不老不死のために1億貯めようかと思う
暑い……。しかも忙しい……。殺人的に。
それなのに、このバ神様は、疲れきって拝殿内で転がっている俺にこう言うのだ。
「遊べ」
――バカヤロウ。
俺は、大奈義神社っていう過疎神社の二十七代目神主。若くして神職に身を捧げた勤勉な俺を、近所のガキどもは不届きにも『民俗男』などと呼んでいる。
──まあ、自分でも物好きだと思うよ。いくら民俗学が好きだっていっても、人生をかけた就職先に神社を選ぶのは、また違った決意だったから。
あの夜――俺は普通の会社に面接するために――その面接に成功するために、この神社に神頼みに来たんだ。
それなのに……。
『お願いだから……一人に……しないでよぉ……』
誰も参拝しなくなった廃神社で、このバ神様が、20年もの気の遠くなる時間を独りで過ごしていたと知って……。
泣きじゃくる少女の姿をしたこいつを――見捨てられないだろ!――と開き直って。
管理している役所の窓口に突撃したんだ。「俺にあの神社の管理をさせてください」って。
13、4歳の見た目を持つ、一見、美少女のこの厄介な神様は、俺を父親のように頼ってくる。
「ねぇ……遊ぼうよぉ。退屈だよぉ」
さわさわと首をくすぐる長い黒髪――でも。
駄目だ! 絶対に起きてやらねー!
この大奈義神社の経営を立て直すために副業しまくりの俺には、もう答える気力も残ってないぐらいなんだ。
「無理。寝る」
無視を決め込んで床に突っ伏す。
背中に暖かい体温が乗った。あー……抱きつくのは反則だろ……。いつまでも子どものつもりでいやがるのが困る。
「……俺が過労死したら、お前、また独りになるぞ。それでもいいのか?」
……これ、禁句かなあ。禁句かもしれないなあ。でも、本当に疲れてて休みたいんだよ、俺は。
鎧戸方式になっている壁から、やっと夕暮れの冷えた風が吹き込んできた。
ちょっと復活して、俺は半身を起こした。
で――――――。
「………………すごい顔になってるぞ」
初めて泣き声を押し殺していたこいつに気づいた。
「うぅぅぅ……、くすん……うぇぇ……」
顎からぼたぼたと降るぐらい、大粒の涙が顔中を覆ってる。
……あいかわらずメンタル弱……、……いや、我慢強いな。
一言、言えばいいのにさ。そういう冗談は嫌いだって。
「嘘だよ」
本心を見せたこいつには、こう言ってやるしかないだろ。
「もう独りにはしない」
夜に向けて賑やかになり始めた草虫たちの声が、拝殿の中まで染み込んできた。
「……絶対だよ……」
かき消されそうな小さな声に、頷く。
「私より先に死なないでよ……」
思わず反射的に頷きかけた――が、それ、ちょっと無理だろ?!
「どれだけ長生きしろって話だよ?」
頭を小突くと、妙に人間くさいこいつは、少し笑ってから、
「大丈夫だよ。私の神通力で不老不死にしてあげるから。あと1億、お賽銭入れてくれたら」
と言った。
守銭奴の果ての過労死と、1億貯めて永遠にここに棲みつくのと、どっちが先になるかはわからないけど――。
「……やってやろうじゃん」
と答えた。
俺の小さな神様の顔が嬉しそうに輝いた。
こいつが、幸せだ、って感じたんなら、それは俺にとっても幸せだよな。
間に合わせの人生に流されるままに生きようとしていた俺を引き戻してくれた、あの夜のこいつ。
離れたくないのは、案外、俺のほうかもしれない。




