ある男の悲劇
僕は勢いで小説を書くことがよくありますが、これもその一例です。
妄想を小説という形にしてみたかったというだけですが、お読みいただければ幸いです。
ああ、またか。また誰かが俺の話を聞きに来たのか。
ん?「女性」なのに「俺」だって?おいおい、そんなことも知らないで来たのか。俺はこう見えても男だ。部屋の明かりで輝く長い金髪、日本の誰にも負けないふくよかな胸、毛一本生えていない白い肌。どう見ても女だろうが、事実なのだから仕方ない。
で、何で俺がこんな所にいるのかも分からないって?精神病院の、家具がひとつもない、厳重に管理された部屋に?まぁ、おいおいそれは話してやるとするよ。もう、何度も話したことだし、ニュースにもなっているのに、世間知らずな奴もいたもんだな…
とにかく、最初はこうだ。俺は普通のモテない文系大学生で、その日は激しい雨が降っていた。そういう日は、駅前でよくテレビ取材がある。俺が取材されたわけじゃないが、その日も誰かが取材を受けていた。俺はその後ろで馬鹿なポーズを取って、取材を台無しにする遊びを…じゃなくて、後ろで映り込んでいた。だが、その俺に、突如雷があたった。といっても、俺からすれば視界が急に光に包まれたとしか言えなかったが。
そんな雷が当たれば、80%の人は即死し、そうでなくても瀕死のやけどを負ったり――まあ運がいいやつは軽傷で済むらしいが――大事になることは普通避けられない。しかし、俺の場合、何か違うことが起きた。説明の出来ない何か。光に包まれる中俺の服は焦げること無く消え去り、肌が露出された。そして、痛みもなく体が変形していく。といっても、今の俺の姿を見て分かる通り、バケモノとかではない。ほとんどなかった筋肉がさらにその影を潜め、脂肪が全身に大きくつき始めた。胸に至ってはもう爆発するように体から飛び出してきて、その反動で後ろにのめったほどだ。わけのわからないうちに、変形がおわり、その頃にはこの体になっていた。
そして、これは全国ネットで流され、ニュースを見ていた全員の目に入った。さっき言ったとおり、取材をしているカメラの前で俺は変形、いや変身したんだ。ぱっとしない顔をしたただの通りすがりの大学生が、その金髪とさらけ出された全身の白い肌のせいで、光り輝いているようにも見える美女に。そのときの衝撃は酷いものだった。全裸だから恥ずかしいというもんじゃなくて、まるで誰かの体に乗り移ったかのようで、その体が自分の意のままに動くことの理解が出来なかった。結局、その場で俺は失神した。
で、そこから今いる場所に直行かって?……まあ、そういう可能性も無きにしもあらずだが、違う。理性とか常識が吹っ飛んだわけじゃないし、病院に担ぎ込まれてCTスキャンも受けたが、完全な健康体だったからな。ただし、女としての健康体だ。ただの雷にしては仕事がちゃんとしていて、女性器が生殖可能なまでに発達していた。逆に男性器はほぼ機能を失っていたんだ……とりあえず、1日もしないで俺は日常生活に戻ることが出来た。テレビで映像が流されたおかげで、俺が俺自身であることを証明せずに済んだからな。
その映像の効果は、それだけじゃなかった。俺がなったのは絶世の美女だ。自分で言うのも何だがな。大学に行く頃にはもうファンクラブが結成されていた。最初は持ち上げられることに慣れないで、倦怠感を覚えたが、すぐにチヤホヤされることに喜びを覚えて、調子に乗った。大学中の、いや街中の私に惚れた男たちから……おっと、あの頃の癖が出たな。俺だって、女であることを受け入れて、女らしく過ごそうとしたのさ。化粧や服装を勉強したり、日常の仕草を他の女子に近づけたりしてな。元々男だが、今は最高のプロポーションとチャームポイントを手に入れたアイドルのような、だが普通の女として、俺は過ごしたかったんだ。
しかしだ、そんなに人気があると、当然その裏の側面も出てくる。ストーカーだの痴漢だの、そういうたぐいのものだ。俺には、それが日常茶飯事になった。でも、俺はそれも含めて、これまで何もなかった日常への刺激として楽しんでたんだ。どうしてそんなに強気になれたかって言うと、今までやってきた合気道の腕があるおかげだ。一人や二人相手なら、押し倒されて暴行を受けることもない。逆に返り討ちにできる自信さえあった。
どうだ?いい話だろ?偶然雷に打たれて、女になったら、ずっとなりたかった人気者になれた。まあ、それだけじゃ精神病院送りにはならないよな……本当に知らないのか?あの事件のこと。
とある日のこと、俺はいつもの通り、ゴマンと来る告白を振りきって、家に帰った。一息入れて、大学の課題でも済ませようとしていた時のことだ。突然、玄関の扉から大きな音がした。なにかすごく重いものがぶつけられる音。そして、何かの板が床にたたきつけられる音が続く。驚いて飛び出して行くと、扉が壊されていた。そして、戸口の前にいたのは……うっ、今思い出しても怖いもんだな……頭を全部覆うような仮面を被った人、人、人。10人以上の大柄の男が、いた。
そして、入って、きた。
「神を冒涜するものの巣窟に、突入す」一言目はこれだ。俺は思った。
殺される。
そして逃げようとした。家から出るのは玄関を通ってでなくてもいい。
ベランダから。
逃げる。
だが、開かない。
扉が開かない。
鍵を開ける。
そうすれば逃げられる。
だけど、あれ。
手が、動かない。
何かに掴まれてる。
怖い。
気づいた時には、手を捕まれ床に倒され、その十数個の仮面に覗きこまれていた。
「今この時、正義の裁きを下す。この悪魔に、断罪する」
悪魔?
俺が、悪魔?
殺される。
嫌だ。
殺されたくない。
死にたくない。
嫌だ。
いやだ。
いやだああああッ!
そして、激しい音がして、俺を光が包み込んだ。
――ああ、俺、死んだのか。
違った。俺は死んでなかった。その光が止むと、視界は元に戻った。ただ、仮面は消え去って、俺の部屋だけが残った。俺は立ち上がって、深呼吸した。
――はぁ…何もなかった、何もなかったんだ。
いや、それも違った。周りには、さっきの十数人が着ていた服、それに仮面。それが、床の上に散乱している。俺は、触れたくないとは思いつつ、一人の仮面を外した。
そこにあったのが、人の顔……であって欲しかった。
だが、実際には、頭蓋骨。人の、頭の骨だけが、あった。服の方にも、肉体が入っているような厚みがあるように見えない。
――俺……が、……やったのか?
さっきの音、雷のような音は、自分が出したのか。そして、こいつら全員を、骨だけにしたのか。そこまで気づくと、周りにある服と仮面全てに、同じような骨が入っていることにも気づく。その事実に耐えられなくなって、俺は気を失った。
で、気づいたら、警察のマイクロバスに、一人乗せられていた。全身を拘束され、動けない状態にされて、送り込まれたのがこの部屋だった。
最初は正当防衛だったと主張した。しかし、化け物を見るような顔で、聞き入れてもらえない。その後聞いた話だと、気を失っている間に、激しい音に気づいた近所の人が通報した。警察が駆けつけた時には、俺の周りには、仮面集団の他にも、もう一人の遺体があった。そう、その近所の人だ。
気を失っている間に見た夢なんだが、俺を見て絶叫する人を、煩わしいと思って消した、っていうものがあってだな……それとその近所の人の話が繋がった時、死にたい、と思った。今だって、そう思ってる。無意識で人の命を奪ってしまう、そんな化け物に俺はなったんだ。多分、雷の力を、俺は手に入れたんだ。それで、それを顕現するような光り輝く女性になった。実際、試してみた。この部屋の椅子に、「壊れろ」と念じたんだ。すると、どうだ。俺の手から電撃が放たれて、椅子は木っ端微塵さ……
ふふ、どうだ?怖いだろ?いまどんな奴の前に座ってるか、やっと分かっただろ。美女という隠れ蓑に棲む、凶悪で恐ろしい化け物だよ。
ああ、いい怖がりっぷりだ。日常生活に戻れなくなった今、こうして人をからかうことだけが楽しみになっちまった。もう、この世の中に俺がいる意味なんてない。いなくなった方がマシなんだ。正直、首をくくって自殺したい。
だが、その後解剖まがいのことをされてな。それで分かったんだが、俺が死ぬと膨大なエネルギーが開放されて、この街を丸ごとふっ飛ばすような爆発が起きるらしい。俺は……これ以上の犠牲は出したくない。そこまで悪人にはなれないんだ。
同情?そんなことしないでくれ、余計苦しくなるだけだ。さあ、分かったらとっとと出て行ってくれ。もう、誰にも心を許したくない。許されたくないんだ。そんなことをしても、最後に殺してしまうんだから。
ここまでお読みいただいて光栄です。これまで書いていきたものとは毛色が全く違うので、今回は試行的なものでした。