに強い。が、それがすべて戦闘に関係しているわけではないし、その強弱はピンキリである。おそらくこのボウズのギフトは身体強化系だろう、ギフトの中では割と有名どころだ。
そして、女の表情を見るにこのボウズがギフトを発動したところを見たことがないことは明白。つまり、今ここにきて覚醒したに違いない。自身のギフトについて理解し切れていない今なら、多少は手こずるかもしれないが倒せないことはない。
ボウズ1人、9人で囲めば問題ないはずだ。しかし次の瞬間、その考えはまったくの絵空事だと気付かされる。
「ガアアアアアアアア!」アジュールから獣のような咆哮が放たれる。その直後、アジュールの姿は消え、そしてバルトロ以外の山賊すべての命が消えた。
首を斬られるもの、心臓を取り出されたもの、頭をつぶされたもの、そこには先ほどまでこの村を襲っていた山賊の無残な死体が転がっていた。
「ば、ばかな・・・」
全く見えなかった。何をしたのかがわからなかった。だけど一つだけわかるのは、これを目の前のボウズが1人でやったということ。アジュールはまたマリアの隣に現れていたが、その両手は返り血で染まっていた。
今まで圧倒的強者として生きていたバルトロが初めて死を感じた。しかしその恐怖を気迫で振り払う。バルトロも歴戦の勇、強者と戦ったことは一度だけではない。そしてそのすべてに勝ってきた。たった一つ、自身を捕まえたダレンとかいう忌々しい王国戦士長を除いて。
ここにきて初めて斧を両手で構え、バルトロは突進した。
「喰らえ、斧技《獅子烈斬》」
その巨体から繰り出す突進からの斬り下ろし。この技はバルトロが強者として生きてきた証。今まで無数の敵を屠ってきた彼の必殺技。
「ムダアアアアアアア」
アジュールは斧に向かって拳を突出し、そのまま斧を破壊した。
「は、はは。」
悪夢でも見ているようだった。自身の渾身の一撃がこんなボウズに、しかも拳で防がれた。その拳には切り傷一つすらない。斧を真正面から殴り壊すなんてそんな話聞いたこともない。
「アアアアアア、ゴミガアアアアアアア。シネシネシネエエエエエ。」
アジュールの姿がまた消えた。その瞬間、バルトロの右腕は切り取られた。
「ぐああああ。」
今まで自身を強者としてきたその右腕があっけなく切り落とされたことに恐怖する。「ま、まて、もうその女には手を出さない!金もすべておいていく!だから、み、見逃して・・」バルトロがしりもちをつきつつ、後ろに下がりながら命乞いをする。
所詮バルトロは山賊。プライドなどありはしない。相手が強者ならばどんなに無様でも生き残りたい。まだまだ人を殺し足りないし、女だって犯し足りない。欲望のままに暴れまわりたい。なのにこんなところで終わっていいはずがない!
まあ、すべては無駄だった。彼は目の前の少年を悪鬼に変えるまでの行いをした。それは決して許されることではない。
「オマエハ、ムラノミンナヲ、ソシテカイトニイチャンヲコロシタアアアアアアアア!!!!ユルセルモノカ!!!ブチコロシテヤルウウウウウウウ!!!」
右腕、右足、左足、アジュールは次々とその手で切り落とす。バルトロはもう意識がなくなっていた。あまりの恐怖に下腹部からは尿が垂れ流しになっていた。
悪鬼はバルトロだった肉塊に近づく。そして最後に、その頭を踏みつぶした。