意味のない質問
野中、という男の話をしよう。
中性的な顔立ちで男受けも女受けもする。いつもコロコロ笑っていて、勿論愛想も大安売りして、彼のことを嫌いという人を私は見たことがない。
しかし、私は彼のことが心底不思議で不気味でならない。
彼と一緒にいると、高確率で遭遇することがある。それは悪事だ。
人の悪事、犯行の瞬間というものにことごとくぶつかる。
小さなものではポイ捨て、イタズラ。更に万引き、カツアゲ、不倫現場などと続き、彼に着いていった銀行では目の前で強盗事件が起きたこともある。
こうして書くと不幸体質にしか見えないが、そうではない。
悪事というのは働いたその人の人生の汚点である。つまり、彼は人の人生を動かせるカードを手にいれるということだ。
そのカードをわざわざ本人に持っていることを告げ、持つ気もない新しいカードを次々とくれるらしい。弱いところを突かれた人間というのは、なんとも弱々しいことだ。
その、カードを貰いに行くところ、彼が言うにお話しに行くときの顔は、いつもと変わらずニコニコしているが、私にはその顔がさながら悪魔のように見える。
「と、言う人がいるんです。どうですか先生」
私は畳が敷かれた狭い狭い部屋にいた。正確に言えば家具や物が溢れに溢れ、スペースが無くなっているのだ。私が座っているところから僅かに覗く畳が、この部屋が畳部屋だということを教えてくれる。いや、この座っている畳以外の場所はもしかしたら板張りかもしれないが、そんなことはこの際どうでもいいだろう。
「どうですか、と聞かれてもね君。僕に何を言ってほしいんだい。慰めの言葉。励ましの言葉。それとも偉人の有難い御言葉かい」
私の目の前にいる、古ぼけた桐箪笥の上に座った先生は言った。
この人は先生である。回りの人がそう呼んでいたので、私もそう呼んでいる。因みにその回りの人も、先生と呼ぶ理由は『回りの人がそう呼んでいたから』だそうだ。
「彼についてどう思うか、を聞きたかったんです」
私はそう返した。
「学説かい。君は昔から論述めいたことが好きだねえ」
先生はふぅむと考え込んだ後、思い出したかのようにこんな風に言った。
「そういえばある地方の神話に、似たような狡猾な人間が出てきたな。神の怒りに触れるんだが、持ち前の話術で神すらをも欺き、何の波風をもたてることなく死んでいった人間がいる。名前は確か…………カノンといったかな」
「カノン…………ですか」
「ああ。そうさ」
先生はそこで話すのをやめた。まるで機械の電源が切れたようだ。
大学の食堂で、私は券を買うために細々と歩いていた。金がない貧乏学生な私は、一番安い玉子丼を食べるしかないのだ。
そこでふと、ある男と目があう。その男は話していた女達と別れ、私の方に近づいてきた。
「何の話をしていたんだ?」
「ああ、新作の口紅の話。良い色が出るらしいよ?」
私は心底でため息をついた。
「お前は女みたいなやつだな。野中」
「そういう君は回りのことに興味が無さすぎじゃないのかい?」
「生憎そんなことにかまけている暇はない。逢瀬を重ねるために、私は大学に進んだ訳ではないからな」
「ふぅん。そうかい」
そこから野中はたわいもない話を延々とし始めた。私は玉子丼と無料のお茶、それにご自由にお取りくださいと書いてある漬物を大量に盛り付け、その話を話し半分で耳を傾けていた。
話を聞いて、私はまた心のそこから思う。
悪魔のような、男だと。
どうも衣乃城太でございます。
電撃小説大賞用の原稿を考えていたらどうもひとつ書いた辺りでネタが切れまして。
息抜きに書いた山なし意味なし落ちなしというものでございます
しかし、ひとつだけトリックが…………気がつかれましたか?
それでは、衣乃城太でした。