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好きだから、嫌いになって  作者: 滝沢美月
バレンタイン編
75/76

愛をこめて 前編

お久しぶりです!

今回の番外編はバレンタイン編です。

完結して約1年ぶりですが、芹と松が付き合いだして4ヵ月目にむかえたバレンタインは…


<松岡視点><芹香視点><菱谷視点>と視点がちょこちょこ変わります。



―side 松岡―



 放課後、教室の後ろ側の扉を開けようとして、教室内の声にその手を止めた。


「ねえ、芹香は今年のバレンタイン、チョコ買いに行くの?」


 尋ねたのは渡瀬だった。


「んー、どうしようかな……」


 考え込むような芹の口調と、なんとなく聞いてはいけない内容に教室に入るのを躊躇する。


「結衣ちゃんは買いに行くの?」

「うん。美咲ちゃんはどうするの?」

「私は今年は義理だけかな」

「明日、駅前の特設コーナーに行こうかなって思ってるんだけど一緒に行く?」

「一緒に行ってもいい?」

「もちろん。芹香も行くよね?」


 渡瀬と藤堂が会話をしている間ずっと黙っていた芹に、藤堂が声をかけた。


「私は今年、バレンタインのチョコは買わないからいいや~」


 芹のその言葉がぐさっと胸に突き刺さって、俺はその場に凍りついた。



―side 芹香―



 バレンタインを一週間後に控えて、結衣にチョコを一緒に買いに行こうって誘われたけど断った。

 去年は一緒に買いに行って義理チョコを松や八木君や菱谷君にあげたけど、今年は義理チョコはなしにしようと思って。

 あっ、でも、陽太君にはすっごくお世話になったからなにかあげたいなぁ~。

 そう考えて、いいことを思いついた。



  ※



 バレンタイン前日。


『前に言ってたインディーズのCD買ったけど聞く?』


 松からメールをもらって、うきうきしながら返信をする。


『うん、聞きたい~』

『じゃ、明日うち来る?』


 そんな内容のメールに、私は携帯を操作していた指をぴたっと止める。

 松と付き合い始めて約四ヵ月。結衣がいうには、友達の延長線上でぜんぜん彼カノっぽくないって言われてるけど、松の部活が終わるのを待って一緒に帰っているし、休みの日は一緒に遊んだりしている。

 言い訳っぽく考えて、そこではじめて気づく。

 部活が休みの日に一緒に帰ったり、休みの日に出かけたりするのは、付き合う前からしていたな、って。そう考えて、誰もいない自室なのにかぁーっと頬が赤くなって手の甲で押さえる。

 確かに、友達の頃とあまり変わらないかも……

 松はなにも言わないけど、やっぱ不満に思っていたりするのかな……

 でもでも、付き合いだすようになってからは、お互いの部屋に遊びに行ったりするしっ!

 だけど本当は、お互いバイトしてなくてあまりお金がかからないようなデートしかしてないからなんだけど……

 松と美咲ちゃんが付き合っているって誤解していた時、もう松の隣で笑っていられるのは私の場所じゃないんだって思って、すごく切なくて苦しくて。いっぱい泣いて。

 だから今は、松の隣にいられるだけで幸せで、友達の延長線上でもいいって思う。だけど――

 私は、うんっと決意を胸に強く頷いて、手に持った携帯に視線を落として松にメールの返信を打った。



―side 菱谷―



 二月になると、女子も男子もそわそわうきうきするイベントが待ち構えている。

 俺はいまは特定の子はいないけど、好意を寄せてない子からでもチョコは貰えれば嬉しいもんだ。それが男ってもんだろ。

 まあ、義理すらももらえないような一部男子は、この時期はピリピリイライラした空気になるけど、アポロチョコ一粒でも貰おうとクラスメイトの女子に愛想を振りまいたりする、それが一般的な光景だ。

 それなのに、俺の目の前では机に突っ伏してこの世の終わりかというくらい鬱陶しいくらい湿った空気をしょった男がいる。

 振り返り、椅子の背を前にして座った俺は、つんつんっと松岡のつむじを突いてみたが、反応はない。

 なんなんだ、この沈みようは。

 こいつなんか、この時期に溶けてしまうんじゃないかってくらいデレた顔している最たるやつなのに。

 こいつは確実に、しかも本命の芹香ちゃんからチョコをもらえるって確約があるのに。

 まあ、まだチョコは貰う前だから今からのろけた顔されてもそれはそれで鬱陶しいが、この状況の時点でこの上なく鬱陶しい。

 松岡が沈んでいる原因とバレンタインを結びつけるのは早計すぎるかもしれないが、付き合い始めて四ヵ月なんてまだまだラブラブな時期じゃないのか?

 いや、四ヵ月目だからこそ、問題発生か……?

 バレンタイン前日まで、松岡はあからさまに落ち込んだ様子のままだった。

 それが一転、翌朝、バレンタイン当日の朝練に参加している松岡は上機嫌だ。

 これは朝練来る前にもう芹香ちゃんからチョコ貰ったんだな。ってか、やっぱり沈んでた原因はバレンタイン関係か、そう思うと同時に、じゃあ、何にあんなに落ち込んでたんだ? という疑問が残った。

 それが解決されるのは昼休み。


 

  ※



 しばらく風も強く寒い日が続いていたが、今日は久しぶりに日差しが強く暖かいから、中庭で昼めしを食べようということになった。

 俺と松岡と八木と渡瀬と芹香ちゃん、それに藤堂と七海まで……

 なんかこのメンツって、一波乱ありそうな予感がするのは俺だけか……?

 準備よく藤堂が大きなレジャーシートを日当たりのいい場所に敷いて、それぞれ靴を脱いでシートに上がってランチタイムが始まる。

 まだ二月ってこともあって、中庭には俺たち以外にはほとんど人はいなかった。

 俺の気鬱だったのか、他愛もない会話を交わしながら和やかにランチタイムが進み、ほとんどが昼めしを食べ終えた頃、おもむろに芹香ちゃんがお弁当袋と一緒に持ってきていた紙袋を手元に引き寄せた。


「あの、もしよかったら食後のお菓子に食べて」


 そう言いながら差し出したのは、手のひら大の水玉柄のミントグリーンの紙袋。


「くれるの? サンキュ」


 中を開けてみれば、スマイルが描かれているまるいチョコクッキーが数枚。去年は市販のチョコをもらったけど、今年は手作りか。本命がいると気合の入れ方も違うってことか。

 開けた瞬間、漂ってきた香ばしい匂いに一口かじってみれば、サクッとした感触とチョコの濃厚な味。

 さすが芹香ちゃん、料理上手で。

 心の中で賛辞し、ふっと視線を向ければ、芹香ちゃんは俺以外にも、八木、渡瀬、藤堂、そして七海にまで上げてる。


「はい、陽太君。あの、手作りでごめんね。お母さんに味見してもらってるから不味くはないと思うけど……」


 頬を桃色に染めて、小声で七海に説明している芹香ちゃんに、七海はふわっと柔らかい笑みを浮かべる。


「芹香さんの手作りを食べられるなんて、光栄だな」


 甘い言葉をサラッと言ってのける。


「どっ、どういたしまして……」


 それに対して照れて、ぎこちなくお礼を言う芹香ちゃんはなんだか初々しい。男子と話しても滅多に赤くなったりしないのに、やっぱああいう言葉は素直に照れるのだろう。

 まあ、松岡はあんな気の利いたセリフ言えないしな、そう考えて、俺はん? と違和感に気づく。

 芹香ちゃんが手作りチョコクッキーを渡したのは、俺、八木、渡瀬、藤堂、七海――松岡はもらってなかった。

 慌てて視線を松岡に向けると、芹香ちゃんの隣に座った松岡はガーンとかいう効果音を背負って、まさにこの世の終わりのような沈んだ表情をしていた。

 芹香ちゃんはそんな様子の松岡に全然気づいていない、っていうか存在を忘れているかのように見向きもせず七海と話していた。

 ええっと、芹香ちゃん、松岡の分は……?

 松岡の表情からは、松岡がすでにチョコもらっているから義理チョコ的なチョコクッキーがなしというわけではなさそうだ。



―side 松岡―



 昼食を終えて教室に戻ってきて、それまでがっしりと首に回していた腕を菱谷がするりと引き抜いた。


「おい、どうなってんだ? 芹香ちゃんはなんで松岡にだけクッキーなしなんだよ? それとも朝一でチョコはもらってるのか?」


 いつもの飄々とした態度からは一変し、鬼気迫る口調で問いかけてくる菱谷に、俺は曖昧に苦笑するしかできない。


「俺もよくわからない……」

「わからないってなんだよっ!?」

「どういうこと? ちゃんと説明しろよ」


 興奮している菱谷の肩に手を置き宥めるように叩いて椅子に座らせた八木は、冷静な口調で問いかけてきた。俺も菱谷の前の椅子に座って、この間、聞いてしまった芹達の会話から話し出した。


「芹が『今年、バレンタインのチョコは買わないからいいや~』って言ってるの聞いて、俺、フラれるのかもって不安になった。だって去年は渡瀬と一緒に買ったって言って市販のチョコくれただろ? 今年も芹からもらえると思ってたのに……」




後編に続きます。

2/14 7時に更新予定です。

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