テントの奥で:side菱谷
web拍手のお礼に掲載した小説です。
「なんだったんだ……?」
学園祭初日、校庭のテントの中で松岡がぼそっとつぶやいた声に俺はにやっとする。ついさっき、陸上部が出してる焼きそば屋に渡瀬さんと芹香ちゃんが来て帰って行ったとこだった。去り際の芹香ちゃんのあたふたした顔を思い出して口元がゆるむ。
「なんだよ?」
松岡が俺を怪訝そうに見るから、思っていることを言ってやる。
「いやぁ~、モテる男は大変だねぇ~」
「意味わかんねーよ」
そう言った俺に、松岡がさらに不機嫌そうに眉根を寄せてつぶやく。
俺はそんな松岡を見てにやにやが止まらないが、テントの奥へ行き、キャベツの仕込み作業に取り掛かる。一枚ずつむいて一口大に切るんだ。
黙々と作業をはじめる松岡に、俺はずっと聞きたかったことを聞く。
「なあ、松岡って藤堂さんと付き合ってるんだよな?」
でも、俺としては芹香ちゃんは松岡のこと好きっぽいし、松岡も実は自覚してないだけで好きなんじゃないかって思ってたんだけど――
「なんだよ……」
不機嫌そうにそう言う松岡に、俺は手を動かしたまま松岡を見ないで淡々とした口調で言う。
「あんま付き合ってるってカンジしないなぁ~って思って」
「俺が好きなのは、藤堂さんじゃないから」
松岡の手が止まって、俺をじぃーっと見て言う。その声は、これまで何度もこの手の話をはぐらかしてきた松岡からは想像もできないくらい真剣で。
あっ、もしかしてやっと自分の気持ちを自覚したのかって思って、口元がにやついてしまう。
「やっぱりな」
松岡が藤堂さんを好きならそれはそれでいいと思ってたけど、俺は去年からずっと松岡と芹香ちゃんの二人を見てきたから。にぶい二人がいつくっつくのかって楽しみに待っててこの展開に、ちょっと不服だったんだ。まあ、これは俺の私情だから、言うつもりはないけど。
藤堂さんと付き合ってるように見えなかったんだよなぁ~。
友達の延長っつうか、藤堂さんの一方通行?
「おまえと藤堂さんの中庭ランチで一気に噂は広まったけど、それ以外、お前達って付き合ってるってカンジしなかったから、変だなって思ってたんだ」
そう言って笑うと、松岡は唇を噛みしめて視線を斜め上にあげる。そのちょっとふてくされたような顔はなかなか可愛くて、見るのが好きだった。
これだから、松岡をからかうのってやめられないんだよなぁ~。でも。
「俺、藤堂さんを好きだなんて一言も言ってないだろ。菱谷が勝手に勘違いしたんだ」
低く不機嫌な声で言う松岡に、俺は空返事する。
「ふーん」
こんなふうに本音をはく松岡をからかう気にはならない。
俺の返事が気に食わなかったのか、松岡が俺の脇腹を小突く。
ぐぉ……
「菱谷、俺のキャベツも任せた」
突然の攻撃に反撃も出来ず、腰を押さえてくねった俺の前にドンっとキャベツが転がり、松岡はバンダナとエプロンを外してテントの隅に放り投げて駆けだしていった。
芹香ちゃんが話があるっぽいって言ってたから追いかけたんだろうなぁ~。
なんかイイカンジじゃね、松岡。
見た目いいくせに、陸上馬鹿で恋愛音痴が恋に目覚めたら、やっぱがむしゃらになるしかないだろ。
ちゃんっと芹香ちゃんを捕まえろよ――
※ 第54話の菱谷視点です。




