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あいつに喜んでほしいからテレビを設置しようと思う

 社務所ができた。

 社務所が……できたー!


 俺は、大奈義神社っていう過疎神社の二十七代目神主。若くして神職に身を捧げた勤勉な俺を、近所のガキどもは不届きにも『民俗男』などと呼んでいる。

 このおんぼろ神社は、長い期間、神主のいない廃神社として見捨てられてきた。

 実はれっきとした、――れっきとしてるかな、あれ……? まあ、れっきとしたと言っておこう、すぐにイジケるから――育毛と縁結びに御利益を持つ神様が住んでいたんだが、誰も参拝しないまま、その神様は捨て置かれていたんだ。

 俺はその神様を何とかしないと、と思って……。

 って、以前も説明したから、そのことはいい。


 そんな事情で廃屋状態だった大奈義神社に神職として入ったのはいいが、雨漏りだらけの拝殿と、戸が固くてなかなか開かない本殿のみのこの場所じゃあ、管理しようにも無理がある。

 最初は拝殿を改装して、せめて電気ガス水道を通そうと思ったんだが、こういう特殊な建築物をいじるには、ものすごく金がかかるらしい。

 だから……買ったよ。

 プレハブのハウス! 3割引○十万!

 耐久性と断熱性には問題があるらしいが、一応、水場もあるし、何より電気が使える。拝殿には、電線を引くことはできるみたいだけど、吹きっさらしに近い環境じゃあ、漏電するのがオチだと言われた。


 社務所を設置してもらった日、俺はさっそくテレビを運び込んだ。

 アンテナ線やらビデオやらの接続を進めながら、あいつのことを考えた。


 俺の仕える神様は、13、4歳の見た目を持つ、一見、美少女のナリをしている。

 本来なら、その年頃っていうのは、アイドルに熱狂したり、漫才に声を上げて笑ったりするもんだろ?

 でも、この不便な神社では、せいぜいオセロで遊んでやるぐらいしかできなくて……。


 あいつはどんな番組に興味を示すだろう? どんな笑い声を上げるんだろう?

 テレビのスイッチを押したあいつの反応が楽しみで、俺の作業も鼻歌交じりになる。


「おーい」

ひと通りの接続を終えた俺は、本殿の戸を開きながらあいつを呼んだ。

「……来るのが遅い」

暮れきった夜闇の中、いつもより迎えが遅れたことを責める神様に、俺は得意満面に言った。

「そう言うなって。お前のためにやったことなんだから」

「私のため?」

狭い本殿の祠の中から身を乗り出して、俺にしがみつきながら、地面に降り立つ少女神様。


 俺は神様に経緯を説明した。

 こいつは嬉しそうに聞いていた。

「私のために諭吉を使ってくれたのだな?」

……あ、そこがツボ?

 多少、不信の目を向ける一面もあったが……。

 なんて言ったって、俺はこいつを喜ばせてやりたいんだよ!

 だから、あえて守銭奴の部分は気にせずに、新品の社務所に引っ張っていく。


 嬉しがってくれよ。

 俺にとって、お前が笑ってくれることが1番なんだから。


 ……が。

 拝殿のエリアからはみ出そうとした瞬間、神様は言った。

「……ごめん。これ以上は行けない。私は神域から出ることができない……」


 ――――――ああ……もう……。

 俺ってなんてクソッタレなんだろう……。


 いつものように、大粒の涙をこぼしながら、

「ごめん」

とくりかえす神様に、俺は返す言葉もない。

「私が神でなかったら、お前の親切にもっと上手く応えることができたのに」


 ……泣かしてごめん、は、俺のほうだ。

 なぜこいつの立場を考えてやらなかったんだろう。


 でも……。

 違うんだ。

 俺がやりたかったことは――


「お前が神様だから、俺は神主になったんだよ」

どう言えばいいのかわからないけど、でも、わかってもらわなきゃいけないと思った。

「お前に喜んでもらいたいから、俺はここにいるんだよ」

泣かせるために俺が存在するんじゃ、ミもフタもないだろ?

「だから! ……泣くな。俺に謝るなよ。どんな態度を取ったって、俺はお前を見捨てたりしないから」


 うつむいて黙ったまま、こいつは……いきなり突撃してきた。

「グハァ……ッ」

~~~~~~~~~。

 あ、あいかわらずのナイスタックルが腹に……。胃液が飛び出しかけた。


「……見捨てない……?」

背中に手を回して抱きついてくる、こいつの温もり。

「……まだそんな心配してんのか?」

苦い胃液を無理に飲み下して、応える。

「だって……私は、役立たずの神通力しか持ってないし……」

自分を卑下する神様の頭を、軽くはたく。

「こっちは神通力の有無でお前の価値を測ってんじゃねえよ」

元気でいてくれるなら、それで俺は満足なんだ。


 結局――。

「えええ! なんで角取っちゃうの?!」

俺と神様は、あいかわらず冷房もない拝殿でオセロに勤しんでいる。

「お前、少しは頭使えよ。手前に白を置いたら、取ってくれっていうようなもんじゃないか」


 ただ、少し違うのが――。

「馬鹿な女は可愛いと参拝客が言っていたが、お前はどっちなんだ?」

この少女神に多少の知恵がついたっていうところか。

「……俺は……馬鹿だろうが賢かろうが……お前なら可愛いと思ってるぞ」

だから、ごまかしの効かない状況に追い込まれることが多くなった。

「私は可愛いのか?」

ストレートな質問に、俺は――。


「いまごろ気づいたのか、ばあか」

と返すしかない。

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