こんな退魔師ってあり?
現代日本にしては珍しい暗く人気のない路地。
田舎ならばまだある場所も珍しくないのかもしれないが、そこはそれなりに栄えているビル街の裏道で、本来ならばそこは明るくとまではいかないものの十分な光量とそれなりの人通りはあるはずの場所。
完全な異常事態の上に、聞こえるはずの喧騒も聞こえず、ヒタッヒタッと足音らしき物が妙に響いている。
「うー、夏というのに寒いなぁ」
実際吐く息が白くなっているから相当なのだろう、震える学生服を着た少年がそう呟く。
せめて冬服ならばもう少しマシだったろうが、夏服から見える腕には鳥肌が立っていた。
「しっかし、これまた不思議だなぁ」
自分しか居ない場所で、寧ろ冷静にそう口にしている少年もある意味で不思議なのかもしれなかった。
が、勿論突っ込む人間も不在なのでそのまま言葉は虚空に消える――筈であった。
「ねぇ、私綺麗?」
いつの間にか真っ赤なジャケットを着た女性が少年の後ろに立っていた。
少年は、しかし驚く事もなく振り返り、口元をマスクで覆った女性の顔を見て深く頷く。
「うん、綺麗だよ」
確かに、隠れている部分だけでも相当に整っている女性にそう答えるのは適当であろう。
が、次の瞬間マスクに手をかけそれを外す。
「こーれーでーもーきーれーいー?」
「うん、綺麗! 是非お嫁さんになってよ!」
「は?」
ケタケタと笑いながら裂けた口で喋っていた女性が、無邪気な笑みを浮かべたまま予想外の事を告げてきた少年に驚いたか動きが止まる。
と、そんな女性にまるで好機を得たとばかり既に近かった距離を更に詰める少年。
「ほら、こうやってお姉さんのお肌プルプルだし、髪の毛だってさらっさらじゃない。
確かにちょっとユニークな唇だけど、それも愛嬌があって可愛いよ」
「かわ、可愛い?」
ふらっと1歩後ろに下がる女性に、更に少年は足を踏み出す。
「それにさ、こんなにプロポーションが良いんだ。これって僕を誘ってるんでしょ?
ね? そうだよね?」
「え、いや、あの、そのぅ」
しどろもどろになってキョロキョロとまるで助けを求めるように周囲を見渡す女性。
当然誰もいる訳もなく、気付けば少年の手が頬に添えられていた。
「ねぇ、答えてよ。お姉さんなら僕が本当の事言ってるの分かるでしょ?
何せ妖怪なんだしね。
あ、蔑んでる訳じゃないよ。そもそも種族の壁なんて大した事ないさ!」
大した事あるわよ!
思わず脳内で叫んだのだろうか? しかし女性は口をパクパクとさせるだけで少年を見つめている。
「……そのまま黙っているって事はOKって見なすけど、良い?」
そうやって顔が迫ってくる。
よくよく見れば少年も恐ろしく整った顔であり、女性の顔が赤く染まっていく。
二つの影が重なり……やがて一つとなった。
そうなってどれほど時間が経っただろう。いつの間にか明かりは戻り、まばらとは言え周囲に人ごみが戻っていた。
「うーん、美味しかった。ごちそうさま。
あ、大丈夫。お嫁さんを殺したりなんかしないし、一応こうやって解決した風を装わないとクビになっちゃうし、お姉さんも別の人に消されるかもしれないからね」
相手も居ないのにブツブツ呟く少年。
足早に移動する彼に、勿論誰も気にする人間は居なかった。
偶に視線を向ける者がいても、ハンズフリー等珍しくもなく不審に思われる事もなかった。
だから、誰も気がつかなかった。少年が右手に握るマスクが勝手に震えていた事に。
右手に振動を感じつつ少年はニヤリと楽しそうに口を歪める。
「帰ったら愛し合うんだから、覚悟しておいてね」
その瞬間、ピタッと振動は止まった。




