プレゼントをお届けに参りました―ロレン・サンタクロースの場合
十二月二十四日。
ニコラウス・サンタクロースは今年も雪の降る灰色の空を見上げていた。
「何か心配事でも?」
その姿を見て、長年相棒を務めてきたトナカイが声をかける。
「今年の者こそ、わしの後継者になるかと思ってな」
白い髭に覆われた口元は窺えないが、笑ったようだ。
「あんたも懲りないね。千六百十一人も見てきてまだ期待すんのかい」
トナカイは呆れたように返す。
「まあ彼らとて、幸せを運んだことには違いない。わしは彼らを誇りこそすれ、恥ずかしくは思わんよ」
トナカイは彼の言葉にあらためてため息をついた。
「それで、今年のサンタクロースはどんなやつなんです?」
おっ。かわいこちゃんはっけーん。
俺は視界に被さる金色の前髪を直しながら、近づいていった。
「ちょーっとそこのお姉さん? はいそうアナタ。クリスマスだっていうのに一人ぼっちで歩いてるアンタのことだよ。まあとりあえず話を聞きなって。俺は客引きの兄ちゃんじゃないし、ホストのあんちゃんでもない。アンタと同じ、クリスマスを寂しく過ごしてるロンリーボーイなのさ。だけどもったいないだろ? 俺みたいなイケメンや、お姉さんみたいなかわいこちゃんが、クリスマスに一人侘びしく家でケーキなんかむさぼってるなんて間違ってるだろ? そうさ、お姉さんはなんにも間違っちゃいない。クリスマスってのは誰でも等しく願いが叶う日だ。そうじゃなきゃクリスマスなんてのはウソだ。そんなわけでお姉さん、とりあえずそこのホテルで休憩でも」
ズドン!
そこまで言ったところで強烈なストレートが俺の顔面にめり込んだ。
「ってぇな! せっかくお世辞言ってやってんだからちょっとぐらい反応しろブース! 化粧しすぎて、てめえの肌なんだそれ! おろしがねにでも転生して金物屋に並んでろ!」
いててて……これ以上叫んだら頬が痛いし、周りの目も痛い。
俺はワインレッドのコートを翻して歩みを早めた。
サンタのおっさんに千六百十二番目のサンタクロースにされたのはちょうど今日の日付が変わる頃のことで、まともに活動し始めたのは今朝からになる。
長々とした説明は何にも覚えてないが、とりあえずできるだけ多くの誰かを幸せにすればいいらしい。
幸せとは寂しくないことだ。
だからこうして一人で歩いている好みのお姉さんを見つけては話しかけているのだが、いかんせんはかどらない。
みんな一人でいたって、俺がなにかしなくても寂しくないのだ。
テレビとかゲームとかパソコンとか、今の世の中は誰かといなくても賑やかに過ごすことができる。
そんなものに負けていると思うと悔しいが。
だいぶ歩いた頃、さすがに疲れたので手近な壁にもたれ掛かって休むことにした。
こうして足を止めて街を眺めてみると、一人でいる人が歩いていた時よりも目につく。寂しそうに見えるけど、声をかけても無駄なんだろうな……男は論外だし。
と、そのなかに男に連れられている女の子が俺の目を引いた。
一見するとカップルに見えるが、会話してる様子もないし、女の子は男から顔を逸らし気味だ。
俺は壁から体を起こすとその勢いのまま歩き出す。
「へいカノジョ、俺といいことしない?」
「ああ? なんだテメエ!?」
男がいきり立ってくるが、まあ無視だ。
「クリスマスの夜に一人きりってのはいただけないな。俺やお嬢ちゃんみたいな美形は誰かと甘いひとときを過ごさなきゃいけないって法律で決まってんだよ」
「シカトしてんじゃねえ!」
視界の隅に移った男の拳を開いた手のひらで軽く受け止める。
「あ!?」
「わりいな、存在が無さ過ぎて見えなかったぜ。おたく、この子のお連れさん?」
「見りゃわかんだろうが!!」
掴まれた拳を振り払おうともせずに言い返してくる男。
これは一発で済むな。
「へえ〜……じゃ」
男の拳を払って、捻りの利いたお返しストレートをお見舞いしてやる。
「ぐひゃあっ!!」
「これでお一人様だな? お嬢ちゃん」
ちょっとキザにニヤリと笑ってみせる。
俺が女なら惚れてるくらいの格好良さだったが、女の子は眉をつり上げて周りの目も気にせずに叫んだ。
「あんた、何してくれてんのよっ!」
「へ?」
「その伸びてるのはあたしのお兄ちゃんよ!」
「え、うそ」
「ほ・ん・と!」
「だってなんか嫌そうに顔逸らしてたじゃん」
「ネオンが眩しいからよ!」
「…………」
俺、サンタクロース向いてねえかも。
赤い服を着たじいさんは言った。
「君に願いはあるかね」
こんなところにじいさん以外の人間が来ているわけもない。
だから独り言かと思ったがどうやら違う。
明らかに俺の方を見ている。
「明日はクリスマスイブじゃ。わしがみんなの願いを叶える日」
本当にそうなら、俺をしゃべれるようにしてくれ。
動けるようにしてくれよ。
そうしたら、なんだってしてやる。
ばかばかしく思いながら、俺は願った。
「構わんよ。ただし、一日だけじゃ」
はいはい、分かったよ。
「そして、君にやってもらうことはただ一つ……」
「はっくし!」
寒い。
寒いのもまあ問題だが、二十五日を迎えるまであと一時間しかないことの方が問題だ。
今日俺がやったことといえば、数え切れないお姉さんたちに声をかけて一人のガラの悪い兄ちゃんを殴っただけ。
サンタらしいことをなんにもしていない。
「何かしなきゃいけないのにもう人まばらだし……ん?」
通りの向こうに座り込む女の子がいる。
こんな時間に一人でいる上に小学校高学年にも届いていないような小さな女の子だから、なおさら目立つ。
「おーい、そんなところに一人でどうしたんだ?」
女の子は声をかけると涙に濡れた顔をあげた。
「ぐすっ……お母さんいないの……」
「いない? 迷子か」
時間がないところだけど、しょうがない。
「ここでじっとしててもいいことないし、おまわりさんとこに行こうぜ」
女の子の手を引くとそのまま歩いてきてくれた。
「交番、交番……と」
しかし肝心の交番がなかなか見つからない。
交番なんか気にも留めてなかったからな。
「お兄ちゃん」
「ん? どした?」
「お兄ちゃんの手……」
女の子の視線を追ってみるとワインレッドの袖からはみ出た俺の手は向こうが透けて見えた。
時間切れ……か。
広場の時計を見ると十二時まではあと三十分もない。
「こっちだ」
俺はとりあえず近くの店に入る。
「いらっしゃいませー」
「二人。朝まで頼む」
よくできた店員からマイクと部屋札をもらい、部屋に入るとすぐに店員がオレンジジュースとカルピスを持ってきた。
「ふー……これでいいだろ」
今頃親はこの子を探し回ってるはず。
この子が泣いてた場所からは離れてるが、朝までにはここが分かるだろう。
金ならいくらでもあるから適当な店ならどこでもよかった。
もう俺には一緒に歩き回ってやれるだけの時間がないから。
なんとなく天井のシミを眺めていると懐かしい景色を思い出す。
あと五分もすれば俺はまた元の姿に戻ってしまう。
俺はなにかできただろうか?
今日一日いろんなことをしてみたが、何一つやり遂げることはできなかった。
俺は…………。
…………。
……。
「早苗! ああ良かった、無事で……」
「お母さん……。お兄ちゃんは?」
「お兄ちゃん? あら早苗、このくまさんはどうしたの?」
「わかんない……お兄ちゃんがくれたのかな……」
「まあ。だったらそのお兄ちゃんはサンタさんだったのかもしれないわね」
「サンタのお兄ちゃん、ありがとう。くまさんだいじにするね!」
メリークリスマス。弥塚泉でございます。
クリスマスネタが見つからず、右往左往、輾転反側、七転八倒した結果、シリーズものっぽくなりました。
これからクリスマスはこれでいきましょう。
冬童話は、ちょうどよかったので入れてみただけです。
では、次回があればまた次回。