再会と発熱
「で、ヒロくんはまだ彼女できないの?」
「お前だって、彼氏の一人もいないくせに」
図星をさされたので、えへ、と笑って誤魔化した。
ヒロくんと会ったのは、二年ぶりだった。よう、久しぶりだな。うん、久しぶり。だなんて言って。
学校帰り。堤防沿いの小さな道。髪を揺らす風。オレンジの夕日。
バカな話は数えきれないほどしたけれど、二人で道を歩くのなんて、これが初めてだった。
「だって、私はヒロくんみたいにモテないから、ねえ?」
「なーにニヤついてんだよ」
「べっつにー」
中学生のときから人気者で、周りに女の子が絶えなかったヒロくんは、みんなと一緒で近くの高校に進学した。
あたしは、電車で三十分乗っていったところにある、小さな高校に。
中学生のときは、また会う機会なんてたくさんあるだろうと思っていたけれど、そんな機会は今の今まで訪れなかった。
そこでやっと実感した。
三十分は遠い。二年の距離は、遠い。
仲の良かった友達とも、学校が違うと、なんとなく疎遠になってしまう。
「ヒロくんの周りにはさ、いっつも可愛い女の子がたくさんいて、よりどりみどりだったのに」
ヒロくんは、(もちろんのことだけど、)中学のときとは違う制服を着ていて、私は、学ランよりブレザーのが似合うなあとか、背が大きくなったなあとか、そんなことを頭の隅で考えていた。
「可愛い子なら、世の中には捨てるほどいるんだよ」
「うわー。もしかしてそれ、あたしに喧嘩売ってる?」
「そういう意味じゃねーよ」
二年前と同じように、二人で笑って話す。けれど、ヒロくんの声は中学生のときよりも低くなっていて、なんだか胸の奥の方で響いた。
「お前は……変わんねえなあ、昔っから」
じっと見つめられて、少し緊張する。ヒロくんの髪の毛がふわりと風に揺れる。後ろのオレンジがやけにまぶしく見えた。
「そ、そう?」
「ん。……なんか、どうでもいいこと話せて、いい」
ヒロくんはそう言って、口角を上げた。あ、この笑い方。昔から好きだった。
「どうでもいいことを話せるお友達が居ないのね。ああ、可哀想なヒロくん」
私はわざとらしく悲しみに暮れる。
ヒロくんは悪戯に笑う。
「いつまでたってもお前は色気がねえってことだよ」
っくう。色気と無縁で悪かったな。
「いいもーん。色気なんかなくったって、きっと誰かが拾ってくれるもんねー」
「ほんとに?」
「た、たぶん……?」
私が首を傾げつつそう言うと、ヒロくんは声を出して笑った。
濃いオレンジの太陽が影をつくる。
街の向こうで、今日が沈んでいく。
歩いていると、いつの間にか家の近くまできていた。いつもはもっと時間がかかるのに。
日が落ちてから辺りが暗くなるまでは、とても早い。
歩みを止めて、ヒロくんの方に向き直る。空はもう藍色に染まっていた。
「今日は久しぶりに話せて、楽しかった」
私が笑うと、ヒロくんも笑う。
「おう。……拾ってくれるヤツがいなかったら、俺が貰ってやるから。安心しろ」
ぽんぽん、と頭を軽く叩かれる。
「え、あ、……え?」
一瞬頭の中が白くなって、そのあと熱くなった。
ヒロくんを見たまま、でもなにも考えられない。思考回路はショートした様子。
ヒロくんは顔を背けて、一拍空けてから口を開く。
「冗談だ」
なんなんだよう、と顔をしかめたら、ごめんごめんと髪を軽く梳かれた。
ヒロくんの指が、するりと頭を撫でて、離れていく。なんとなくもの寂しい。
顔の方に血が集まっていく感覚。
……ほんと、なんなんだ。ヒロくんも、あたしも。
「……も、もう、ヒロくん、いっつもこんなことして、女の子落としてるんでしょ」
ん?図星か?図星かー?と顔を覗き込んでニヤつく。ヒロくんは「うっせえバカ」と軽く私をあしらう。私はぶーぶー言いつつ前を向く。
いつもの流れだ。いつもの、あたし達だ。
「……こんなことするのは、お前にくらいだよ」
何か言った?と言うと、なんでもねえ、とほのかに紅潮した顔で返された。
ヒロくんには昔からこういうよくわからないところもあった。思い出した。
……懐かしい、なあ。
「じゃ、俺、帰るから」
「あ、」
ヒロくんはくるりと身を翻して、さっき歩いてきた道を足早に戻っていく。
そこで初めてヒロくんの家が逆方向にあることに気がついた。
「ま、またね!」
消えかけた背中に声をかける。
藍色の住宅街の中、大きな影がこっちに一度だけ手を振った。
冷たい夜の空気に反して、まだ体の奥がじんわりと熱かった。